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“ブラック化”する航空業界と“安全対策”のまやかし ー人命無視の負のスパイラルー

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:U.S. M.C photo by G. Sgt. Joe Alley

立て続けに、ゾッとするような航空機事故が起きている。

・副操縦士が故意に墜落したとされる、独ジャーマンウイングスの旅客機事故。

・管制官のミスでJAL機が着陸を中断し、やり直した重大インシデント。

・離陸前に副操縦士が機長に殴り掛かり、そのまま離陸したエア・インディア機。

……。

いったい空で、何が起きているんだ? 

「コックピットの計器の数値は絶対に暗記してはいけない。常にマニュアルを見ながら数字を確認して、運行中も、計器の場所と数字の確認を、声に出しながらやらないとダメ。覚えた途端にミスは起こる。絶対に覚えないことが、ミスを防ぐ最大の方法なんだ。これ、持ってごらん」

フライトエンジニア(FE)の方はこう言って、見るからに重たそうな黒いパイロットケースを差し出した。

これは私が新人客室乗務員(CA)だった、20年前の出来事である。

「重たいだろ? これがね、僕たちが人命を預かっているという、仕事の重さ、なんだ」

腕が伸びちゃうんじゃないかってぐらい重くて、軽く10キロはありそうなカバンは、「“僕たち”の仕事の重さ」だ、と。「“人間ならでは”のミスを防ぐために、“僕たち”の仕事の重さを忘れないために、たくさんのマニュアルの入った大きな重たいカバンを持って歩く」んだ、と。そう、FEさんは新人CAの私に教えてくれたのである。

その“僕たち”の1人が、自分の意思で、僕たちの大切な人を、道連れにした。

彼はこれまで一瞬でも、“カバンの重たさ”を感じたことがあったのだろうか?――。

「操縦室では必ず2人体制を!」

「航空会社は乗員の健康チェックを!」

各国は再発防止に躍起になっているけど、何を今さら慌てている?

そもそも何百人もの命を預かる機体の操縦室が、「たった1人になれてしまうこと」も、「乗員の健康チェックを徹底できない仕組み」が許されていたことも、それら自体が異常なのだ。

ひょっとして、国も航空会社も、“カバンの重さ”を忘れていた? そんな風に考えたくないけど、各国の反応をみていると疑いたくなる。

だって米国では「常時2人規制」を義務づけていたし、日本では1982年の羽田空港沖の墜落事故後、乗員の身体検査を担う第三者機関「航空医学研究センター」を設置。羽田沖事故以降、乗員の精神疾患が原因の事故は起きていない(国土交通省より)。

同じ空で、同じように重たい仕事なのに、なんで同じような対策をこれまで取ってこなかったのだろう。

つまり、いずれの安全対策も単に傷口に絆創膏を貼ってるだけ。

もちろん、“僕たち”の任務を忘れた(あるいは知らない)“危うそうな人”を危険な行動に走らせないための防止策にはなる。でも、そもそもそういう危ない人を作り出す、“銃弾”を放ってるのは、いったい誰なんだ? 

「過重労働を強いられるパイロットの年収が200万円では安全を確保できない」ーー。

数年前に米議会でこう告発したのは、チェズレイ・サレンバーガー元機長。危機的状況下で乗客・乗員155名全員の命を守り、「ハドソン川の英雄」と称えられた、USエアウェイズ1549便機長である。(詳しい情報はこちらに書いたのでごらんください)

「年収は、タコベルの銃魚員よりも安い」

「賃金が安すぎて、学生ローンの返済ができない」

「生活保護の食料配給券を使っていた時期がある」

「“好きな仕事”をしているという弱点に会社は付け込んでる」

2009年に公開された「キャピタリズム~マネーは踊る~」でマイケル・ムーア監督は、「パイロットよりマックでのバイトの方が稼げる」として、年収200万円程度で働く、パイロットの悲惨な労働環境を紹介。耳を疑いたくなるような現役パイロットたちのコメントとともに、「過重労働を強いられるパイロットの年収が、200万円では安全を確保できない」と厳しいパイロットたちの現状を訴えるサレンバーガー機長を、画面に映し出した。

