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「当事者との信頼関係が潰される」ひきこもり支援者が憤る和歌山県の周知動画に欠けていた大切な視点

加藤順子ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士
和歌山県が非公開としたひきこもり支援周知動画(画像は近所編から)

(当該の周知動画がすでに非公開であることを確認しましたので、記事に使用しておりました画像とキャプション、動画リンクについて、差し替えまたは削除の対応をしました。2023年10月25日)

 和歌山県が先月末にYouTubeに公開し、県内限定でYahoo!にもバナー掲載されているひきこもり支援周知動画が、波紋を広げている。ひきこもり支援者や当事者・経験者のFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアで共有され、コメントには「あまりにもひどい内容」などの批判的なものも並ぶ。

 話題の動画は、県のひきこもり相談窓口である「ひきこもり地域支援センター いっぽライン」を、県内のひきこもり当事者向けに広報する目的で作成されたもの。「本人篇」「親篇」「近所篇」(追記:いずれも非公開措置の画面が表示される状態のためリンク削除としました)という3バージョンある。それぞれ1分で構成されているこれらの動画は、僅かにアレンジはされているものの、歌も映像も大部分で同じものが使われ、印象は極めて似通ったものとなっている。

■3本の動画に共通するあらまし

 男性の低いボソボソとした声の歌に合わせて展開していく映像は、海辺で笑う若々しい男性のフォトフレームのアップから始まる。その男性は次のシーンで、「ポテチ」を買いに行った夜のコンビニを後にする設定で、黒の上下スウェットという極めてラフな格好で白いビニール袋を下げ、冒頭の写真とは別人のような無表情で歩いている。転じて挿入されるのが、男性が実は母親のお使いでスーパーマーケットに買い物に行ったり、趣味の釣りやたまにはアイドルのコンサートに出かけたりしているシーンだ。コンビニから家に戻った男性は、心配そうに見つめる母親の前を横切りながらキツネのアバターに華麗に変身し、自室のパソコンでゲームに興じ始める。そこに、「全然困ってないですよ。充実してますよ。僕の中では」という本人らしき男性の声が入り、本人篇の場合は同じ声の「僕って ひきこもりですか?」というナレーションとともにテロップが重なる。ちなみにこのナレーションとテロップは、親篇では母親が心配そうな表情で「うちの子ってひきこもりですか?」となっており、近所篇では母親がご近所さんと並んで「あの子って ひきこもりかしら?」と首を傾げるシーンになっている。その直後、真っ暗な部屋で、母親の遺影の前に座り込んで呆然とする男性の想像の姿が挿入される。最後に、県のひきこもり相談窓口に関する情報が、ナレーションとともに表示されて動画は終了する。

■支援者たちからの指摘「偏見を助長しかねない」「誤解を招きかねない」

 これらの動画について、「ひきこもり当事者は“親のすねをかじって楽をして暮らしている人たち”という誤ったイメージを植え付ける恐れがある」と憤るのは、佛教大学教授で、和歌山市内でもソーシャルワーカーとして支援活動を続ける山本耕平さん(67)だ。20年以上前からひきこもり支援に関わってきたベテラン支援者である。

 「様々な状態のひきこもり当事者がいる中で、何も考えていない人であるかのような姿を演出していることは不愉快極まりない。最近の事件などからもひきこもり者は『犯罪者予備軍』であるかのようなレッテルも貼られるようになり、本人も家族も行き場をなくしていることが問題となっているなかで、行政が一体何を訴えたかったのか疑問です。このような偏見ある啓発動画を作って広報することに、県の人権意識の低さを感じます」(山本さん)

 山本さんが指摘する問題点は、他にもある。

 「親が亡くならないと自分の状態に気づかないことを想起させるような演出は、慢性的な悲哀状態にあるひきこもり当事者を理解していないと感じます。当事者とその家族は、世間体なども気にしながらひっそりと生活している。そのことを支援側が理解しないと、本人たちは悲しみの感情を表に出せなくなってしまいます。親子ともに悲哀状態や危機的な生活を強いられている人たちにとって、この動画は、恐怖や不安でしかなく、より一層社会から孤立してしまうのではないかと危惧します」

 続いてこうも指摘する。

 「かつて(の)精神病や「騙し」「卑怯」の象徴であった『キツネ』を用いた演出は、『ひきこもりは狐憑き』との偏見を助長しかねないうえ、『親のすねをかじり、何も考えていない短絡的で卑怯な存在』であることにあなたは気づいていますか? ということを当てつけているかのようにも見えます」

 また、和歌山県下で長年ひきこもり支援に取り組んできた精神科医で、現在は民間のひきこもり支援団体NPO法人ヴィダ・リブレの理事長を務める宮西照夫さんも、動画の印象をこう語った。

