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湘南、7試合ぶり勝利!スタンドに広がった安堵と笑顔と

川端康生フリーライター

スタンドのムードが素晴らしかった

 ラスト15分のスタジアムのムードが素晴らしかった。

 78分、大橋の同点弾から、山田の逆転ヘッド、そしてタイムアップの笛が鳴るまでの十数分間。

 この日来場者に配られたハリセンのキレのいいリズムとともに、フィールドを取り囲む6212人の集中力がぐっと高まっていくのが肌で感じられるようだった。

 そんなスタンドとピッチとベンチにも一体感があった。

 6試合白星から遠ざかっている。監督交代からまだ一つも勝っていない。気がつけば残留ラインをまたいでいる。

 だから、焦りと願いも、切実で濃厚だった。それがスタジアムに素晴らしいムードを醸し出し、そして、ホイッスルが鳴った瞬間、喜びと安堵となって解き放たれた。

 湘南、7試合ぶり勝利。山口監督就任後、初白星。

 勝ったのにタオルで顔を覆って泣いている選手がいた。ゴールを決めたのに瞳を輝かせている選手もいた。ようやく手にした“結果”に胸を撫で下ろすスタッフもいた。

 スタンドには朗らかな笑顔があちこちにあった。

6ポイントマッチ

 キックオフ時点での順位は湘南が17位、横浜FCは19位だった。

 ともにJ2降格圏。勝ち点差は「3」。まさしく"6ポイントマッチ"だった。

 シーズン後半戦に入って変わった潮目で言えば、上げ潮なのは横浜。この直接対決を制すれば残留へ手を伸ばせる、そんな位置まで復活してきていた。

 しかし、このゲームに関しては横浜の内容は乏しかったと言わざるを得ない(少し前に見たマリノスとの横浜ダービーはもっと見応えがあった)。

 攻撃はほぼ前線のサウロ ミネイロ頼み。そこに松尾とジャーメインが絡むだけ。しかも、いずれも個人技での仕掛けのみ。残留戦の真っ只中とは言え、残念な戦い方だった。

 チームとしての完成度は、湘南とは比べようもなかった。

 それでも先制したのは横浜FCの方だった。

 63分、松尾が敵陣でのインターセプトからドリブルでエリア内まで持ち込み、そのままシュートをゴール右隅に決めた。

 ターンオーバー直後の初速、そして高速ドリブル、落ち着いたシュート。ストロングポイントを発揮した松尾のファインゴールだった。

 そして、この先制点の後、横浜FCはそれまでとは別のチームのように前から圧力をかけ始めた(リードしたことでメンタル的にもエネルギッシュになったのだろう)。相手ボールをさらって追加点を狙うシーンもあった。

 しかし、湘南は慌てなかった。

価値あるゴール

 サッカーだから、ゴールによってモメンタム(流れ)が変わることは珍しくない。実際、リードを許した直後、横浜の勢いに押され、湘南がバタつく時間も少しあった。

 しかし、すぐに落ち着きを取り戻した。そして、それまで同様、ビルドアップして敵陣に入り、ボールを動かしながら相手をはがし、アタッキングサードで攻撃を仕掛けるようになった。

 そして15分後、右サイドからのクロスにウェリントンが潰れ、こぼれたボールを大橋が決めて同点に追いつく。

 こぼれ球を拾った大橋はフリーだった。0対1で負けていて、目の前にビッグチャンス。しかもGKとの距離は近かったから、慌てて強シュートしていれば(GKに当たり)跳ね返されていただろう。フリーではあったが、やさしい場面ではなかった。

 だが、大橋は落ち着いてボールを浮かせた。そして、ゴールマウスにシュートを弾ませた。

 さらに、この同点シーン。右サイドからウェリントンに山田がクロスを入れた作りに石原も加わっていた。15分前、パスミスで松尾にインターセプトを許し、失点していた。それでも、この場面でも攻め上がっていた。

 前半から湘南が繰り返していた3バックが右ずれして、岡本を押し出し、石原自らも敵陣深くまで前進し、攻撃に参加する形。

 リードされていても、エラーをしても、そんなチームの戦い方をブレずに続け、そしてゴールに結びつけた。

 つまり、先制を許しはしたが、湘南は焦っていなかったし、パスミスで失点を招いたが、石原は消極的にならなかった。

 チーム作りという面でも、個人の成長という意味でも、価値のあるいいゴールだった。

残り5試合

 逆転ゴールが決まったのは89分。

 右CKから町野がヘディングで合わせ、ルーズになったボールをGKの目の前で山田が頭で擦らせてゴールの枠に収めた。終了間際の劇的な決勝弾だった。

 あのゴールシーン、山田の方にボールが向かい、山田の前で弾み、山田が触れた先に空間があった。

 もちろん技術もあっただろう。それでも劇的で奇跡的なゴールは、彼自身の特別な思いと、チームの置かれていた状況と、サポーターの願い……そんなすべてが重なり合った末のものだった気がする。

 そんなふうに思いたくなるくらい、あのときの平塚競技場には素晴らしいムードが充満していたからだ。

 7試合ぶりに勝った。監督交代して初めて勝った。

 タイムアップの後、泣いていた石原も、瞳を輝かせていた山田も、「ブレずに」と繰り返した山口監督も、清々しい充実感とともに眠りにつけたことだろう。

 これまでも内容は悪くなかった。やっと結果が伴った。もしかしたら潮目が変わるかもしれない。曇り顔の引き分けが、これからは朗らかな勝利に変わるかもしれない。

 16位に浮上した。でも、まだラインは足下にある。

 残りは5試合――。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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