卒業生を加害指導者にさせない! 日体大が超本気で企画した「一生もの」の講義とは

遺族から部活の体罰や暴力の実態の話に真剣に耳を傾ける日体大の学生たち

2016年11月7日午後6時。日本体育大学の世田谷キャンパスにある記念講堂は、必修の授業でもないのに、ある講演を聞くために300人を超える学生や教職員でいっぱいになった。普段なら、部活動やアルバイトなどで学生たちも忙しくしている時間帯だ。

行われたのは、「学校・部活動における重大事故・事件から学ぶ研修会」と題したプログラム。この日は、3回開催分の初日だった。

登壇者は、学校の部活で我が子を亡くした親たち遺族ら。聴衆は主に、体育教師やスポーツ指導者を目指す日体大の学生や、今まさに指導者として活躍している同大の教職員たちだ。

遺族は、部活動で我が子を死に至らしめた顧問たちが行った体罰やシゴキ、緊急時の不適切な対応の実態を教えようと乗り込んだ人たちだ。「被害者の話を、指導者になったときに具体的に思い出せるよう、教員志望の学生に届けたい」と、研修会を企画した南部さおり准教授(スポーツ危機管理学)の呼びかけに応えた。

■「言葉にならない…」絶句し、涙を流す学生たち

最初に登壇したのは、1999年に兵庫県川西市立中のラグビー部の練習で、当時中学1年だった長男を亡くした父親で、全国学校事故・事件を語る会の共同代表の宮脇勝哉さんだ。

健斗さんは、熱中症でグラウンドに倒れ、すでに意識不明になっていたにもかかわらず、顧問から適切な措置を受けられなかった。同じラグビー部員や、グラウンドの空きを待っていた陸上部やサッカー部の部員が異常に気づいたものの、時すでに遅く、健斗さんは搬送された病院で亡くなった。死因は、熱射病による多機能不全。原因は、「死に至らしめるほどのしごき」と「救命措置の遅れ」だった。

宮脇さんは壇上で、あらかじめ用意しておいた熱い湯に卵を入れ、話しを終えると取り出し、温泉卵を作ってみせるパフォーマンスを行った。ひとくちに熱中症や熱射病と言っても、わかりにくい。身近な卵を使って、健斗さんの身体の中で起きていたとみられるタンパク質の熱変性をひと目で理解させる演出は、リアルで学生たちの度肝を抜いた。

続いて、2009年に大分県立竹田高校の剣道部の主将だった長男を亡くした母親の工藤奈美さんが、壇上に上がった。胴着を身に着けて仁王立ちする勇ましい長男剣太さんの等身大のタペストリーと一緒だった。

剣太さんは激しい稽古中に熱中症で倒れた。しかしそれを演技だと決めつけた顧問は、倒れた剣太さんの身体に執拗な暴行を繰り返した。

一般に、部活を含む学校管理下で起きた事件や事故は、教諭たちや学校側の保身や隠蔽により、当時何が起きていたかという詳細は明らかになりにくい。しかし、剣太さんの場合は、一部始終を、同じ剣道部に所属していた1学年下の弟が目撃していた。

工藤さんは講演の最後に、剣太さんと当時付き合っていた女性の話をした。

剣太さんが亡くなった日の夜、剣太さんと花火大会に行く約束をしていた女性は、浴衣を着たまま何も知らずに待ち続けた。剣太さんが待ち合わせ場所に現れなかった理由を、彼女は後に知ることになる。この話には、学生たちも男女問わずすすり泣いていた。

学生たちは、終始食い入るように遺族たちを見つめ、話に耳を傾けていた。アンケート用紙の余白が埋まるほど小さな文字でびっしりと感想を書きこんだ学生も多かった。

野球の指導者を目指している山内優人さん(3年)は、「指導者になりたいと思って暴力についても学んできたつもりだった。でも、暴力というのは想像以上に大変なことだと、初めて苦しくなった」と話してくれた。

今年からバスケットボール部で選手から指導者としての活動を始めた堀尾享平さん(3年)は、研修会後、宮脇さんに駆け寄り、こう誓った。「自分が教師になったら、生徒の体調を無視して練習を強いるような環境にはしません」。