 「県の動画には、少なくともひきこもり当事者たちの苦しんでいる気持ちをうまく表現できていない、むしろ誤解を与えかねないと感じています。一緒に動画を観た若者も、『行政は何を訴えたいのかわからない』という意見でした。今後も引き続き、若者たちや家族からの意見を聞いてみたい」

■業者の選定基準だった「ひきこもりに関する理解」とは

 専門性の高い地元のベテラン支援者たちも首を傾げる動画は一体どのような過程を経て出来上がったのか。調べてみると、制作したのは大手ハウスメーカー傘下で東京に本社がある広告代理店であることがわかった。

 この広告代理店が選定されたのは、県が「ひきこもり支援周知に係るインターネット広告事業」という事業名で公募したプロポーザル入札。仕様書によれば事業費は動画制作のほか、バナー制作や広告出稿費を含めて約330万円(税込)とある。公募要項には、事業者を選定する際の審査項目として、「ひきこもりに関する理解」と書かれていた。

 そこで、担当した和歌山県の障害福祉課に、選定委員会の構成や「ひきこもりに関する理解」はどのようなものかを確認してみた。すると、選定委員会については、「4人の選考委員のうち2人が行政、もう2人がひきこもりや精神保健福祉に詳しい外部の民間支援者で、どちらも実績のある人」との回答だった。

 また、ひきこもりに関する理解については、「どうしても業者の『ひきこもり』についての深い理解には限界があったので、プロポーザル選定後の打ち合わせに民間の支援業者に入って説明していただきながら制作した」という答えだった。

 県担当者の追加の説明によれば、今回の広報動画でフォーカスしたかったのは、趣味や買い物などの外出はできる「広義のひきこもり」なのだという。ひきこもっている認識が持てていない当事者が深刻な事態に陥る前に、動画をみて自分の状態に気づく事を狙ったとのことだった。

 広告代理店の打ち合わせには、支援業者からはひきこもり当事者が参加し、かつての自分たちの姿に当てはまるように何度もやり取りをしながらイメージを落とし込んでいったという。

 行政がこうして、動画にはいわば支援者と当事者の生の声が反映されていると胸を張るのに対し、関西圏で当事者活動を続ける男性の動画に対する評価はやはり手厳しい。

 「それにしては、違和感があります。悪意ではないだろうし動画そのものはいい試みだと思うのですが、あの描かれ方はなんだかなーって感じです。動画の男性は、当事者たちの思いを表した姿というより、その日その日をだらだら過ごしているような、一般的に認識されているステレオタイプのひきこもり者像です。当事者って実際には逆で、自己否定や劣等感の中で、ほぼ1人で悩んだり考えたり苦しんだりしているんですよね。そうした予備軍とされるようなひきこもりがちな人たちが、この動画を観て、県の窓口が自分の味方になってくれるかもしれないとか、人に言えない心の内を晒してもわかってもらえるんじゃないかと思うようになれるかといえば、違うと思います」

■今、発信に必要な視点

 この当事者男性はそう指摘した上で、行政などの支援機関側が期待されていることについて話してくれた。

 「当事者本人が支援に期待するのは、できる仕事などを通じて、自分が必要とされているとか、何かの役に立てることがあるとか確信や肯定感を持てるような機会です。行政などの支援機関側は、そうした機会を作り、当事者が希望を感じられるような情報発信をしてほしい」

 前出のベテラン支援者の山本さんもこう話す。

 「県の動画では、ひきこもり状態になる背景やさまざまな課題、本質的な生きづらさについて、全く考えられていません。そうしたものに向き合い、我々支援者が時間をかけて作ってきた当事者との信頼関係をこの動画で潰されてしまったような気がしています。

 今必要なのは、孤独な状況に追い込まれ、困っている人たちの人権や生き方そのものが尊重され、安心して共に社会で暮らせるよう、寄り添うこと。そのために支援側が発信すべきは、「甘え」や「非生産的」などひきこもり状態の一面を強調して、社会の偏見や差別的なイメージをあえて助長することではなく、『安心して相談しても大丈夫ですよ』という視点やメッセージなのです」

<元のキャプション:トップ/和歌山県が公開したひきこもり支援周知動画(画像は近所編からキャプチャー)、文中/県がフォーカスしたかった、趣味の用事や買い物にはでかけられる「広義のひきこもり」。定義は内閣府の調査に基づく(画像は、近所編よりキャプチャー)>

ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士

近年は、引き出し屋問題を取材。その他、学校安全、災害・防災、科学コミュニケーション、ソーシャルデザインが主なテーマ。災害が起きても現場に足を運べず、スタジオから伝えるばかりだった気象キャスター時代を省みて、取材者に。主な共著は、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)、『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)、『下流中年』(SB新書)等。

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