国立競技場、56年の歴史に幕。聖地、記憶の中へ――

国立競技場が56年の歴史に幕を下ろした。

最後の2週末を僕もスタンドで過ごした。不覚にも何度か感極まりそうになった。多くの人と同じように、僕にとっても「コクリツ」はやはり特別な場所だった。

蘇る想い出たち

5月25日には、日本代表が香港代表を49対8で破り、ワールドカップ出場を決めた。

日本代表について言えば、香港のプレッシャーのせいか、ボール出しが遅くてゲームテンポが上がらず、決して満足できる試合内容ではなかった(ハンドリングエラーも多かった)。

それでも第1回から8大会連続でのワールドカップ出場。「2019年の自国開催」へ向けてのロードマップ(工程表)を着実に進めた。来年のイングランド大会では「ベスト8」を目標に戦う。

後半は点差がついたこともあって、ゲームを追いながら次々と想い出のシーンが蘇ってきて参った。

センターライン付近から駆け抜ける選手に今泉が蘇り、タッチ沿いをすり抜けるプレーに吉田が蘇り……。

雪の早明戦から始まり、今泉と吉田のビッグプレーで結ばれたあの4年間、伝統の対決の中でもとりわけ印象的だったあのドラマが蘇った後は、まさしく走馬灯。

子供の頃、テレビで見た植山のインステップキックが描いた大きな弧だとか、本城の華麗なパスと吉野のトライ、松尾のセンスや堀越のがむしゃら……眼前のゲームを眺めながら、名場面が次から次へと浮んできて胸が熱くなってしまった。

追憶はラグビーにとどまらなかった。

(ラグビーのテストマッチを見ているというのに)木村和司がFKを蹴ったのはあのあたりだったとか、白いユニホームの小倉くん(四日市中央工業)が体ごと飛び込んでゴールを決めたのは……とサッカーの想い出まで浮かんでくる。

トヨタカップは年に一度の楽しみだったし、横浜フリューゲルス対鹿島アントラーズ(1996年)は本当にすごい試合だった。

その横浜フリューゲルスが有終の美を飾ったのもここだったし(彼らの「意地」に心が震えた)、2003年に北朝鮮にぶつかっていった女子代表(なでしこ)の根性には大いに感動した。

そんな数えられないほどの記憶の中でも僕にとって特別なのは「5月15日」と「フランス・ワールドカップ予選」だ。

個人的なコクリツ

前にも書いたが「Jリーグの開幕戦」(5月15日)を僕はゴール裏の最上段で見た。当時フリーライターではあったけれど、まだ「サッカーの書き手」として認められていなかったから「取材者」として入場することができなかったからだ。

同じ年の秋の、あの「ドーハの悲劇」を機に僕は、「次の予選は必ず取材者として現場にる」と決めた。そして、Jリーグに通い、取材をし、原稿を書き……4年後、日本代表の取材を許される立場になって迎えたのが「フランス・ワールドカップ予選」だったのだ。

初戦のウズベキスタン戦(カズが4点取った試合だ!)の日は、キックオフよりかなり早くコクリツに着いた。

あの「悲劇」から4年、日本サッカーにとっては「悲願」への再挑戦の始まり(なんせまだワールドカップに出たことがなかったのだから)、そして僕自身にとっても4年前の自分との約束を叶えた特別な日だったから、居ても立ってもいられなかったのだ。

早々に記者席に着いて、階段を昇り、メインスタンドの最上段から千駄ヶ谷駅の方を眺めたら、入場ゲートはまだ開いていないというのに、そこに長蛇の列があった(列は千駄ヶ谷を越えて代々木駅方面まで伸びていたらしい)。

やはり居ても立っても居られない人たちがこんなにたくさんいる……。まだ試合も始まっていないというのに込み上げてくるものを抑えられなかった。

あのとき見た競技場の外の風景、それもまた僕にとっては大切なコクリツの想い出の一つである。

(もちろん山口のループシュートも、UAE戦の試合後の怒号も、とにかくあの予選は忘れがたいシーンばかりである)。

取材者として訪れるようになってからは記者席や会見場にも思い出が積み重なっていった。ヘビースモーカーの先輩記者たちがくゆらせる煙草の煙も懐かしいし、そんな先輩も含めた記者たちとの交流もまた懐かしい。

富樫(洋一)さんをはじめもう会えなくなってしまった人たちとの思い出もまた僕のコクリツには刻まれている。

伝説と歴史

本当に「最後のコクリツ」となった5月31日には、サッカーとラグビーの「レジェンドマッチ」が行なわれた。

前の週でさえ目元がヤバイ状態だったからどうなることか、と心配していたのだが、そんなことは杞憂。田口のはち切れそうなお腹に始まり、今泉のありえないキックや本城の貴公子(残り香くらいはあったかな)らしからぬプレーぶりに、むしろ口元がほころびっぱなしだった。