久保川紗恵さん(3年)は、筆者が感想を尋ねると、聞いたばかりの話を思い出したのか、「言葉にならない…」と絶句し、しばらくの間タオルに顔をうずめていた。

研修会は学生たちに相当に強い印象を残したようだった。

真剣にアンケートに書き込む学生たち
真剣にアンケートに書き込む学生たち

■自分が受けた体罰、セクハラを告白してくれた学生も

12月12日に行われた2回目のプログラムでは、初回を上回る400人ほどが集まった。一般参加者やメディアの数も増え、文科省で学校安全を担当してきた職員の姿も見られた。

この日は、野球部、柔道部、バレーボール部の部活動中に子どもを亡くした4人の遺族が登壇した。

愛知県の山田優美子さんは、県立高校の硬式野球部に所属していた次男の恭平さんを2011年に自殺で亡くした。恭平さんの事例の特徴は、直接体罰・暴力を受けていたのではないことだ。

恭平さんは、監督が、部員たちに暴力や暴言を振るうところを目撃し続けていた。うつ状態となり、次第に部活を無断で休むようになった。無断欠席に気づいた監督からの呼び出しがあったが応じることなく、数日後に命を絶った。

山田さんが驚いたのは、弔問に訪れたチームメイトたちが、野球部内で常態化していた監督の暴力を口々に語ったことだった。

「あまりにも具体的な内容に私が引いてしまったくらいです。『あなたたち、大丈夫なの?』と聞いたら、『いや、大丈夫じゃないっすよ。でも、エラーしたから仕方がないんで』という子がいました。また、『たるんでいると思われちゃったから仕方がない』『リトルリーグの時から監督が殴るのは普通なんで』という子たちもいました。でも、『殴られるのが嫌だからという理由で野球をやめたくない』という声もあり、みんな『耐えれば続けられる』と思いながら野球をやっているんだと思いました」

2009年、滋賀県愛荘町立泰荘中学校で、柔道の部活動中に当時中学1年だった長男の康嗣(こうじ)さんを亡くした村川弘美さんは、学生たちにこう訴えた。

「子どもってね、死ぬの。みんなはスポーツとかできる人でしょう。でも、スポーツができない人とか、できても体調が悪かったりすると死ぬのよ。そうしたら生き返らへんの。指導者になる人もたくさんいらっしゃると思う。そうしたらね、命を預かることに責任をもって欲しい。覚悟して欲しい」

柔道初心者だった康嗣さんは、上級生と長時間の乱取りをさせられた後、「声が出ていない」という理由で1人だけ居残りをさせられた。そこで顧問から、絞め技や大外返しを掛けられた後に意識を失った。ICUに運び込まれたものの意識は戻らず、脳死期間を経て、1ヶ月弱後に急性硬膜下血腫で亡くなった。

最後に登壇した草野とも子さんは、2003年、専修大学付属高校(東京都)の1年だった娘の恵さんを、バレーボール部の夏合宿中に亡くした。

恵さんは、高湿度となった真夏の体育館でハードな練習をし続けたことから熱中症となり、多機能不全と転倒時の急性硬膜下血腫で亡くなった。

「救急車を呼ぶことを躊躇しないで」と呼びかけた遺族の草野とも子さん
「救急車を呼ぶことを躊躇しないで」と呼びかけた遺族の草野とも子さん

現場にいた女性顧問は、過酷な練習で崩れるように倒れ込んだ恵さんを更衣室に運ばせ、自分はコートへと戻っていったという。その後もフラフラの状態のまま練習を続けた恵さんが最後に倒れたとき、その身体はすでに硬直が始まっていた。しかし顧問は、救急車をすぐに呼ぼうとせず、ようやく恵さんが病院に運び込まれたときにはすでに心肺停止状態だった。

恵さんを指導していたバレーボール部の顧問は、他でもない日体大の出身だった。草野さんは、日体大の学生たちに同じ過ちを繰り返さないで欲しいという願いを込めて、「救急車を呼ぶことを躊躇しないで」と呼びかけた。

研修会後、熱心にアンケートを書き込んでいた女子学生3人組に声をかけた。武道系の種目の指導者を目指しているということだったが、驚くことに、そのうちの2人がそれぞれ、かつての指導者からのハラスメント被害に遭っていた。

ひとりは、中学時代に監督から体罰を受けていたと打ち明けてくれた。誰かに止めて欲しくて親にも友達にも話してみたが、誰も助けてくれなかったという。監督の体罰のせいで、靭帯を切る大怪我まで負った。

