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米国でコロナ抑制を困難にする不信と不安

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
感謝祭前に込み合うロスの空港。マスクはしていても、人が動けば感染リスクは高まる。(写真:ロイター/アフロ)

11月だけで400万件の新規感染

 米国での新型コロナ感染件数累計が1300万人を超えた。ウイルスは効果的な感染防止策を取らなければ「ねずみ算」式に増えると言われるが、まさにその通りのことが起きている。10月は1カ月で新規感染件数が190万にのぼり唖然としたが、11月はその倍以上の400万件となった。感謝祭を迎えた今週は、1日の死者数が2000人を超える日が2回もあった。死者数は1カ月もしないうちに、その倍になるともいわれている。

 感謝祭は家族や親せきが集り一緒に食事をして祝う日。日本で言えばお正月のイメージだろうか。今年はコロナ禍で、しかも全米で感染が急速に拡大したため、国立アレルギー感染所のアンソニー・ファウチ所長をはじめとする公衆衛生の専門家らは、「来年以降の感謝祭を家族みんなで祝うために、そして最悪の状態で今年のクリスマスを迎えずにすむように、今年は移動はせずに、同居家族だけで祝ってほしい」と国民に懇願していた。

 しかし結果的には11月26日の感謝祭前日までの5日間に、700万人近くが空港に向かった。例年の感謝祭時期よりは大幅に少ない数で、出かける前に新型コロナ検査を受けた人も多数いた。それでも感謝祭開けの日曜、朝のニュース番組に出演したDr. ファウチの顔は暗かった。「出かけてしまった人は、しかたがない。自分が感染したかも知れないという前提で、それ以上感染を広げないという観点が重要です。高齢者、基礎疾患のある人を守るために、自主隔離なり、検査を受けるなり、慎重な行動をしてください」と呼びかけた。

 人が移動すればどうしても感染は広がり、それから2-3週間後に発症したり、重症で入院が必要になる人が出てくる。そして、そのうち何人かは死亡する。今春から繰り返してきたことだ。冬は締め切った屋内で過ごす時間が長くなり、さらにクリスマスで再び人が集う時期でもある。今後の感染拡大リスクについてDr. ファウチは、「脅かしたくないが、感染拡大は避けられないのが現実。クリスマスや年末年始の後は、それを上回る状況になる」と述べた。

見えない脅威を信じる難しさ

 米国人のほとんどが、マスクやソーシャルディスタンシングの重要性、無症状の感染者が感染を広げる恐れを頭では理解している。それでも人間は専門家の言うことを信じるより、自分や自分の身近におきた経験や、自分にとってのインフルエンサーの言動で行動を決めてしまうことが多い。例えば感染しても、ほぼ無症状だった人は、コロナに感染してもたいしたことはないと考え、逆にトランプ大統領と同じで「もう免疫ができた」とばかりにマスクもせず、移動しても安全だと考える人もいる。

 あるいは気をつけて生活を続け、これだけ感染の多い米国で自分や周囲に感染者が出ていないことから、大丈夫だろうと気を緩めてしまう場合もある。例えば感謝祭の1週間ほど前、テキサス州のある家族が近郊に住む親戚12人とともに、自宅で子供の誕生会を開いた。春以来、マスクを着用し、レストランやバーには一切行かずに我慢してきた。庭で食事する予定だったが、気がつけばみな居間に移り、マスクなしで話をしていた。結果的にこの12人と、参加しなかった家族を含め15人が感染してしまった。

時間がかかるワクチンの効果

 幸いなことに米国では、新型コロナワクチへの高い有効性と安全性を持つワクチンの接種が12月中旬にも始まりそうだ。食品医薬品局(FDA)および独立審査員会が有効性と安全性について確認して緊急使用許可を出せば、とりあえずは一番感染リスクの高い医療従事者や、死亡率が飛びぬけて高い老人医療施設の入居者とスタッフを対象に、接種することになる。

 その後は、疾病対策センター(CDC)のガイドラインに沿って、優先度が高い順に、段階的にワクチン接種を勧めていく予定。ただしワクチンの大量供給には時間がかかるため、一般の人が接種対象となるのは来春と言われている。子供に対する接種は、さらなる治験を行ってから判断されることになりそう。

 また、これらのワクチンは3週間から1カ月の間をあけての2回接種なので、例えば12月中旬に1回目の接種を受けた人でも、2回目の接種を経てワクチンの効果が出はじめるのは1月下旬。大多数の人がワクチン接種を完了するのは来年夏ごろになるので、当分は気の抜けない日々が続くことになる。

早くできたから信用できない?

 一方で、11月17日の世論調査によれば、ワクチン接種を受けたいと答えた人は58%で、42%の人が受けたくないと答えている。受けたくない主な理由は、一般的には何年もかかるワクチン開発が、1年未満という脅威的な速さで実用化に至ったことに対する不信感だ。

 今回、緊急使用許可を申請しているファイザー社、およびそれに続くモデルナ社のワクチンは、mRNAという遺伝子工学を利用した新しいタイプのワクチンで、一般的な不活化ワクチンのように、ウイルスを培養する必要がないために、大幅に開発と製造時間が短縮することが可能だった。

 ファイザー社およびモデルナ社では、有効性と安全性確認のために、通常のワクチン開発と同様に数万人規模の治験を実施している。緊急使用許可の申請をしているファイザー社の治験には、4万3000人以上が参加し半数がプラセボ(生理的食塩水)、半数がワクチン候補薬の接種を受けたのち、170人が新型コロナに罹患。うち162人はプラセボ接種の人で、ワクチン候補薬の接種組から罹患したのは8人だったことから、有効率は95%と判明した。FDAでは審査後、詳しいデータを公開することで透明性を高めて、不信感を払しょくしたい考え。

 安全性についても、治験での副反応は注射した腕の痛み、頭痛、疲労感、微熱、関節の痛みなど注射後1-2日に起こる一過性のものだった。長年、感染症やワクチンに関わってきたDr. ファウチは、「接種直後以外に起きるワクチンの副反応の95%は、接種後30日から45日の間にでる。そのためFDAでは、慎重を期して緊急使用でも、治験の接種後60日間の安全経過を見てからの申請受付とした」と説明た。また治験でも2年後まで、FDA側でも承認後の経過を追っていくことになっている。

 感覚的に、早くできたワクチンはどうも信用できない、新しいものは不安、もっと長期の副反応を見なければわからないと、疑心暗鬼になる人もいるだろう。しかし逆に考えれば、何年も開発に時間をかければ安全と言えるのか、何をもって安全だと自分は考えるのか、ワクチン接種から1年も2年もあとに、何らかの症状がでたとしても、それはそのワクチン接種が原因だと言えるのか。ワクチンを利用しないメリットの方が、デメリットより大きいのかなど、落ち着いて考える必要もあるだろう。

 少なくとも米国では新型コロナのためにすでに26万人以上が死亡し、今も全米で9万人が重症化して入院している。回復後も長期的症状に苦しむ人もいる。来年の秋に同じ悲劇を繰り返さないためにも、ワクチンは強力な手段となる。Dr. ファウチの上司にあたる国立衛生研究所(NIH)のフランシス・コリンズ所長も、「ワクチンは怖いと思っている人の意識を、怖いのかどうかもっと知りたいという意識に変えたい。正確な情報やエビデンスを提供すれば、大多数の人がメリットを理解してくれると思う」と話している。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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