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トヨタの生き様を見たい、と思った【トヨタ、ル・マンへの挑戦2015 Vol.6】

河口まなぶ自動車ジャーナリスト

ル・マンからの帰り道、高速道路でふと横を見ると、ホンダNSXが走っていた。今から20年以上前の日本のスポーツカーが、欧州で大切に愛されている姿を見て、純粋に嬉しく思えたし、日本人として誇らしく思えた。数の大小はともかく、自動車の本場でこんな風に認められ愛されている日本のブランドがあるのだ、ということに。

ル・マン24時間レースでも同じことを感じていた。歴史と伝統ある世界最高峰のこのレースで、日本のメーカーや日本人ドライバーの名を見つけたり、活躍している姿を見ることは、日本人としてとても嬉しいことだし、誇らしい。

だから日本のメーカーや日本人ドライバーが苦戦している姿を見るのは当然ツラい。当事者はそれどころじゃないほどツラいだろうが、外野の我々だってやはり良い気はしない。

今回のル・マン24時間レースはご存知の通り、昨年から復帰したポルシェが新たな時代を切り拓いた感がある。これまで勝ち続けてきた王者のアウディですら、追いすがるのに必死だったほど。そしてトヨタは、アウディの後方で淡々と周回を重ね続けるにとどまった。

ドライバーの中嶋一貴選手や、佐藤チーム代表に話を聞いた通り、トヨタは今回ほぼノーミス、ノートラブルで淡々と周回を重ねた。そして本来ならば、この作戦で順位を上げていくはずだったが、アウディやポルシェは予想以上に速かったということだ。いや、予想を遥かに超えていたことはトヨタの多くの方々が受け止めていただろう。

日産は今年復帰を果たしたが、特異な前輪駆動のマシンは戦力的にはまだまだ時間が必要と思えた。ただ一方で、体制的にはトヨタの2台体制に対してスタンダードな3台体制であり、規模感としてはポルシェやアウディと同等に見えた。また日産は数年前からここル・マンで積極的にプロモーションを展開しており、今回もポスターの先頭に日産のマシンが描かれることからわかるように、プロモーションに関してはポルシェ、アウディの向こうを張る感覚があった。

そうした環境から見ると、トヨタの体制は対外的に分かりやすくはなかったかもしれない。プロモーションに関しては控え目であり、マシンが2台体制であることも真意を図りづらかった。ただ目標としては、常に変わらぬ表彰台の真ん中。それは確かに感じた。チームが一丸となってそこを目指していることは即座に理解できた。そういう意味でのコンセンサスは取れていたと思える。

しかし、あえて厳しく記すならば、そこにトヨタとしての生き方は見えづらかった。

例えば日産は、マシンの仕上がりやレースの内容はともかく、とにかく今年復帰したことをプロモーション重視で展開したように思えた。そうしてアウディはもう何年も前からここを、自分たちのブランド力をプロモーションすべき場として最大限に使っており、今年もその規模を大きくしていた。そして昨年から復帰を果たしたポルシェもまた、ここル・マンに照準を合わせてマシンのみならず、自分たちのプロモーションに関しても照準を合わせてきた。

ポルシェは今年、17年ぶり17回目の勝利を収めたが、走らせたマシンのナンバーは17〜19。思惑通りに17号車が17年ぶり17回目の勝利とはならなかったが、レースやマシンのこと以外に、そうしたことまで考えている辺りがブランドの力だろう。

ル・マン24時間レースの場にいると、ここはドライバーだけでなく、マシンだけでなく、チーム力だけでない全てが揃わないと勝てない場(と佐藤代表も言っていた)であるが、実はそれだけではなく、このレースを取り巻くプロモーションやブランドとしての在り方までを揃える必要のある場でもあるとわかる。

つまり、会場で配るフライヤーやステッカーから、マシンのパフォーマンスやチームの戦略に至るまで、全てが求められる。世界最高峰の舞台である所以がそこにはある、と思える。

そうした舞台に今や、日本メーカーや日本人ドライバーは当たり前のように存在している。けれど、まだまだ存在感の大きさでいえば、トライすべき、チャレンジすべき余地が多くあると思えたのも事実だ。もっともそれはトヨタに限った話ではなく、日本のメーカーとして、日本人ドライバーとして、という視点において。

F1やWECといった世界選手権は、直接市販車の世界には結びつかないコンペティションの世界だ。だから僕も最初は、ここで戦う意味がどこにあるのかが正直分からなかった。そしてトヨタの佐藤チーム代表はその辺りをして、「技術開発および人材育成」という点を強調した。

しかし外野からするとF1やWECといった世界選手権は、メーカーやブランドのスタイルを強く表現してより多くの方に伝える場であり、つまりはそのメーカーの生き様を見せる場だろうと思えたのだ。そういう点で、アウディやポルシェは、まさにマシンだけでなく、レースだけでなく、それを取り巻く世界観を伝えようとしている。

冒頭に記したホンダNSXの話でいうと、市販されたプロダクトというものはカタチあるものとして人々に愛され続けている。

ではレースはどうか? と考えると、勝利が重なっていくことで目には見えないけれどもその世界で存在感を増し、彼の地の人々の心に残る存在として認められていくのだろう。

そう考えると、20年以上たったホンダNSXが愛されていたように、日本人ドライバーや日本メーカーが本場で認められ、愛され、尊敬されるためには、世界最高峰の舞台で優勝することが一番の特効薬であることは明白だ。なぜならば勝利は、レースにおいて最も目に見える“カタチあるもの”だからである。

僕は今回、ル・マン24時間レースを訪れてトヨタの戦いをウォッチしてきて、そんなことを感じた。

そうしてトヨタというメーカーや、それを駆る日本人ドライバーが、ここで勝利を収めることで、我々外野が嬉しく思い、誇らしく感じる時が来ることを強く願う。

WECは今後も続いていくし、来年のル・マン24時間レースもすぐにやってくる。その時に、トヨタが頂点を争って走っていることに僕は期待したいのだ。トヨタがこの場で、その生き様を世界中に示すことを期待したいのだ。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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