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軽スポーツ、S660が2022年3月生産終了…スポーツカーを上手く育めないホンダの悩み【動画あり】

河口まなぶ自動車ジャーナリスト
筆者撮影

 ホンダが販売している軽自動車のミッドシップオープン2シータースポーツであるS660が、2022年3月で生産を終了するとアナウンスされた。S660が登場したのは2015年4月で現在6年目。2022年3月で生産終了とすると、モデルライフは7年ということになる。

 通常の乗用車であれば、モデルライフは6~7年といったところで新型にスイッチする。ただスポーツカーの場合はそれよりも少し長く8~10年も珍しくない。しかしいずれにしても時期的に、S660についてはその去就が様々な憶測をよんでいた。だが、残念ながら軽自動車のスポーツカーというユニークな存在が消滅することになった。

 2022年3月で生産終了となる理由は、今後の様々な規制に対応できないためだ。これは何もS660だけに限ったことではないが、今後販売できる車両や、登場する新型車両は様々な規制をクリアしている必要がある。それだけにS660がこれらを同様にクリアするには、様々な対策や改良、場合によっては構造を変更する必要が出てくる。そのための開発時間はもちろん工数も多く、なおかつ金がかかると高コストになる。果たしてそれをして対応するか否かは、今後の販売状況の見通しから判断される。が、ご存知のようにスポーツカーは一般的な乗用車ほど売れない。数が出なければ高いコストを支払って規制への対応は行なえない、という理屈だ。

 今回S660はまさに、そうした理由で2022年3月生産終了を決断したということだ。事実、S660が今後販売を継続するためには、タイヤ転がり騒音を含む騒音規制、燃料蒸発量規制、ポール側面衝突、時速50キロ以上に対応する高度緊急ブレーキシステムの搭載などが条件として上がってくる。これら全てをクリアするには、現在のモデルをベースにするとかなり大掛かりな変更が必要となってくる。もっともフルモデルチェンジして新型車を送り出すつもりがあるならば、こうした規制は全てクリアした上で商品となるわけだが、残念ながらS660はフルモデルチェンジを行なうほど販売が見込める車種でもない。実際に月の販売台数は約200~300台で、年間の生産も約2400台(昨年)といった具合だ。同じホンダの軽自動車であるN-BOXは昨年日本で一番売れたクルマ(登録車も含めてのナンバー1だ)だが、こちらは昨年12月のひと月で1万3000台以上を販売した。比べるとS660の販売台数がいかに少ないかが分かる。

 しかしながら、スポーツカーにおけるこうした状況はいまに始まったわけではない。これはもう20年以上前から変わらぬ状況である。例えば1989年に登場したユーノス・ロードスター(現マツダ・ロードスター)は、登場当初こそ世界的に売れたスポーツカーとなったが、その後は代を重ねるごとに販売台数は減少している。しかしながらそうした状況をしてもなおマツダはロードスターを作り続けているし、特に先代モデルや現行モデルでは、販売台数が減少している状況でもビジネスとして成り立つよう考えられて世に送り出されている。また日産は現在販売しているフェアレディZは、やはり販売台数的には厳しい状況であるが、昨年新型モデルを送り出すことを発表するなどしている。

 そうした状況からすれば、スポーツカーが一般の乗用車のように儲かるクルマではないのは、自動車メーカーは以前から分かっている。しかしながら日本の自動車メーカーに未だ多くのスポーツカーが存在しており、苦しいながらも継続しているモデルもあり、新型車を送り出そうとしているのは、やはりスポーツカーが単にビジネスのためだけの存在ではない、という側面があるからだろう。

 単に移動の道具としてでなく、走ることそのものを楽しむ存在。または所有することで、大きな喜びや趣味性といった部分での満足が得られる存在。さらには自動車メーカーとしての思想や哲学を盛り込んで表現する存在…といった具合で様々な理由が挙げられるだろう。もっともそれらはビジネスという視点から見ると、なかなかに成立させづらい要素ではある。が、海外にはスポーツカー専門メーカーが存在し、長きにわたってビジネスを続けてきていることを考えれば、スポーツカーはビジネスにならない、とも言い切れないだろう。

 ホンダは以前にも、多くの魅力的でエポックメイキングなスポーツカーを送り出してきた自動車メーカーである。が、残念なのはそれらのスポーツカーは全て、今回のような規制によって生産を終了し、継承がなされぬまま消滅してしまった。特に今回のS660は、90年代に軽自動車ながらもミッドシップのオープン2シーターという極めてユニークな成り立ちで登場した「BEAT」をなぞり、現代の基準に合わせて復活させた存在でもあった。それだけに2015年の登場時には「今度こそ長く続くだろう」という期待があったのだが、残念ながらそれも今回の発表で潰えてしまう。

 さらにホンダには現在、これも90年代に登場して約15年を生き抜いたものの、消滅したスーパースポーツカーであるNSXの2代目モデルが存在している。こちらも一旦の消滅のあと、復活を果たしたモデルである。しかしこちらは2000万円以上する価格や生産台数の少なさもあって、今回のS660と比べても遥かに少ない台数しか販売されておらず、やはり今後の去就が心配されている。

 規制をクリアできないので生産終了、は致し方ないことのようにも感じる。が、果たしてそうした事態を織り込んでこそ送り出されるのがスポーツカーではないだろうか? そんな風に思うと、ホンダの今後のスポーツカーが気になる。少なくとも現在のホンダのスポーツカーに対する発想のままでは、今後もスポーツカーにおいて継続や継承を期待するのは難しい。ならば今回生産終了となるS660や、今後が気になるNSXのように、また突発的にチャンスが巡ってこなければ新たなスポーツカーは登場してこないだろう。

 そしてスポーツカーが生産終了して消滅してしまうと、一番気になるのはホンダのラインナップを眺めた時に、そこから感じる元気の良さや勢い、楽しさが失われてしまうことでもある。これは我々ユーザーのワガママではあるが、やはりホンダには何か面白いクルマ、楽しいクルマを持っていてほしいという思いを抱く。

 ホンダS660は2022年3月まで生産がなされるが、生産のキャパは昨年で年間約2400台だった。当然今回の発表を受けて生産能力は引き上げられるだろうが、それでも生産される台数は限られている。また今回は同時に、ホンダアクセスが手掛けたコンプリートモデルともいえる特別仕様車「モデューロXバージョンZ」が追加されたので、こちらを手に入れたいと思う人が増えそうだ。そう考えるとS660を手に入れたい、あるいはホンダのスポーツカーが欲しい、と考えている向きは速やかにディーラーに問い合わせをした方が良さそうだ。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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