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中田選手の巨人移籍と試合出場に――野球協約と「空白の一日」

川端康生フリーライター
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 日本ハムから巨人へ移籍した中田選手が代打で出場したことに、賛否の声が巻き起こっています。

 当然です。こうした問題は立場や考え方によって意見が分かれる。当事者やその周囲(ファン含)と、それ以外の人では捉え方が違うだろうし、「再チャレンジ」についても(そのさじ加減も含めて)考え方は様々なので、賛否は分かれます。

 もちろん立場や考え方のみならず、感情や風潮によって処分の軽重が影響されることがあってはいけません。

 だから世の中には「ルール」が存在します。こうした意見が分かれる問題こそ、ルールに則って公正に処分が科され、また解除されることが重要……なのですが、「プロ野球」の場合はこの「ルールそのもの」に疑問を感じます。

一連の経緯と野球協約

 今回の一件、中田選手が出場停止選手名簿に公示(NPBホームページにも掲載)されたのは8月11日でした。

<出場停止選手公示

野球協約第60条(1)項により、下記の選手を出場停止選手として公示します。

出場停止期間:2021年8月11日~(解除日未定)>

 中田選手の行為が、統一契約書第17条の模範行為<日本国民の模範たるべく努力することを誓約する>に違反するとして、日本ハム球団が出場停止処分を科し、それをコミッショナーが公示したものです。

 プロ野球協約の第60条には、<球団、あるいはコミッショナー、又はその両者は、その球団の支配下選手に対し、不品行(中略)を理由として、適当な金額の罰金、又は適当な期間の出場停止、若しくはその双方を科すことができる>とあります。

 そして、<出場停止処分を科された選手は、コミッショナーにより出場停止選手として公示され、出場停止選手名簿に記載される>。

 つまり、ルール通りの手続きを踏んで、中田選手は出場停止名簿に掲載されたわけです。

 もちろん<処分を受けた場合は(中略)いかなる球団においてもプレーできない>という重い処分の告知です。

ルール違反は犯していない

 そのNPBが、<出場停止処分解除のお知らせ>とリリースしたのは8月20日でした。

<2021年8月11日付で野球協約第60条(1)項により、出場停止選手公示した下記選手について、球団による処分解除の届け出がありましたのでお知らせします。

北海道日本ハムファイターズ 中田翔>

 再びプロ野球協約によれば<出場停止選手は、出場停止期間の終了とともに復帰するものとする>となっています。

 つまり、この時点で中田選手は「復帰」することが、ルール上、可能になりました。

 そして同日、巨人へ移籍。翌日、試合に出場した。

 それが一連の流れということになります。

 プロ野球協約に照らして何の問題もありません。ルール違反はまったく犯していない。

 でもどこか釈然としないのも確か。僕も何だかモヤモヤします。

Jリーグ規約との違い

 釈然としないのはなぜなのか。

 その理由は、移籍先が巨人たから、ではもちろんありません(僕自身は、日本ハムにも巨人にも、もちろん中田選手にも特別な感情は持っていません、念のため)。

 根本的な問題は、処分を科したのも、解除したのも、所属球団である日本ハムであるということだと思います。

 つまり、無期限出場停止という極めて重い処分を科しながら、その詳細は「被害選手も大ごとにしたくないと言っている」という理由で明らかにせず、あげくにそんな重い処分を突然解除し、出場可能な状態にして、他球団にトレードした――そのすべてが当該球団の中で決められ、進められたわけです。

 リーグも"外部"もまったく介在していません。

 これでは社会の納得を得るのは難しいと思います。

「選手の将来を台無しにしたくない」という心情には僕も共感しないわけではありませんが、国民の財産とか、社会の公器と呼ぶにはあまりに“世間離れ”しています。

 ちなみに、同じスポーツ興行団体のJリーグではどうなっているのか。

 Jリーグ規約第133条では<試合に関する違反行為に対しては規律委員会が(中略)、それ以外に関する違反行為についてはチェアマンが調査、審議し、懲罰を決定する>と定められています。

 そして、その解除についても同様に、<規律委員会またはチェアマンが、解除の是非について審議・決定する>。

 当然です(というか、普通です)。

 処分も懲罰も、社会的にみて適正なものでなければなりません。軽すぎても重すぎてもいけない。

 ましてプロ野球選手もJリーガーも会社員ではありません。球団やクラブと契約している個人事業主。利害が衝突することもあります。

 その意味でも、所属球団(クラブ)内で処分を決め、懲罰を科すのは、むしろ危険。そこには“第三者”が介在するべきです。

 もちろん所属球団の都合や同情で、簡単に処分が解除されることがあっていいはずもない。

 ところが、プロ野球は(Jリーグが定めているような)制度になっていません。冒頭で「ルールそのもの」に疑問を呈したのはだからです。

 今回の問題に関しても、リーグ(NPB)もコミッショナーも関与した形跡はまったくありません。ただ「公示」しただけ。日本ハム球団が「処分」したことを掲載し、「解除」したことをお知らせしただけです。

 リーグとしてガバナンスが効いてない、というより、そういう制度になっていないということです。

 付け加えれば(時々勘違いしている人がいますが)プロ野球の「コミッショナー」は、Jリーグの「チェアマン」とは立場と権限がまったく違います。

 平たく言えば、そんなに偉くない。プロ野球の最高意思決定機関はオーナー会議であり、コミッショナーを変えることもできます(そういう協約になっています)。

空白の一日を思い出した

 もちろんプロ野球とJリーグでは“生い立ち”が違います。誕生した時代背景も違うし、制度設計が根本的に違う。

 だからJリーグがよくて、プロ野球はダメだと言うつもりはありません。実際僕自身、リーグの権限が(経済的な面でも)強いJリーグでは、それぞれのクラブの独立心が育たない弊害を感じることもあります。

 どちらがいいと単純に言い切れない面もあるということです。

 それでも――実は一連の騒動を見ながら、「空白の一日」を思い出していました。

 今回同様、ルール違反は犯していませんでした。それでもファンや国民から猛反発を受け、プロ野球は信頼を損なうことになった。

 それどころか、そんな批判や感情的なねじれが、当該選手にダーティなイメージを植え付けることにもなりました。

 今回にしても、中田選手の再チャレンジをむしろ窮屈なものにしてしまう心配があります。

 日本ハムも巨人も中田選手本人も、野球協約には違反していないのに、モヤモヤした視線を向けられ続けることにもなりかねない。

 ルールは大事です。でも、違反してないからいい、というわけではありません。ファンの感情はそれほど単純なものではない。

 そして、違反していないのに批判されるというのも、どこかおかしい。もしかしたらルールの方に不備があるのかもしれない、そう疑ってみる必要はあると思います。

 何より、時代が変われば、モラルも人心も変わります。

 プロ野球も、そろそろルールそのものを整備し直す時期に来ている気がします。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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