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処方箋は運動習慣!がんになる前も治療中の人も、サバイバーにもお役立ち 

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
「みんなで筋肉体操」はムリでも、小さなダンベルでできるところから。(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

今年こそ、運動を習慣にしよう

 1月は全米でスポーツジムの入会者が増える月だ。運動が健康に良いことは誰でも知っているし、今年こそ!と思う人は沢山いる。筆者もその一人で、年明け早々に近所のジムに通いはじめた。

 おりしも昨秋、米国のスポーツ医学会と米国国立がん研究所(NCI)やペンシルベニア州立大学医学部教授らで構成する専門委員会が、「がんと運動」について国内外の様々な研究結果を踏まえて、がん予防にはもちろんのこと、治療中の患者も、サバイバーも生活に運動を取り入れることを推奨した。(注1)

 運動が心臓疾患予防に有効なことはよく知られているが、果たしてがん予防にも有効なのだろうか。過去10年にわたり運動とがんの関係について研究を重ねてきた米国スポーツ医学会は2018年、運動が大腸がん、乳がん、子宮体がん、腎臓がん、膀胱がん、食道がん、胃がんのリスクを減らすという高いレベルのエビデンスがあると結論づけた。

 また肺、皮膚(メラノーマ)、血液、頭頚部、膵臓、卵巣、前立腺のがんのリスクが運動によって下がることを示唆する研究もある。逆にほとんど動かないライフスタイルでは、子宮体がん、大腸がん、肺がん、肝臓がんのリスクが高まる可能性が示されているという。

 運動はがんのリスクを高める肥満(注2)の解消に役立つ上、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の対策にもなる。

がんの診断後も運動は有用

 がんの診断を受けたら、治療を受けて安静にして...というイメージを持つ人が多いかもしれない。しかし実際には、治療中も適度な運動をした方が身体機能の維持に役立つ。疲労感や不安や気分の落ち込みといった治療に伴う不快な症状も緩和され、生活の質(QOL)を高めてくれる。

 乳がんの手術でリンパ節を切除しリンパ浮腫のリスクがある人は、以前は重い物を持たないようにと注意されていた。しかし近年の研究で、こうしたサバイバーが適度のレジスタンス(抵抗)運動をしてもリンパ浮腫のリスクに影響しないことも明らかになっている。(注3)

 筆者もかつて卵巣がん治療のために、開腹手術と6コースにわたる化学療法を通院で受けた。医師からは「無理したり、転んだりしないよう気をつけて」という前置きはあったが、気もまぎれるし、食欲増進にもなるからと、治療中でもできる範囲で体を動かすよう勧められた。

 筆者が実際に行ったのは、散歩とヨガもどき、テレビを見ながら寝そべったままで足を上にあげたり、小さなダンベルを持ち上げたりといったごく軽い運動。それでも、「運動をした」という小さな達成感と自信が得られ、心地よい疲労感で夜も眠りやすくなった。

週3回の有酸素運動と週2回の筋トレ

 米スポーツ医学会が一般的に推奨しているのは、一回30分の中程度の有酸素運動を週に3回と、レジスタンスを使った筋力トレーニングを週2回。中程度の有酸素運動とは、運動中に「喋れるけど、歌えない」程度の早歩きやダンス、自転車、水中運動など。

 1回30分が目標だが、30分が難しければ、毎日15分でもかまわない。また運動から遠ざかっている人は少しずつ体をならしたり、一日のうちで5分、10分といった隙間時間を利用して歩いたり、階段を上ったりすることからはじめてもいい。

 レジスタンスを使った筋トレの方も、レジスタンス・バンドや小さいダンベルを使う程度で、スポーツクラブに行かなくても十分。また器具を使わず自分の体の重さを抵抗にするスクワットや壁を使った腕立て伏せ、仰向けに寝て足を上げる、椅子から立ち上がるといった動作でも筋トレになる。1セット10回~15回で、2~4セット。自分にできるレベルからでよいので、週2回やってみたい。

心にも効く運動

 運動の効用は、身体的機能や体力の維持にとどまらない。運動は不安やうつといった、心の症状にも効くのだ。(注4)がんの診断を受ければ、誰もが不安になるもの。がん患者やサバイバーで、うつ症状に悩まされる人は多い。

