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クロマグロの漁獲枠が15%増えるのですが、乱獲にはならないのでしょうか?

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事
(写真:アフロ)

国際会議WCPFCにて、クロマグロの漁獲枠が15%増枠されることが決定しました。この増枠について、資源への影響や、それが認められた背景について解説します。

クロマグロは、ほとんど群れが見当たらない水準まで減っていたのですが、2015年に漁獲規制を開始してから、目に見えて増えてきました。全国的にクロマグロの群れが目撃されるようになり、産卵も確認されています。資源が回復しているのは間違いないのですが、首の皮一枚の状態から回復しているというだけで、資源を有効利用するために適正な水準には達していません。

こちらがクロマグロのKOBE plotです。横軸が資源量、縦軸が漁獲死亡係数(漁獲率のようなもの)です。太い点線がそれぞれの目標限界値になります。資源を持続的に有効利用するには、目標限界よりも高い資源量を維持しつつ、漁獲率は目標限界値よりも低い水準を維持する必要があります。つまり、図の緑の領域に置くべきなのです。クロマグロの現状は図に☆で示したように、漁獲率も資源量も乱獲と判定される水準です。漁獲率を目標水準以下に下げて、資源回復を待つべきかもしれませn。国際会議でもそのように主張する国もあったようです。

https://www.wcpfc.int/doc/06/pacific-bluefin-tunaより引用、筆者修正
https://www.wcpfc.int/doc/06/pacific-bluefin-tunaより引用、筆者修正

では、増枠が絶対にダメかというと、筆者はそうは思いません。クロマグロの漁獲規制が開始された2015年から、最新の資源評価が行われた2018年までで40%も産卵親魚量は増えています。2018年以降も資源は明らかに増加しているために、15%の増枠は資源の回復傾向に大きな影響を与えるとは思えません。増枠によって、漁業者が規制のメリットを実感し、理解と協力が得やすくなるなら、増枠という選択はありでしょう。

また、今回の増枠に当たって、米国の提案によって、漁獲枠を調整するルールが導入されました。クロマグロの管理では二段階の資源回復目標が設定されており、2024年までに第一段階、2034年までに第二段階の目標を60%の確率で達成することになっています。回復確率が75%を上回ると、回復確率が70%になる水準まで漁獲枠を増枠し、資源の回復確率が60%を下回った場合には回復確率が60%になるまで漁獲枠を削減することになりました。回復ペースが遅いと、容赦なく漁獲枠が削減される仕組みになったのです。場当たり的に漁獲枠を増やすことができなくなったのです。

15%の増枠は資源回復への影響はないし、資源の危機につながるものではありません。また、場当たり的に漁獲枠を増やしたわけではなく、枠を調整するルールをつくったうえで、そのルールに則って増枠をしています。目標達成が難しくなった場合に、漁獲枠を削減する仕組みができたことから、漁獲規制としてはむしろ前進したと言えるでしょう。

また、クロマグロの規制を議論する北小委員会は信用が失墜していたのですが、今回WCPFCの本会議で増枠が了承されたということは、漁獲規制が機能していて、資源が回復していることに国際的なコンセンサスが得られたことを意味しており、その面でも大きな進歩といえるのではないでしょうか。

クロマグロに関しては資源の危機はひとまず去ったとみています。クロマグロは政府主導で実効性のある漁獲規制を行った最初の事例と言っても良いでしょう。2014年に国際会議での惨敗に始まり、急遽漁獲枠が導入されることになり、当初はトラブルの連続でした。未だに修正できていない問題も多く残されています。それでも着実な資源回復に結びつき、それが国際社会にも認められたというのは大きな成果であり、関係した漁業者や行政官に敬意を示したいと思います。

 クロマグロの漁獲規制が成功体験となり、他の魚種への漁獲規制へとつながっていくのが望ましいのですが、残念ながらそうなっていません。それどころから、「クロマグロのような規制が他の魚種にも導入されたら大変だ」という声も多く聞かれます。国際的な漁獲枠の枠組みは機能しだしているのですが、国内での漁業調整は難航をしています。捕れるだけ捕って単価が安い魚を捨てる投棄や、市場を迂回する無報告漁獲など、問題は山積みです。その上、遊漁の漁獲の増加など新しい問題も加わっています。国内の漁獲枠の運用の仕組みは抜本的に見直す必要があるでしょう。重要なポイントは、漁獲量を正確に把握する体制の強化とより多くの人が納得できるような漁獲枠配分の二点です。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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