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クロマグロの漁獲枠配分を見直すべき二つの理由

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

現在の漁獲枠配分の問題点については前の記事で指摘しました。国は、保存管理措置を遵守するためと配分の見直しを拒んでいます。

斎藤農相:クロマグロ漁獲規制方針変えず

 斎藤健農相は26日、閣議後の記者会見で、沿岸漁業者が反発している大型(30キロ以上)クロマグロの都道府県別の漁獲枠設定について「保存管理措置の順守はわが国の責務だ」と述べ、7月から予定通り漁獲量規制を強化する方針を示した。

出典:毎日新聞 2018.6.27

筆者は、理不尽な漁獲枠配分を見直すことが、国としての責務を果たすことだと考えます。現在のクロマグロの漁獲枠配分は、決定プロセスに重大な不備がある上に、小規模伝統漁業の生存権を優先するという国際的なルールから逸脱しているからです。

漁獲枠配分の決定プロセスの不備

  1. 現行の国際的な漁獲枠ルールは2014年の中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)年次総会で決まっており、小規模漁業者を交えて漁獲枠配分について議論をする時間は十分にありました。
  2. 2017年12月12日の水産政策審議会で枠配分について決定されたようである。審議会には、巻き網企業が集められて、小規模マグロ漁業者の代弁者がいない。小規模漁業者の代表を参考人として呼んで意見を聞くこともしなかった。
  3. 2017年5月から審議議事録をホームページで公開していないので、その根拠を小規模漁業者は未だに知りようがない。
  4. 成魚の漁獲枠の存在を小規模漁業者に周知せぬまま4/18に閣議決定。
  5. 5/29にパブコメを実施。行政手続き法で定める30日ルールを無視して、9日しか意見公募を行わなかった。しかも閣議決定後なので、このパブコメを政策に反映するつもりがあったとは思えない。意見を聞いたというアリバイ作りを事後的に行ったのだろうか?

2014年から時間は十分にあったにもかかわらず、当事者を交えた議論の場を設定しなかった。こっそりと天下り先優先の配分を決定し、規制が効力を発するまで情報公開を怠る。事後的にパブコメを行うも、期間を不正に短縮し、反論の機会すら与えない。挙げ句の果てには、時間が無いことを口実に理不尽な枠配分の見直しを拒む。

時間切れまで何もせず、時間が無いことを口実に、行政が従うべき手続きを蔑ろにして、自分たちの一存ですべてを決定する。こんな非民主的なやり方は、法治国家として許されません。

国際的な取り決めを無視する小規模漁業軽視

 自国に与えられた漁獲枠を守るのは当たり前ですが、国に課せられた責務はそれだけではありません。小規模伝統漁法の生存権を保障することも、また国家の責務なのです。

 太平洋クロマグロの管理をしている国際機関WCPFCの条約 5(h)では、伝統生存漁業者の権利を考慮することが求められています。国連のFAOが定めた、全ての国が自発的に従うべきルールである「責任ある漁業の行動規範」には、「国家は、小規模・伝統漁業に従事する者が資源への優先的にアクセスする権利を保護しなくてはならない」とされています(6.18)。国連の持続的開発目標(SDGs)でも、「小規模伝統漁業者に、水産資源および市場へのアクセスを提供する」ことが求められています。

 小規模伝統漁業が存続できるように特別な配慮をすることが国際ルールでは求められているのです。例えば、大西洋クロマグロは絶滅危惧種に指定されたことから、厳しい規制が導入されました。規制が導入された前後で、大規模漁業(巻網)の漁獲量およびシェアが激減しています。定置網や延縄などの伝統的漁法の漁獲も減少しているのですが、削減割合は少なく、そのシェアは増えています。小規模伝統漁法への配慮がなされているのです。

大西洋クロマグロの漁獲配分
大西洋クロマグロの漁獲配分

大西洋クロマグロの漁獲配分(真田康弘氏作成https://y-sanada.blog.so-net.ne.jp/2018-06-24)

日本では、資源が減少して小規模伝統漁法の漁獲がほぼ途絶えた時期を基準に漁獲枠を配分したために、大西洋とは逆のことが起こっています。巻き網漁業には潤沢な漁獲枠が配分されて、築地市場で9割が売れ残るような過剰漁獲が行われています。一方で、小規模伝統漁業は過去の実績を大きく下回る漁獲枠しか配分されず、かかったクロマグロを海に捨てることを余儀なくされています。クロマグロへの依存度が高い漁業者は、廃業に追い込まれるでしょう。

 日本の現状が、小規模伝統漁法の保護を義務づける国際ルールに反しているのは明白です。農水大臣は「保存管理措置の順守はわが国の責務だ」として、このような不当な漁獲枠配分の見直しを拒否しています。小規模生存漁業への特別な配慮もまた国際的なルールに明記されている我が国の責務ですが、そちらは無視しても構わないのでしょうか。「日本には小規模漁業者が多く規制が難しい」と、国際会議ではさんざん漁獲規制に反対しておきながら、外圧で漁獲規制が導入されると、小規模漁業者の漁獲ばかりを規制するのは、不誠実です。

日本がとるべき対応

国際的なルールで定められた我が国の責務には次の2点があります。

責務1 国際機関によって配分された日本の漁獲枠を守る

責務2 小規模伝統漁業が存続できるように配慮をして、国内で漁獲枠を配分する

責務1は当然ですが、責務2についても、国としての対応が不可欠です。水産庁が国内の漁獲枠配分において、国内および国際的なルールを無視して、大規模漁業ばかりに便宜を図っている現状は許されません。漁獲枠配分を白紙撤回して、議論をやり直す必要があります。

非民主的で一方的な漁獲枠配分によって、自分たちの生活が失われることに対して、小規模漁業者は強い怒りを感じています。このままだと、自民党が小規模漁業者と築いてきた信頼関係も失われかねません(小規模漁業者の多くが自民党支持者です)。国に対する信頼の低下は、問題はマグロにとどまらず、今後の水産行政を極めて難しいものにするでしょう。国が進めようとしている個別漁獲枠(IQ)方式の導入も難航するでしょう。小規模漁業者を排除して、水産庁の一存で大規模漁業優先の漁獲枠配分が行われているクロマグロの事例を見たら、小規模漁業者が個別漁獲枠方式に反対するのは当たり前の話です。

ではどうすれば良いのか。巻き網のクロマグロの漁獲を停止すれば問題は解決します。そもそも、絶滅危惧種のクロマグロを、産卵場で一網打尽にして、薄利多売をしていること自体が許されることではありません。巻網に漁獲枠を配分していること自体が国益に反しています。延縄や一本釣りで漁獲できる量はたかがしれています。小規模伝統漁業のみにクロマグロの漁獲を許可して、小規模伝統漁業で獲りきれない場合に限り、残った枠を巻網にも融通すれば良いでしょう。その方が、漁業全体の生産金額は上がり、漁村地域の振興にも繋がるし、良いこと尽くめでしょう。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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