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引っ越しから始まったスポーツ観戦ライフ。「ただ、そこにある」Jリーグの現在、未来、可能性

川端暁彦サッカーライター/編集者
「なぜ観るのか」。百人百様の答えがあるとは思うが、あえて一つの例を示してみたい

代表はボーナスステージと見るべきだ

山口螢のプレーに黄色い歓声があがり、柿谷曜一朗のトラップにどよめきが走る。近頃のJリーグで、最も新規層、あるいはライト層と言われる人たちを呼び集めることに成功したのは、C大阪だろう。その背景に日本代表という「ブランド」と、東アジアカップ(山口の場合はロンドン五輪も)というアピールの「舞台」があったことも確かだ。「日本代表人気が、なぜJに還元されないのか?」と言われて久しいが、「いや、そうでもないんじゃないの?」とは思う。

――だがしかし。

これでは「日本代表で活躍した選手の人気はJでプレーしている際にも反映される」と言えるだけの話で、将来的には内田篤人の移籍で鹿島の売り上げがダメージを受けたのと同様の現象が待っているだけという気もしないではない。観ている者のハートを鷲づかみできるキャッチーな(Jクラブ在籍の)選手が常にいなければ「それまで」という話に過ぎない。そんな選手がそうそう都合良く、しかもコンスタントに現れるとは思えない。しかも今後のことを思えば、そうした選手が「Jクラブに所属していない」可能性はますます増えていくだろう。「日本代表における選手の露出増によって人気の還元を期待する」というのは、たまにある、もしかしたらある、あったらいいなのボーナスステージと考えるべきではないだろうか。

むしろ逆ではないか。「サッカーは好きだったけれど、Jリーグが好きではなかった人」が、Jリーグにハマってしまうケースのことをもっと考えていくべきではないか。9月の頭、とある出版社に勤める友人と会食した際に、そんなことをあらためて思った。

池さんの、ゼルビアライフ

池さん。1978年生まれの35歳。一児の父。
池さん。1978年生まれの35歳。一児の父。

彼のことは、仮に「池さん」とでも呼んでおこうか。サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊メンバーである。前職では温泉の雑誌なんかを作っていた人だった。 “海外サッカー”を愛して精通し、日本代表を普通に応援し、Jリーグに対しては一歩引いた(悪い言葉を使えば、少し見下した)目線を持っていた。好きなのはスペインリーグ。あえて誤解を恐れず言えば、サッカーの競技経験者にありがちな嗜好だったと思う。エルゴラでは専ら海外サッカーを担当し、海外専門誌『フットボリスタ』の誕生とともに、移籍していった。そんな人である。現在は転職し、分厚い法律の解説書などを編集している。

そして、FC町田ゼルビアにハマっている。

「そういえば、日本代表戦があったんだってね」

「海外サッカー? チャンピオンズリーグくらいは観たいかな」

明らかにキャラが変わっていた。

「いや、この前、ゼルビアのイベントが近所であってさ、息子を星さん(※1)に抱っこしてもらって、写真まで撮っちゃったんだよ」

「勝又(※2)がいればなあ。なんか栃木でも出ていないみたいなんだよね。戻って来てくれないかな」

「ホンダロックの応援の人が何か面白くてさ~」

嬉しそうに星さんに抱っこされた息子の、あるいは競技場での何でもない風景写真を見せてきて、かつてのエースに加えて、こちらが「そんなヤツいたっけ?」と思うような現所属選手の話まで楽しそうに語る彼は、何かが違っていた。

※1 星大輔さん。11年まで町田の選手としてプレーした選手で、現在はクラブスタッフ。

※2 栃木FW勝又慶典のこと。昨年まで町田の中心選手だった。

で、何が楽しいの?

町田との出会いは、意外にも市役所だったという。結婚を機にマンションを購入して引っ越し、役所へ手続きに行く。ごく普通の過程において、「Jリーグを目指す」とか何とか書いてあるノボリが出ていたそうで、「へー。町田にJリーグを目指すクラブなんてあるのか」と思ったのだとか。

それだけの話、のはずだったのだが、不幸にも(?)彼が健康維持のために始めたサイクリングの行動半径の中に町田の本拠地「野津田」が収まっていた。「ああ、ここがあの役所で観たサッカーチームの本拠地なんだ」と思ってしまった彼は、「本当に何となく」一人でのスタジアム観戦を開始する。やがて、その行動は習慣になっていき、同年、町田はJリーグ入会を果たすその流れを体感することとなった。

「なんでなの?」

こっちの素直な問いに対し、池さんの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。

「そう言われてみると、何でなんだろうな……。何となく、本当に何となくだよ。行ってみたら楽しかったというか、意外に面白かったという……。また行ってみたら、やっぱり面白かった。気付いたら、“行くのが当たり前”になっていたというか……」

サッカー好きという素養はあった。それは確かに重要だった。エルゴラに在籍したときに、サポーターという当時の彼にとって異次元の価値観を持つ人々と接しもした。ただ、Jリーグを好きになったということは、それまでまるでなかった。彼のケースは、最近よく聞かされる「Jリーグは本当はレベルが高いから、実際に観てもらえれば認識が変わる」といった声の通りだったのだろうか。

町田のレベルは意外に高かった?

だが、スペインにサッカー観戦の長期旅行に出た経験も持ち、TVを通じた「レベルの高い」サッカーにも長く触れてきた彼にとって、町田のレベルは「かなり低い」というものだ。そのような論は、彼にとって笑い飛ばす対象でしかない。

「いやレベルは低いよ。ましてや町田だぜ? JFLだよ」

そして、続けて言う。

「でも、楽しいよ。楽しいかどうかは、レベルじゃないんだよ」

「欧州のトップレベル」について熱く語っていた男と同一人物とは思えぬ発言だが、だからこそ偽らざる実感なのだろう。現在、町田のチーム状態は必ずしも明るくないようだが、それについての彼の解釈もユニークだった。「無理に補強して(J2に)上がらなくてもいいんだよ。勝ってくれれば、そりゃうれしいんだけれど、“ちゃんと週末に俺が行く試合がある”ほうが大事。自分の家の近くにクラブがある。これがイチバンでしょ」。池さんは、かつて海を渡った先でしか通じない理屈と思っていた「クラブ文化」というヤツの価値を、無邪気に信じるようになった。なぜなら、週末の観戦ライフが飛びっきりに楽しいから。

先日、池さんはだいぶ大きくなった息子を初めてホームスタジアム“野津田”へ連れていったのだそうだ。町田は試合後に選手たちも参加するサッカー教室を行っているのだが、前からその場に連れていきたかったのだとか。「酒井良さん(※3)に教えてもらったんだぜ!」「(息子が)『超優しかった』とか言っちゃってさあ」と語る彼は確かに「スポーツ観戦」という習慣を、その幸福を手にしたようだった。

※3 昨年引退したFC町田ゼルビアのヒーロー。トークも面白い。

理念と理想の欠片と

どんなレベルであれ、スタジアム通いは、「意外に楽しい」のだ。海の向こうのビッグクラブより、家の近くのマイクラブ。このリーグがこの国にもたらせる最高の財産は何なのか。彼が新たに紡いでいるライフスタイルと、そこに見出した“幸せ”に、忘れられようとしている理念と理想の欠片が見え隠れしていた。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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