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連合が容認する「残業代ゼロ法案」は、日本的残業がある限り「一億総過労死社会」の入り口と化す

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者: Fe Ilya

「高度プロフェッショナル制度」連合容認へーーー。

「残業代ゼロ法案」が現実味を帯びてきているので、改めてこの法案の問題点を取り上げる。

【裁量労働制の男性 過労死】という見出しで、新聞各紙が大きく報じたのは、2015年5月。

 証券や国債などの市場情報を提供する東京都内の会社でアナリストとして働き、2013年7月に倒れ心疾患で亡くなった男性(当時47歳)が、過労死に労災認定されたのだ(三田労働基準監督署)。

 男性は出退勤時間を自分で決められる「専門業務型裁量労働制」で働いていた。みなし労働時間(=40時間の残業)込みの給与体系だった。

  • 男性は毎朝、午前3時頃に起床し海外市場の動向を分析。
  • 5時頃に家を出て、6時ごろに出社。
  • 出社直後から顧客向けリポートを発信し、1日のリポート数は午後5時半までに30超。

そんな“朝型勤務”に、リーマン・ショックをきかっけに変化が起きた。

 

人員削減の影響で1人当たりの業務量が増加。上司からは「他のチームはもっと残っているぞ」と言われ、遅くまで帰宅できない日々が続いたそうだ。早朝出勤しているにもかかわらず「他の従業員より早く帰るな」と注意され、高熱でも出勤を命じられたりするようになった。

 朝一番の海外市場チェックは不可欠なので、始動時刻を遅らせることもできず、次第に男性は疲労を訴えるようになった。極限状態まで追いつめられ、うつの一歩手前の状態に。亡くなる1カ月前から在宅勤務に切り替えていたが、1日4時間程度しか眠れず、妻には「つらい」と漏らしていたという。

 男性の死後、会社は妻に「居残りは本人が望んだこと」と告げていたが、遺族側は納得がいかず、男性が会社から顧客に送っていたリポートの発信記録や同僚の証言などを基に男性の労働実態を調べた。

その結果……、

  • 発症前1カ月の残業を133時間
  • 発症前2~6カ月の平均残業時間を108時間と判断

 そこで「このままでは夫の死が無駄になる」と、遺族は2014年8月、三田労働基準監督署に労災認定を申請し(申請の事実は東京新聞が伝えている)、同署は15年3月労災認定。それが、5月に入り遺族側の代理人弁護士への取材で明らかになり、新聞各紙が報じたのである。

※過労死の労災認定は、直前の1カ月の残業が100時間を超えるか、発症前2~6カ月の残業時間が月平均80時間を超えるのが基準となっている。

 報道によれば、遺族は「裁量労働制で労働実態が分からず泣き寝入りしている遺族はたくさんいると思う。経営者がきちんと労働時間を把握すべきだ」と話しているそうだ。

このとき政府が国会に提出した「労基法改正案」には、例のホワイトカラー・エグゼンプション(残業代ゼロ制度)導入が盛り込まれていた。

そうです。「高度プロフェッショナル制度」。もとを正せば、2005年に経団連の要請で政府が議論をスタートさせた

「週40時間までなどの労働時間規制の適用から除外され、残業代も支払われなくなる」制度だ。

このときの法案には、働き過ぎを防ぐため、(1)年間104日の休日、(2)1日の中で一定の休息時間を確保、(3)在社時間に上限を設ける、のいずれかの措置を取ることとされていたのだが、今回の「高度プロフェッショナル制度」では、「104日の休日」は義務、その他は「いずれか」のままとなった(2週間の休日も選択肢に追加)。

一応「高度プロフェッショナル」と銘打っているとおり、「年収1075万円以上、高度な専門知識を持つ働き手」となっているけど、これは悪夢の始まりであり、「アリの一穴」になることは間違いない。

「年収1075万以上」は「年収300万以上」になるだろうし、「高度」は「一般」になる。

どんどん条件が引き下げられ、この世から「残業手当」はなくなっていくのだ。いや、違う。「残業という概念」が消滅するのである。

だって安倍政権にとっては、第一次安倍政権ときから「どうしても通したい法案」の一つで、10年前となんら“本質”は変わっていないからである。

2007年当時、安倍首相は、

「残業代が出ないのだから従業員は帰宅する時間が早くなり、家族団らんが増え、少子化問題も解決する」

と呑気なことを言い、時の厚生労働大臣(舛添要一氏)も、

「家庭団らん法」と呼び変えるように指示。

また、政府の人間ではないが、某氏にいたっては、

「だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒です。自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない」と言い放った。

厚労省の調べで、裁量労働制で働く事業場の約45%で、1日12時間を超えて働いている労働者がいるという事実が明かになっているにもかかわらず、だ。

先の過労死の男性の事例からわかるとおり、そもそもこの法案を「会社員」に適用するのは問題である。

「職務内容・達成度・報酬などを明確にした労使双方の契約」としながら、それが達成できなかったときのペナルティーは、「働く人」にしか課せられないこと。ペイ・フォー・パフォーマンスというのであれば、そのパフォーマンスに見合ったペイを算出する能力も欠かせないはずなのに、その議論はほとんど行われていない。

たとえば、私のような個人事業主は、完全なる裁量労働性だ。

だが同じ「5000字」のコラムでも、「毎週の連載か、単発か」でも労力は変わるし、「ビジネスマン向けか、日常のエッセーか」でも全く異なる。5000字のコラムを書くのに、1週間要する場合もあれば、半日で終る場合もある。その評価をどうするのか?

 また、欧米と単純比較するのは危険だ。二言目には「欧米では……」という話が出るが、欧米では、労働時間規制の適用除外のための具体的ルールが、かなり細かく決められている。(参考:諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間規制の適用除外)。

 そして、もっとも問題なのがl、この法案には「会社」が完全に抜け落ちていることだ。

会社(=company)は、「ともに(com)パン(pains)を食べる仲間」。

「会社員」である以上、会社の事情(=人員削減)で業務量を増やされたり、「みんな残っている」からと帰れなくなったり、「完全に自由」が担保されるとは言い難い。

連合はこれでも容認するのか?

だとしたら、何のための連合なのか? 是非とも教えていただきたい。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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