“裁量なき裁量労働制”のホントの労働時間と“働かせ放題プラン”の真相

(写真:つのだよしお/アフロ)

実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ定められた時間を働いたとみなす裁量労働制の利点を強調してきた安倍首相と加藤厚生労働相が、答弁を撤回しておわびした。

問題となったのは1月29日の衆院予算委員会での答弁。裁量労働制の拡大は長時間労働を助長し、過労死を増やしかねないと追及する野党議員に、首相は「裁量労働制で働く方の労働時間は、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と反論した。

ところが首相が答弁の根拠にした13年の調査は一般的な平均値ではなく、実際の労働時間でもない。比較対象の一般労働者のデータにも様々な不備が見つかり、今回の謝罪に至ったというわけ。

では、実際はどうなのか?

2014年に厚労省と労働政策研究所が、「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」を行なっているのでそれを見てみよう。

「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」の結果を基に河合作成
「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」の結果を基に河合作成

 「企画業務型裁量制の社員」と「一般の社員」の労働時間を比較すると、裁量労働制の方が労働時間は長いことが分かる。

収入のボリュームゾーンは700万円前後。900万円以上が20.9%である一方で、500万円未満も14.3%。

現在の厳しい条件の中でこれなのだから、今後対象者が拡大されれば当然、懸念すべきだ。

そもそもみなし残業の算定を半数近くが「不明」としている時点で、“ペイ”の妥当性に言及しないのはおかしい。

また「裁量労働性への満足度」については、以下のようになる。

「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」の結果を基に河合作成
「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」の結果を基に河合作成

7割以上が満足していると回答している、一方で2割強が不満とした。

 

不満の原因を探ると、半数近くが「労働時間(在社時間)が長い」とし、

4割が「業務量が多過ぎる」とし、3割が「賃金が低い」とした。

 

さらに、3割弱が「パフォーマンス(人事評価)が不適切」とし、

4人に1人が「みなし時間の設定が不適切」としている。

 

裁量労働制の適用を拡大するのであれば、これらの不満を解消する手立ては議論すべきだ。

それをしないまま拡大すれば『働かせ放題』になる可能性が極めて高い.

さらに、現行では「企画業務型裁量制の対象業務に当たるか否かは、個々人の労働者ごとに判断され、

「企画課」などの部門の全業務が対象業務になるわけではない」としているのに、

調査では、59.1%が「部門または職種全体が適用されることとなっている」と回答している。

で、ここからが「裁量制=自由、働きやすい」という方程式を議論する上で大切なのだが、

「裁量労働制の適用は期待通りであったか?」との問いへの答えは次のようになった。

  • 「仕事の裁量が与えられるので仕事がやりやすくなる」については、半数以下の45.1%が「概ね期待通り」
  • 「仕事を効率的に進められるので、労働時間を短くできる」については、3人に1人(38.3%)が、「あまり期待通りとなっていない」
  • 「能力や仕事の成果に応じた処遇が期待できる」については、31.2%が「概ね期待通り」、41.1%が「一部期待通り」としている。
  • 一方で、26.6%が「あまり期待通りとなっていない」。

 

「仕事と生活のバランスを保ちやすくなる」については、

  • 「概ね期待どおり」34.0%
  • 「一部期待どおり」32.9%
  • 「あまり期待どおりになっていない」31.7%

と意見が割れた。

【提出された法案の内容とは】

 厚生労働省の「働き方改革を'''推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」の答申には、次のような一文がある。

 

「企画業務型裁量労働制の対象業務への『課題解決型の開発提案業務』と『裁量的にPDCAを回す業務』の追加と、高度プロフェッショナル制度の創設等を行う」

「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」という、算出方法の不明以上に意味不明の文言が連なっているが、提出される法律案を読んでみると、「課題解決型~」とは法人を顧客とした営業マンっぽい人、「裁量的~」とは管理職っぽい仕事をしてる人と解釈できる。

 

「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務 (主として商品の販売又は役務の提供を行う事業場において当該業務を行う場合を除く)」(by 提出される法律案、該当記述は10ページ目)

 既に知られているように「高度プロフェッショナル制度」では年収1075万円以上という制限がある。だが、「裁量労働制」には年収の制限がない。

 企業側としては「見なし残業代を加えた賃金(定額)になっているんだから、どんどん働いてくださいな!労働時間の長さじゃなく、労働の質や成果で評価するのだから、効率よく能力を発揮してね」と、大手を振って「本音」が言えるようになる。

