再発対策が難しい早期肺がん治療

 ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑教授が開発に携わり、2014年に日本が世に送り出したがん治療薬の「ニボルマブ(販売名 オプジーボ)」。この薬は従来の抗がん剤とは異なる「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれるもの。がん細胞が免疫系の攻撃から免れるのを防ぎ、再び患者自身の免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにする薬だ。当初は悪性黒色腫(メラノーマ)治療に使われたが、他のがんにも広く適用できることが期待されていた。

 この数年、ニボルマブを含むさまざまな免疫療法薬が臨床試験を通してその有効性を示しており、これまでのがん治療が変わりつつある。今年4月には米国がん学会(AACR)の年次総会でステージ1から3の早期の非小細胞肺がん治療の臨床試験で、「手術前化学療法薬に、免疫療法薬のニボルマブを追加投与することで、がんの再発または死亡リスクが1/3以上減少」と、治療結果の大きな改善が発表された(注1)。

産業医科大学・田中文啓教授より提供
産業医科大学・田中文啓教授より提供

 がん統計によれば、日本でも肺がんの罹患数は第3位(2018年)と多く、肺がんの中でも非小細胞肺がんは85%程度と大部分を占める。治療の基本は手術で、予後が悪そうな場合は再発を減らすために手術前後に化学療法を行う場合もあるが、効果は非常に低い。再発してしまうと治癒は難しくなるため、肺がんは日本のがん死亡順位では1位になってしまっている(2020年、注2)。

ニボルマブの追加で再発・死亡が37%減

 米ジョンズホプキンス大学が主導し、日本の北九州産業医科大学や近畿大学病院、神奈川がんセンターも参加して行われたCheckMate-816と呼ばれる第3相試験では、ステージ1Bから3Aで手術によるがん切除が可能な非小細胞肺がん患者358人(日本人68人を含む)を対象に臨床試験を行った。

 患者をランダムに2グループに分け、片方のグループには手術前に標準治療であるプラチナ製剤を含む2剤の化学療法を3サイクル行い、もう片方には同じ手術前の化学療法に加え、抗PD-1抗体のニボルマブも投与した。

 試験に参加した患者の肺腫瘍は4以上、あるいは近くのリンパ節に転移していた(遠隔転移はなし)が、手術前に抗がん剤による化学療法とニボルマブを併用した患者では、再発・死亡リスクが37%も減少したという。手術で腫瘍を切除した時点で、がんが残っていない状態を指す「病理学的完全奏効率」は、化学療法だけの場合は2.2%だったが、ニボルマブを併用した患者では24%と大きな改善を見せた。

早期肺がんの治療が変わる

 この臨床試験で大きなエビデンスが示されたことで、米食品医薬品局(FDA)は3月4日、切除可能な非小細胞肺がんの成人患者に対し、ニボルマブおよびプラチナ製剤を含む2剤化学療法の併用による術前薬物療法を承認した。FDAが早期非細胞肺がんの術前療法を承認したのは、これが初めて(注3)。

 この研究の共著者である産業医科大学呼吸器外科の田中文啓・第二外科教授も、「今回の試験結果は、切除可能な非小細胞肺がんの治療を変える大きな意義のあるもの。また手術適応や治療戦略が変わり、肺がん治療成績全体の底上げにつながる」と話す。

 米国のがん統計によれば、ステージ1から3で非小細胞肺がんの診断を受ける割合は4割弱。日本では医療にアクセスしやすいため、早期発見例がこれより多い実感があると田中教授は言う。今回の試験結果は、今後こうした早期の肺がん患者の多くに直接的な影響をもたらすのだ。

 同教授によればこの試験に参加した日本人患者の経過も、全体の試験結果と同様に病理学的完全奏効率や生存の改善が認められた。免疫療法薬は一般的に抗がん剤より副作用が少ないと言われる。この試験でもニボルマブを上乗せしても、副作用は化学療法のみのグループとほぼ同等で、治療関連死亡や特に日本人で問題となった副作用はなかったという。

 今回の早期非小細胞肺がんに対するニボルマブを使った治療法は、日本でも4月25日に承認申請が行われており(注4)、将来的に肺癌学会の治療ガイドラインに採用されたり、保険適応が検討されたりすることになる。

早期肺がん治療も免疫療法活用の時代へ

 ニボルマブの登場以来、これまでも免疫チェックポイント阻害剤は、進行期の肺がん患者に対して使われてきた。2015年には、遠隔転移のあるステージ4の肺がん患者には、従来のドセタキセルよりもニボルマブの方が有効であることが実証され、初めて免疫療法薬が保険適用として使われるようになった。2017年にはステージ4の患者にペンブロリズマブ(販売名 キイトルーダ)が、2018年にはステージ3の患者を対象にデュルバルマブ(販売名 イミフィンジ)が使われるようになった。

 今回、FDAはステージ1Bから3Aという早期の非小細胞肺がんに初めて免疫療法薬のニボルマブを使った療法を承認したが、この他の免疫療法薬を使った臨床試験でも次々と良好な結果が出はじめていると田中教授は言う。

 最近ではハイリスクの早期患者で、手術と術後化学療法のあとに、抗PD-L1抗体である免疫療法薬アテゾリズマブ(販売名 テセントリク)を追加することで、無病生存期間が延長されたというデータがでている(IMpower010試験、注5)。同様に早期の非小細胞肺がんで、手術後に抗PD-1抗体のペンブロリズマブを使った術後補助療法でも無病生存期間が延長し、再発・死亡リスクがプラセボと比較して24%低下したという(KEYNOTE-091試験、注6)。

産業医科大学・田中文啓教授より提供
産業医科大学・田中文啓教授より提供

 ただし今回のCheckMate-816試験でも、個々の患者に着目すれば、化学療法単独でもよく効いた患者もいれば、ニボルマブを追加することで副作用の負担が増えたケースもあるという。同じ種類の肺がんで、同じステージで、同じ治療を受けたとしても、経過が同じとは限らない。

 さまざまな治療法、薬剤が出てきた際の治療選択について、「今後は血液中に存在するがん細胞由来の遺伝子を解析することなどで、同じ3期の肺がん患者さんでも、最初に手術か、抗がん剤をやってから手術か、抗がん剤と免疫療法をやってから手術なのか、その人にとって一番合った治療法を判定できる個別化治療時代がくるのは間違いありません。そのために色々な研究が行われています」と田中教授は説明する。こうして肺がん治療が日々更新されていく今、「肺がんと診断されても、治療を、治癒を、そして仕事や日常生活をあきらめないでほしい」と、同教授は呼びかけている。

参考リンク

注1 肺がん術前化学療法+ニボルマブ免疫療法により治療成績が向上 | 海外がん医療情報リファレンス

 この研究結果は、4月11日付けのNew England Journal of Medicine誌オンライン版にも掲載された。(英文リンク)

注2 最新がん統計:[国立がん研究センター がん統計]

注3 FDAが早期肺がんにニボ+プラチナ製剤2剤併用療法による術前療法を承認 | 海外がん医療情報リファレンス

注4 オプジーボと化学療法の併用療法、切除可能な非小細胞肺がんの術前補助療法に対する効能又は効果に係る国内製造販売承認事項一部変更承認申請 | ONO CORPORATE

注5 2021年9月29日|テセントリク、第III相試験の新たなデータで早期肺がんに対する有用性を支持|中外製薬ニュースリリース

注6 KEYTRUDA(ペムブロリズマブ)、IB〜IIIA期の非小細胞肺がん(NSCLC)の 術後補助療法の第3相試験データに関するMSDの報道発表