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クロマグロ漁獲枠を超過したのに、漁獲が止まらない理由

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事
(写真:ロイター/アフロ)

水産庁は4月27日に、日本に配分された大平洋クロマグロの幼魚の漁獲枠を超過したことを発表しました。にもかかわらず、国全体の漁獲が停止したわけではありません。一部の海域では、今後もクロマグロの未成魚を狙って獲る漁業が継続されます。また、すでに漁獲枠の超過をしている一部の海域に水産庁が追加で枠を配分していることを日経新聞が報じています。漁獲枠を越えているのに、漁獲が止められない理由について説明します。

水産庁は1日、4月27日時点で日本に割り当てられた漁獲上限(枠)を突破した太平洋クロマグロ小型魚(30キログラム未満)について、長崎県など枠を消化した一部の県に漁獲枠を追加配分していたことを明らかにした。日本海北部など既存の枠を未消化の地域でも当初配分した枠の上限まで漁獲を認めるという。

出典:(日経新聞)水産庁、クロマグロ漁獲枠を追加配分 枠超過後も公認

日本に甘く、他国に厳しい規制

減少したクロマグロを回復させるためにWCPFCという国際組織で、国別の漁獲枠を設定しました。日本が主導して、2002-2004年の漁獲量をベースに未成魚は当時の半減、成魚は当時の漁獲量を超えないことで合意をしました。日本の漁獲量が圧倒的に多かった10年以上前の漁獲量を基準にしているので、最近(2010-2012年)の漁獲実績と比較すると、韓国は7割削減、米国、メキシコはほぼ半減に対して、日本はたったの6%の削減でした。日本のごり押しで、自国に甘く他国に厳しい漁獲枠設定をしたのです。

クロマグロの国別漁獲枠(トン)
クロマグロの国別漁獲枠(トン)

また、2002-2004年から比べると、現在のクロマグロの資源量は半分以下に減っているので、未成魚のみを半減する現在の漁獲枠では、漁獲圧の削減にはなりません。現行の規制では甘すぎるという国際的な非難を浴びています。

参考:マグロ減らし国の名誉傷つける水産庁「二枚舌外交」

日本に対する風当たりが強まる中で、漁獲枠を超過してしまいました。国際的な非難を浴びるのは必至の情勢です。

4月27日時点でのクロマグロ幼魚の漁獲量実績については、こちら(水産庁)にまとめられています。

4月29日現在の漁獲の状況
4月29日現在の漁獲の状況

表にまとめるとこのようになります。

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日本は、海域を6つのブロックに分けて、ブロック毎に漁獲枠を配分しました。太平洋南部など枠を超過しているブロックがある一方で、日本海北部や近海竿釣りのように、枠が大幅に余っているブロックもあります。枠が一杯になったブロックは操業自粛要請が出ているのですが、枠が余っているブロックでの漁獲は今後も継続します。未消化の枠を獲りきった場合には、日本全体で313トンの超過となります。

すでに枠を超過して、自粛要請がでている長崎県に追加で漁獲枠が配分されました。離島を多く抱える長崎県では、漁場が分散しています。そこで、県内をいくつかの漁場に分けて、漁獲枠を予め配分していました。特定の海域の漁業者が配分よりも多く獲りすぎたために、全体の漁獲枠を超過した現在でも、漁獲枠を残している海域が存在します。これらの漁業者から不満の声が上がったために、追加で漁獲枠を配分をした模様です。一部の漁業者がスタートダッシュで配分を越えた漁獲をして、その結果として、全体の枠が守れない。国レベルでも、県のレベルでも同じことが起こっているのです。

