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「東京マラソン」を巡って(2)

川端康生フリーライター

「道路」を巡って

映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』にこんなシーンがある。

織田裕二扮する主人公が、犯人逮捕のためレインボーブリッジを封鎖しようとしたそのとき、「国土交通省です。ここはうちの管轄です。この下のゆりかもめは鉄道局ですから、それぞれに許可をとってください」、「東京都港湾局です。止めるならうちと交通局を通してください」と彼の前に次々と担当者が現れ、立ちはだかるのである。

そればかりか「首都高速道路公団」、東京都のみならず神奈川県、千葉県の「各自治体」の許可も必要なことが判明。ついに「湾岸署の青島刑事」は困惑顔で叫ぶ。

「レインボーブリッジ封鎖できません!」

前回述べたようにマラソンの舞台は「道路」である。他の陸上競技のようにトラックやフィールドで行なわれるわけではなく、野球やサッカーのようにドームやスタジアムで行なわれるわけでもない。

つまり普段は自動車や歩行者が使用している道路を、ランナーのために開放してもらわなければ、マラソンという競技は実現できない。

『踊る大捜査線』のシーンは、その道路の複雑さの一端を示している。

普段自動車で行き交い、歩行者として何気なく通行している道路。しかし、その道路を封鎖する(交通規制をかけてランナーを走らせる)のは容易ではないのである。

ちなみに東京マラソンのコースには、国道、都道、区道が含まれている。国道に関しては国土交通省、都道は東京都の建設局、区道は各区役所が、それぞれ道路管理者として存在していることになる。

当然、道路上への設置物については、これら管理者から許可を取らなければならない。作業の煩雑さは容易に想像できる。

もちろん近隣住民や商店の理解も得なければならない。迷惑や不便をかけるだけでなく、実害を生じさせてしまうかもしれないからだ。

だから自治会や商店会との折衝や説得も欠かせない。彼らの協力を得ることができなければ、コース変更を余儀なくされることもあるし、大会そのものが実施できなくなることだってある(実際、そういうケースは珍しくない)。

しかも、クリアしなければならない相手はまだいる。

「東京」を「3万人」に「7時間」かけて走らせるための最大の難関、交通管理者である警察である。

「警察」を巡って

無論、警察が市民マラソン開催の邪魔をしようとしているわけではない。立場の違いである。

前回説明した通り、マラソンによって「交通」に影響が出ることは紛れもない事実。交通管理者である警察が難色を示すのは当然のことである。

また、これも前回並べたが、緊急車両の通行が妨げられる危険性もある。「治安」の面からみても懸念材料を挙げればきりがない。

「交通」に関して言えば、東京マラソンのコースと交わっていたり、接している道路は600本ある。その一つ一つを検討し、迂回路を設定し……膨大な作業が必要になる。

あまり知られていないが、東京マラソンにおいては、それらの道路の標識まで変えている。たとえば、一方通行や進入禁止の標識を、この日だけは別のものに一つ一つ付け替えているのだ(元々の標識の上からカバー状の標識をかぶせている)。少しでも交通障害を減らすための工夫である。

もちろん、そうした準備段階だけでなく、大会当日も交通と群衆警備の両面で警察の協力は不可欠だ。

イメージとしては「パレード」を想像するとわかりやすいだろう。要人やメダリストたちが行進するパレードだ。それと似たような対策が42・195キロにわたって必要……と考えれば、その大変さと難しさがわかる。

ちなみに大会当日に出動するのは、警視庁と各警察署、それに機動隊まで含めて約5000人。それだけの人員を「東京マラソン」に割いているわけだ。

もちろんマラソンに集中しすぎて、通常の治安対策を疎かにするわけにはいかないから、警察が負う負担も相当なものである。

とにかく彼らの協力なくしては、東京マラソンは実現しないのである。

「7時間」を巡って

そんな不可欠な存在であり、しかし立場の異なる警察との折衝は、容易ではなかった。

世界的規模の市民マラソンにしたい「東京マラソン」と交通、治安への影響を懸念する「警察」とのせめぎ合いが水面下で続いたのだ。

それは大会開催そのものの了承を得た後も続いた。そう、「制限時間」を巡る攻防である。

当初警視庁が示したのは「5時間」だったと聞いている。すでに述べた通り、国内の市民マラソンでは一般的な制限時間だ。首都東京で行なわれることを考えれば、むしろ好意的な提示だったと言ってもいい。

しかし、東京マラソン側は「7時間」にこだわった。制限時間を延ばすことで完走率を高めることができるからだ。

ちなみに制限時間が5時間なら完走率は70%程度。これを7時間に延ばせば、完走率は90%にまで高まると言われていた(事実、第1回大会は96.3%。その後も同水準を記録している)。

大会を成功に導くために、一人でも多くのランナーにフルマラソン完走の感動を味わわせたい、それが「東京マラソン」の考えだった。

最終的に警視庁が「制限時間7時間」を了承したのは2006年春のことである。

石原都知事が開催発表をしてから2年半後、そして第1回大会まで1年を切ったぎりぎりのタイミングでの妥結だった。

ただし、そこには付帯条項がついていた。

7時間を認めるが、その代わり……という条件である。

<東京で行なわれているマラソンを「一本化」すること>。

しかし、これが難問だったのだ。もしかすると「警察」と同様、関係者がもっとも苦心したのが、この「一本化」問題かもしれない。それでも「東京マラソン」を誕生させるためにはクリアしなければならない条件でもあった。

だが――結論だけ言えば、実は「東京マラソン」はこの警察との“約束”を果たすことはできなかった。「一本化」をできないまま、第1回大会を迎えることになるのである。(つづく

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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