それが年収500万円だろうと、300万円だろうと、はたまた200万円という低賃金の労働者でさえ対象にすることが可能になってしまうのだ。

 

【そもそも裁量労働制とは?】

 裁量労働制は、正式には「裁量労働のみなし時間制」と呼ばれ、1987年の労働基準法改正で導入された。当初は、システムエンジニアなどの専門職だけに適用されていたが、98年の改正で「企業の中枢部門において企画・立案・調査・分析の業務」を行なう一定範囲のホワイトカラー労働者を適用対象とする新たな制度が設けられた。

 前者が「専門業務型裁量労働制」、後者が「企画業務型裁量労働制」である。時間外労働はあくまでもみなし時間が適用されるので、さっさと切り上げれば得するが、残業が増えれば増えるほど損をすることになる(時給が減る)。

 企画業務型の方が濫用されるおそれがあるため、現行では労使委員会における5分の4以上の多数決による決議を要するなど、専門業務型より要件は厳格になっている。

 厚労省によれば、「専門業務型裁量労働制」を導入している企業は2.1%であるのに対し、「企画業務型裁量労働制」は0.9%と少ない(「平成 28 年就労条件総合調査の概況」より)。

 また、みなし時間の根拠の算出方法について調査したところ、専門業務型では、「通常の所定労働時間」の割合が最も高く47.6%、次いで「今までの実績から算出」が33.5%。

 企画業務型では、「不明」が44.9%で最も高く、「通常の所定労働時間」が31.7%、「今までの実績から算出」が20.0%。

 以上のことからお分かりのように、「適用のハードルが高く、半数近くの企業がみなし残業の根拠もなんだかよく分かんな~い」としている企画業務型が、今回の法案で拡大される見込みなのだ。

 

【サキドリ? 野村不動産】

 17年末、野村不動産が裁量労働制を社員に違法に適用していたとして是正勧告を受けた。

 野村不動産によれば、全社員約1900人のうち、約600人に裁量労働制を適用。課長代理級の「リーダー職」と課長級の「マネジメント職」に就く30~40代が中心で、営業戦略の企画・立案と現場での営業活動を担っていた。

 つまり、先に説明したとおり、現行では「営業職」は違法だが、改訂されれば違法ではなくなる可能性が高い。

 ってことは……?

 ええ、そうです。「定額働かせ放題」の対象者は、とんでもなく増えるリスクが存在しているのである。

 といった書き方をすると、

 「裁量制の何が悪い?」

 「煽ってる」

 と口を尖らせる人たちがいるが、私は「裁量制を悪い」と言ってるわけじゃない。ましてや、煽っているわけでもない。

 「自分で自由に決めることができる権利」である裁量権は、ストレスの雨に対峙するための大きな傘であるとともに、働く人のやる気を喚起し、職務満足感や人生の満足度を高めるうえで非常に重要な役目を担う。国内外の多くの実証研究でも確かめられているし、寿命にも影響するほど強い影響力を持つ。

 そして、恐らくこれから組織を動かしていく上でも、個人の働き方を追求する上でも裁量制はキーワードになる。少なくとも、私はそう考えている。上司と部下の関係に代表される組織風土や人間関係と同程度、あるいはそれ以上に重要な、ストレスの雨に対峙する傘となることだろう。

 だが、国会に提出される法律は、表向きには裁量権があるように見えるが、企業側に都合良く使われる可能性が高い悪法である。

 働き方改革だの、柔軟な働き方だの、過労死や過労自殺を撲滅したいのであれば、

インタバール規制(11時間)の徹底と厳罰化

みなし時間の根拠を明確にする義務と罰則規定

実労働時間の把握の義務と罰則規定

 を付け加えるべき。努力義務ではダメ。罰則は必須だ。

 これらがない限り、働く人は雇用者側が投げかける「自由」という「不自由」に、囚われてしまうことになる。

 それに裁量制の根底にあるのは、“ペイ・フォー・パフォーマンス”の考え方だ。

 ならばそのパフォーマンスに見合ったペイを算出する方法の議論も欠かせないはずなのに、すべては企業任せだ。「職務内容・達成度・報酬などを明確にした労使双方の契約」とするなら、それが達成できなかったときのペナルティーは、いったい誰が払う?

 働く人? そう。立場が弱い働く人。“命”をすり減らして働き続けることでペナルティーを払うという選択を余儀なくされるのだ。