今回の超過の背景には3つの問題点があります。

  1. 超過漁獲にブレーキをかける仕組みがない
  2. 超過を最小限に抑えるためのやる気と予算の欠如
  3. ブロック間で漁獲枠を移行する仕組みがない

超過漁獲にブレーキをかける仕組みがない

クロマグロの漁獲規制は、漁獲停止命令ではなく、自粛要請です。法的な根拠がない、水産庁からの「自粛」の「お願い」なのです。今の日本の漁獲規制は、ブレーキがなくて、クラクションしかついていない車のようなものです。クラクションを鳴らしたら、歩行者や他の車が避けてくれなければ、事故(漁獲量超過)をおこしてしまうのです。そして、事故をおこしても、車はとまりません。ブレーキがついていないのだから仕方が無いのです。

日本は、国として漁業者にマグロを捕る許可を与えています。法的な許可を与えた以上、法律によらずに強制的な取りしまりは出来ません。「お願い」に従わない漁業者のモラルにも問題がありますが、きちんを規制をする仕組みがないことにも問題があります。クロマグロの漁獲枠については、漁業者が決めたわけではありません。国として、国際交渉の場で合意した以上、国内法を整備して漁獲量をコントロールできる仕組みを構築する義務があります。

超過を最小限に抑えるためのやる気と予算の欠如

超過した漁獲を止める法的根拠はないからといって、放置しておいて良いわけはありません。国全体で漁獲枠を超過することが確実になった段階で、未消化の枠を回収して、超過を少しでも減らすように努力をすべきです。

水産庁は「あなた方はこれだけ漁獲して良いですよ」といって、漁業者に魚を獲る権利を与えました。それを回収するのだから、「タダで」というわけにはいきません。それなりの補償が必要になります。300トンの未消化の枠を、国が補償して回収する場合、いくらかかるでしょうか。クロマグロ幼魚の浜値(漁業者の売値)は1kg500が相場です。燃油などの経費を除けば、利益はほとんど残りません。それどころか赤字の経営体がかなりの割合を占めています。ということで、この浜値の半分でも現金で入ってくれば、漁業者としてはかなり得になります。満額補償したとしても1億5千万円。半額なら7500万円です。この程度の金額で、「漁獲枠も守れない国」という汚名を免れることができます。ルールを守れない国は国際会議でも発言力が低下していきますので、長い目で見れば、国益に適う出費です。

去年の12月には、日本海西部や太平洋南部ではブロックの漁獲枠を超過していました。その時点で、政治家や財務省に掛け合って補償財源を確保しつつ、漁獲枠が余っている漁業者を説得していれば、国全体の漁獲量を超過することはなかったでしょう。

ブロック間で漁獲枠を移行する仕組みがない

現状では、未消化の漁獲枠を回収する仕組みがないので、どこかのブロックが超過をすれば、国全体の漁獲量が超過をしかねません。また、漁獲枠を守れない漁業者の尻ぬぐいを、税金で行うのは釈然としません。将来的には、配分を超過した漁業者の自己負担で、国全体の枠が守られるような仕組みに移行するべきです。それには、ブロック間で枠を譲渡(売買)するルールを整備するのが効果的です。漁獲枠を超過したブロックは、漁獲枠が余っているブロックと交渉して、漁獲枠を買ってきてつじつまを合わせるようにするのです。超過した県の漁業者の受益者負担で、全体の漁獲枠を守れるので合理的と言えます。

今後の見通し

「超過した分だけ、来年の漁獲枠から引くから問題が無い」というのは無責任な考えです。低水準にある魚を獲りすぎればそれだけ資源の回復は遅れてしまいます。規制を開始した初年度は仕方がないにせよ、この状態が今後も続くようだと、国としての信頼が損なわれてしまいます。

上に挙げた3つの問題点のなかで、法的根拠については改善される見通しです。また、漁業者から補償の要求が上がっているので、今後は検討せざるを得ないでしょう。しかしながら、ブロック間の漁獲枠の譲渡については何ら進展がありません。ブロック間の漁獲枠譲渡の仕組みを造らなければ、漁獲枠の超過を続けるのか、それとも特定のブロックの超過の穴埋めに税金を投入するのかの二択になります。どちらにしても、国益が損なわれることになりそうです。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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