 定期的に体を動かすことで、脳の中で気分をハイにするエンドルフィンという物質が放出される。これは脳内で働く神経伝達物質で、鎮静効果や高揚感、幸福感が得られるので、脳内麻薬とも呼ばれている。ジョギングをする人が、陶酔感や恍惚感を感じる「ランナーズ・ハイ」も、エンドルフィンによるものと考えられてきた。

 最近の研究によれば、ランナーズ・ハイにはエンドルフィンに加えて、内因性カンナビノイドという脳内物質も大きく影響するらしい。これは大麻と同じような働きで、鎮静効果や不安感の緩和に加え、切迫感を和らげてリラックスさせる効果があるそうだ。また、五感を鋭くさせるので、生きる喜びを感じやすくなるという。(注5)

 もちろん、ジョギング以外の運動でもこうした「幸せ物質」が脳内に分泌される。

 がん治療で不安な気持ちを抱え、部屋の中でただじっとしていると、その不安が増幅して押しつぶされそうになる。そんな時は、外に出て歩きながら街路樹や鳥などを眺めると、案外、別のことが頭に浮かんできて不安を押しやってくれることが多い。

 あるいはテレビを見ながらでも、床に寝転がって足を上げたり、ダンベルを持ち上げたりして、「ああ、疲れた」と独り言を言う頃には気分も少し変わっていると思う。

運動は薬である

 米スポーツ医学会では、「運動は薬(Exercise Is Medicine)」という取り組みで、がん専門医、プライマリ・ケア医、フィットネス専門家、理学療法士、地域のスポーツ施設などが協力して、治療の一環としてがん患者やサバイバーに「運動処方箋」を出すことを提唱している。

 例えば筆者の場合は、43歳の誕生日に受けた卵巣がんの手術に伴って閉経となったので、骨粗しょう症やコレステロールの上昇といったリスクが高くなってしまった。早期の更年期障害で、精神的に不安定になる可能性もある。そうした症状を予防する上でも、運動はまさに薬だと言える。

 米国ではYMCAとがん患者支援のLIVESTRONG財団が協力して、がんサバイバーを対象とする12週間の運動プログラムを提供している。

1月19日は挫折の日? 

 

 フィットネス・ネットワーク・サービスのSTRADA社によれば、今年は1月19日が「挫折の日(Quitter’s Day)」だったらしい。フィットネスに関する年頭の決意を、ほとんどの人があきらめる日だそうだ。筆者が通うジムも、1月初旬に比べると心なしか利用者が減ってきたような気がする。

 何事も3日坊主で終わることが多い筆者だが、19日に挫折してしまったら、翌日に新たな決意をたてて再スタートすればいいやという風にごまかしつつ習慣化するまで、少しずつでも運動を続けようと思う。

 がんを体験した人も、そうでない人も、とりあえず今年は運動習慣をつけることに取り組んでみませんか。運動で心と体が軽くなり、脳内に「幸せ物質」がでる時間が増えれば、人生がもっと楽しくなるかも知れません。

参考リンク

注1)がん治療としての運動プログラムの処方(米国立がん研究所、JAMT翻訳)

Exercise Is Medicine In Oncology: Engaging Clinicians to Help Patients Move Through Cancer(英文リンク、米国がん協会学術誌)

注2)  適正体重でがんリスクは低下、肥満ではリスク増大(欧州臨床腫瘍学会、JAMT翻訳)

注3)乳がん治療で腋窩リンパ節切除に伴うリンパ浮腫に対する早期の運動療法の影響について 過去の4件の研究をレビューした結果、ガイドラインの範囲で運動をしても、リンパ浮腫のリスクは変わらない、あるいは抑制されるという研究結果(英文リンク、米国臨床腫瘍学会機関誌、英文リンクのみ)

注4)うつと不安症:運動が症状を緩和する(英文リンク、メイヨ―・クリニック)

注5)ランナーズハイは「脳内大麻」で引き起こされる:研究結果(Wired誌、2015年10月28日)

 

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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