もちろんそんな「レジェンド」の中でも、「現場組(監督とかコーチとか)」はそれなりの動きを披露していたし、現役時代を彷彿させる場面もあった(不思議なもので体形がどれだけ変わっていても、動きがスローであっても、ボールの持ち方や姿勢にそれぞれの個性は残っているもので)。

八面六臂の活躍を見せたのは松永(敬意を表して敬称略)。ドリブル、シュート、それに運動量まであって、とても65歳とは思えないパフォーマンスだった(さすが釜本と競い合った名選手)。

とにかく懐かしさを笑いが上手にくるみ込んでくれて、朗らかで楽しい時間を過ごすことができた(疾走するシーンはなかった吉田だったが、ちゃんと「青いサポーター」をはめて出てきてくれた)。

そんな楽しい時間の狭間には「ブルーインパルス」が隊列を組んで滑空し、50年前のビッグイベントを思い出させてくれた。

残念ながら僕はまだ生まれていなかったが、「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような素晴らしい秋日和」に大空に描かれた五つの輪はやはり東京五輪の象徴として、僕の中にもある。

インタビューで中山が「円谷さん」の、岡野が「長沼さんや平木さん」の名前を挙げてくれたのもよかった。

ここでオリンピックが開かれた1964年とは終戦からわずかに19年後のことなのだ。日本と日本人にとってそれがどんなイベントだったか。代表として出場した選手にとってそれがどんなレースだったか。

16年前、初めてワールドカップに出場するまでサッカーの日本代表がどれだけ勝てない時間を過ごしてきたか。そんなことに思いを馳せさせてくれた。

そして森は「見事な芝生」に触れてくれた。コクリツは、選手やファンだけでなく、そのずっと手前で汗を流す人たちがいたから「聖地」となり得たのだ。

そういえば、イベントの前に競技場の周りを歩いたら、「学徒出陣の碑」にお辞儀をしていく人たちの姿があった(それも若い人たちに多かった)。

未来とは、歴史を知り、先人を敬うことの先にあるべきだと思う。そうでなければ、薄っぺらで軽々しい未来しか訪れないだろうとも。

その意味では“ハッピーマンデー”はいただけないと言っておきたい。「体育の日」は「10月10日」だからこそ語り継げるものがあるのだ。

それぞれの記憶とみんなの記憶

そして最後の最後に「ファイナルセレモニー」が行なわれた。コクリツの“閉場式”である。

夕闇の中を聖火ランナーが走った。東京五輪で聖火を灯したサカイさんがまず現われ、体操の小野や冨田、柔道の谷本といったメダリストたちがトーチをリレーしていく様子を、誰が走るのか知らなかった僕は目で追いながら見つめていた。

トラックを一周した聖火がバックスタンドまで辿り着き、次のランナーへ……と渡る瞬間、「今日は大丈夫」と油断していた涙腺が一気に開いてしまった。

そこで待っていたのは北澤だったのだ。

どういう経緯での人選なのかは知らない。「サッカー」なら他にも適任者はいただろう。

でも、そこに北澤がいた。嬉しかった。嬉しくて気がついたら涙が出ていた。

1997年秋、あの「フランス・ワールドカップ予選」の初戦、そう、ドーハの悲劇から4年後の、悲願への再挑戦となったあの特別な試合、北澤もコクリツにいた。

ユニホームを着て、ではない。代表メンバーに選ばれていなかった彼は、ピッチではなく、スタンドの一般席にいたのだ。

試合が始まってすぐ、日本はPKを得た。カズがボールをセットする。誰もが祈るような気持ちで見つめていた。

もしかすると、いまとなってはピンと来ないかもしれない。でも、この予選がどうなるのか、いや、この試合がどうなるのか。まだわからなかったあのとき(くどいようだが、まだワールドカップに出たことがなかったのだ)、それは大事な大事な場面だった。

そのとき――北澤が祈っていた。本当に祈っていたのだ。両手を合わせて、目を閉じて。

ようやく日本代表の取材を許されるようになり、やっと座ったワールドカップ予選の記者席で、そんな彼の姿を、僕は見た。

「聖地」と呼ぶにふさわしい競技場だったと思う。

ここには日本と日本人が歩んできた時代が刻まれている。この国の歴史がある。

そして、それぞれの記憶もある。僕に特別な想い出があるように、それぞれの人にそれぞれの想い出があり、人生を彩っている。

この国の歴史と、それぞれの想い出。それらが織りなし続けた長い時間。

ここに聖地あり。コクリツ、記憶の中へ――。

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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