「監督の顔色を見て、今日はどんな機嫌かを部員みんなで常に気にしている部活でした」

その女子学生は、そう当時の部内の空気を振り返った。

もうひとりは、男性の指導者からセクシャルハラスメントのターゲットにされていたという。呼ばれて行くと部屋に鍵をかけられ、2人きりのところで下着だけにさせられた。

「いつも何かおかしいと思いながら、指導者と選手の間には信頼があるからこういうものだ、と思おうとしていたんです。でもある日、以前に部に関わっていた女性の先生から、嫌な目に遭っていない? と聞かれて、前にも同じような問題が起きていたことを知りました」

この女子学生は、学校の上層部にセクハラを訴えても、全く取り合ってもらえなかったという。逆に、その教諭から、「俺のことをセクハラしていると言いまわっている」と、他の生徒たちの前で名指しで恥をかかされた。「部活をやめたいと思ったけれど、(セクハラした先生に)負けることになる。好きな柔道ができなくなる」という思いで、卒業まで耐えた。

話しかけた3人のうち、残る1人も、かつて試合会場で、暴力を振るう他校の指導者の姿を目撃したことがあると話してくれた。

感想を聞くために声をかけたわずかな数十分間で、学生たちからこうも次々と体験談が出てくることに、筆者も驚かざるを得なかった。

■日体大出身者を将来の加害者にさせない

事故や事件の被害者や遺族が直面する課題や教訓を、当事者から直接聞いて学ぶ形式の講義は、法学部などではよく行われている。しかし、体育やスポーツを学ぶ学生たちが、当事者から集中的に直接話を聞くという試みは、公式な形ではおそらく今回の日体大が初めてだ。

登壇した遺族たちも、「ずっと体育の先生になる人たちの前で話がしたかった」「多くの講演を行ってきたが、教員を育てる大学に呼ばれたのは初めて」と話していた。

この画期的な研修会を企画した南部准教授は、これまで体育やスポーツに携わる人たちが被害や加害の実態を学ぼうとしなかった理由をこう推測する。

「法学部の場合は、自分が加害者の側になる可能性をあまり考えないから抵抗なく事例の話を聞ける。けれども、体育大学にいる人たちは、スポーツの指導をしていくと、自分が加害者になってしまう潜在的な可能性がある。事故や事件の話はタブーなのか、慢心なのか理由はわかりませんが、他人事に思えなくて聞きたくない、という思いがあるのではないでしょうか」

静岡県内で起きた球技大会事故の検証を行う日体大の南部さおり准教授。来春には授業も始まる。
静岡県内で起きた球技大会事故の検証を行う日体大の南部さおり准教授。来春には授業も始まる。

日体大の谷釜了正学長は、南部准教授が、どこの体育大もやってこなかった企画を提案すると、二つ返事で了承し、あっという間に学内の調整をしてくれた。4年前に「反体罰・反暴力宣言」をして以来、学内をくまなく歩いて暴力排除を呼びかけてきた学長だ。

同僚の教員たちも、レポートを提出すれば単位にするという形で学生の自主的な参加を促す措置を講じ、協力してくれた。

また、研修会の開催時間が部活動に励む学生たちにとって休みにくい時間帯だったため、全ての部活を統括する大学の部署が、体育会各部に一斉に参加を呼びかけてくれた。

初日には、元レスリング選手で衆議院議員だった松浪健四郎理事長も、学生たちと共に聴講した。

まさに大学を挙げての取り組みになった。

同大の教職員たちの協力の背景にあるのは、4年前の2012年12月に起きた、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部の部員が亡くなった体罰自殺事件の記憶だ。亡くなった2年生の男子キャプテンを始めとする部員たちに暴行や暴言を繰り返していた顧問は、日体大の卒業生だった。

二度と、日体大の卒業生から加害者を出さない。そんな強い思いで始めた日体大の「反体罰・反暴力」の取り組みは、この研修会で大きな前進をしたといえるだろう。

【次回開催(最終回)】第3回「学校・部活動における重大事件・事故から学ぶ研修会」(一般聴講可)

テーマ:「いじめ」「指導死」

日時:2017年1月30日(月)18時~20時30分

場所:日本体育大学世田谷キャンパス 記念講堂

問い合わせ:南部准教授の メール nambu3@nittai.ac.jp (@を小文字の@に置き換え)か 電話 045-479-7115 まで

授業や部活動中の教師や指導者による体罰やシゴキ、不適切対応の実態については、

全国学校事故・事件を語る会」まで