米国の地域航空会社のパイロットの年収がファストフード店の従業員と同程度になるのは、航空業界の構造の問題が大きいとムーア監督は指摘。

大手航空会社は節約のため国内便の多くを、提携している地域航空会社にアウトソース。その上で、大手航空会社が運行計画や運賃を設定するため、提携先の地域航空会社には賃上げの余地がない。そのしわ寄せがパイロットに及んでいるというのだ。

その“不穏な風”は、日本でも吹き始めている。

熾烈な航空業界の競争で、コスト削減に躍起にな企業は、

パイロットの月間乗務時間を延長し、

渡航先の宿泊数を削減し、

ミニマムクルー(最少乗員数)の基準もを変え、

インターバル(休憩)をなくし、

夏休みを廃止した。

燃費効率のいい航空機を飛ばし、便数を増やし、足りなくなったパイロットの穴を埋めるために賃金の安い外国人パイロットを採用し、コストのかかる自社育成をやめ、大学などにパイロット養成を任せた。

ところが、である。皮肉にも、ここでも残念な事態が起きる。

なんと桜美林大学の「航空パイロット養成コース」が、訓練管理のずさんさを国交省から指摘され、国の養成施設としての指定を3月末に返上させられた。

「就職対策に力を入れすぎ、組織運営や安全管理がおろそかだった。反省している」

日本航空元機長で養成コース長の宮崎邦夫教授は、こう話しているそうだが、これっていったい何? 

件のサレンバーガー機長はハドソン川の奇跡について聞かれると、

「いつも常に準備していたことをチームで行った」と語り、いつも持ち歩く航空路線図には、中華料理店で引き当てた「おみくじ」を貼っていた。

「遅れても災難よりまし ~A delay better than disaster~」――。

おみくじに書かれたこの言葉を肝に銘じるために、貼っていたそうだ。

「時刻通りに運行しろ!」「予定通り飛行機を飛ばせ!」そんな社内外から浴びせられる要求に屈しないため。

“僕たち”の仕事を見失わないために、プロとして責任ある行動と、プロにだけ許される権限と義務に恥じない訓練と備えを忘れないために……、おみくじを大切な路線図に貼っていたのである。

重たいカバンと路線図に貼られたおみくじ。どちらも、「あなたの任務は人命を守るってことですよ!」ってことを忘れないための、とてもとても大切なシグナル。それは、「ヒューマンエラーや事故は起こる」という前提に立った、自らへの警告でもある。

国も企業も事故が起きる度に、「安全! 安全!」って大合唱するけど、いったいどんな安全をうたっているのだろう。

自分たちが、“銃弾”を放っているなどみじんも考えず、“僕たち”の任務はどこ吹く風。完全なる負のスパイラル。

そう。つまり、空の熾烈な競争でコストカットされたのは、パイロットの賃金だけじゃない。“僕たち”の任務、すなわち、カバンの重さもカットされてしまったのだ。

操縦歴42年のベテランだった、“ハドソン川の英雄”は、事故後のインタビューで次のように答えている。

「いろいろな意味で、あの瞬間に至るまでのこれまでの人生が、あの特別な瞬間を切り抜けるための準備期間だった。私はヒーローではない。訓練してきたことをやっただけ。自慢も感動もない」

機長の「今のままでは安全を確保できない」というコメントには、言葉以上の重さがある。

42年前に組織の一員になり、厳しい訓練を課され、育てられた時代にあった、「アナタは我が社にとって、大事な人」というメッセージが、今はない。このままでは、取り返しのつかないことになるぞ、と。機長はそう警告したのだ。

メード・イン・ジャパン――。

日本がかつて作り上げたこのブランドは、海外からも評価された。ここ数年、批判の絶えない「終身雇用制度」に代表される長期雇用がメード・イン・ジャパンを確立させたという見解は、国内より国外からの方がはるかに多い。

「アナタは我が社にとって、大事な人」という企業からのメッセージが、忠誠心や帰属意識を育み、“僕たち”の任務を誇りに努力する、プロフェッショナルな人材を育てたのは言うまでもない。

そして、自戒を込めて言わせていただくと、乗客である私たちも、お財布の重さをもっともっと感じなければ……。サービスも、安全も、タダじゃない。うん、タダじゃない。安全って、ホント何なんだろう……。

(本コラムは日経ビジネスオンライン「独機墜落で露呈した“人命無視”の負のスパイラル」を加筆・修正しています)

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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