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米の新型コロナ検査数も200万件に 感染対策に必要なデータは広範な検査から(上)

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
デボラ・バークス新型コロナ対策調整官。襟元のスカーフがトレードマーク?(写真:ロイター/アフロ)

日替わりスカーフの大佐

 このところ新型コロナ対策で、連日行われる大統領記者会見。えんえんと続くトランプ大統領の話の後で、真打が登場する。具体的に米国全土の感染拡大状況や、今後の予測をデータをもとに説明してくれるコロナ対策調整官のデボラ・バークスさんだ。

 バークスさんはHIV/AIDS免疫学が専門で、米国の世界エイズ対策調整官として65ヶ国でHIV/AIDSの治療や予防を支援してきた超ベテラン医師だ。この3月に、新型コロナ対策本部に加わるため、アフリカでの活動から呼び戻された。襟元に日替わりで素敵なスカーフを巻いて登場する。

 対策本部に加わったばかりの頃は、「医療崩壊」を防ぐために感染者増のペースを緩やかにする重要性を曲線グラフで説明したり、若者への「社会的距離(Social Distancing)」実行の協力要請をにこやかに呼びかけたりしていた。筆者も、対策本部にも一人くらい女性がいた方がいいなぐらいの印象しか持っていなかった。

 その時は、バークスさんが陸軍医療センターからキャリアをスタートさせ、80年代に国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長とともにAIDSと戦い、のちに陸軍から「カーネル(大佐)」の称号を得るほどの凄腕とは知らなかった。

データをもとに叱咤激励

 新型コロナ対策では、米国は早期に検査体制を確立できなかったことで、大きく出遅れてしまったことは以前に報告した。

 新型コロナの検査キットはどこに?

 検査キット不足のために、最初の何週間かは重症者や医療従事者など優先度の高い人しか診断検査ができなかった。検査をしなければ、どこにどれだけ感染が広がっているかがわからない。バークス調整官は各州の保健当局、全米の大学研究室や民間の検査機関と連絡を取りながら、検査体制の拡大を強力にプッシュ。官僚的な手続きで時間がかかりながらも、検査可能な機関が少しづつ増え、全米各地にドライブスルーの検査も導入されつつある。

 3月末には、全米各地での検査陽性率をもとに、どの地域で爆発的な感染拡大が起きているか、次の「ホットスポット」になる可能性がある地域はどこかを、バークス調整官が記者会見の度に説明するようになった。

 4月2日の会見では、「これまでに全米で130万件の診断検査が実施されたのに、66万件しか結果報告が来ていない」と各州を叱咤。報告された結果をもとに、爆発的な感染拡大がみられるニューヨークやニュージャージーでは検査陽性率が35%で、次の「ホットスポット」になりそうなルイジアナは26%、そして15%程度を示している複数の地域も注意してみていると説明した。

 3月15日に感染拡大を緩やかにするための「社会的距離」をおく措置を呼びかけてから3週間ちかい。「そろそろ効果が出るはず。ここから感染が増えていくとしたら、指針が十分に守られていない証拠。一人でも多くの患者がでれば、それだけ医療者の負担になる。医療者は感染の危険を承知で全力を尽くしている。みんなで戦わないと」と市民にも檄を飛ばす。「バークス大佐」の顔が見える瞬間だ。

 一方で、米国で最初に感染拡大が顕著だったワシントン州、カリフォルニア州は、早期に外出禁止策などをとったことで、検査陽性率は8%程度で安定している。これに対しては「治療薬やワクチンがなくても、私たちが行動を変えることで、感染を抑えることができる証拠。『社会的距離』という対策で私生活での犠牲を払ってでも、米国の未来を変えるために尽力してくれる市民の力に感動し、感謝します」と声を詰まらせる場面もある。

戦う医療者を守る

 重症のCOVID-19患者が次々と運び込まれる病院では、マスクやフェイスシールドなど必要な防護具が足りない状況が続いている。COVID-19に罹患する医療者も当然でてくる。院内感染を防止するためにも、患者だけでなく、医療従事者のスクリーニングは重要だ。

 このため今も米国では、医療従事者、入院患者、症状を訴えるハイリスク群を最優先に検査している。それ以外の人でも、COVID-19が疑われる症状があり検査対象基準に合致すると医師が認めた人の検査は受け付けており、4月9日までには全米で合計200万件の診断検査(検体収集)が実施された。

 しかし検査結果がわかるのに、4-5日かかるのが普通。優先度が低い人の検体を試験する商業ラボでは対応が追い付かずに未処理分がたまり、1週間から10日も結果待ちとなる人もいる。

 バークス調整官は多くの病院や大学の医療センターでHIVや肝炎の検査に使われているアボット社のm2000という大量検査が可能な装置を活用し、検査処理をスピードアップするよう働きかけてきた。しかしそれぞれの施設で、同装置を使ったCOVID-19検査を始める準備に要する時間もあり、思うように処理がはかどらない。

 4月8日の記者会見で同調整官は、「過去3週間でたった8万8000件しか処理していない。この装置がフル稼働していれば、この3週間で全米の医療従事者全員のスクリーニングができる能力があったはず」と、いら立ちを隠さない。

 「ほとんどの検査ラボにこの装置はあるの。出してきて、すぐに使えるようにして。何が問題なのか、全米の検査機関の責任者と話して解決します」と、バークス調整官の声のトーンが上がる。医療従事者を守れなければ、患者を守ることもできず、医療崩壊が確実に起こるからだ。

 米国も日本も、診断検査の件数を絞ってきた。しかし米国は検査キットの不足など物理的な理由で、検査件数を絞らざるを得なかっただけで、今や全力で検査件数を増やそうとしている。

 最近の調査結果では、新型コロナウイルスに感染しても、症状がないまま無自覚に感染を広げている場合が25%から50%と伝えられている。(注1)感染の広がりを特定するには、もはや広範に検査するしかない。

 米国は来週から、新型コロナウイルスの迅速抗体検査も開始する予定(詳細は、次回で)。日本には、日本の戦略があるのだろうが、今のように検査件数を抑えたままで、どのように感染範囲を特定していくのだろうか。

どんな時でも、隣の人から6フィート(1.8m)離れて。知らずに手で何かに触れて、その手で自分の目、鼻、口に触れることで感染する場合も。だから手を頻繁に洗って、自分の手がどこにあるか意識して! デボラ・バークス調整官の呼びかけです。(米国政府広報)

参考リンク

(注1) ワシントン州のナーシングホームで一人の職員で新型コロナ感染がみつかり、入所者76人を検査したところ、約3割の23人が陽性だった。しかしその半数の10人は、検査の日には無症状だった。(英文リンク、米疾病対策予防センターの研究

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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