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レゲエの神様と日本人の共通点 5月はメラノーマ啓発月間です  

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
Bob Marley クリスタル・パレス・ボウル公演 1980年6月 (出典*)

人種で異なる皮膚がん罹患率

 紫外線が強くなる5月。米国の朝のテレビ番組では、紫外線対策の話題が急増する。紫外線は皮膚細胞のDNAを傷つけるため、過度な紫外線を長期的に浴びると、皮膚がんのリスクが高まるからだ。

 日本では皮膚がん自体が比較的まれだが、米国ではよく耳にする疾患だ。その中でも特に米国人が恐れているのが、悪性度が高いメラノーマ(悪性黒色腫)。転移しやすく、進行してしまうと治療が難しくなる。

 皮膚がんは人種によってかかりやすさが大きく違う全米がん協会によれば、白人は有色人種と比較して、メラノーマになる人が著しく多い。一生のうちに白人がメラノーマに罹患する率は2.6%(38人に1人)だが、黒人だと0.1%(1000人に1人)、ヒスパニックだと0.58%(172人に1人)だ。

 白人の中でも赤毛やブロンドで目の色がブルーといった、色素が薄く、すぐに赤く日焼けするタイプの人は高リスクだ。全米がん協会は、米国で今年96,480人が新たにメラノーマの診断を受けると推定している。

日本ではまれなメラノーマ

 これに対して、日本国内での新規患者は年間1200人から1500人程度で、発生件数は年間人口10万人に対してわずか1.5から2件程度。日本では、希少がんに位置付けられている。

 メラノーマの発生場所も、人種により異なる傾向がある。白人の場合は、紫外線を直接受ける場所との関連が強く、胸や背中(体幹)、腕や足などに多い。これはほくろの細胞から発生すると考えられている。

日本人とボブ・マーリーの共通点

 これに対して有色人種は、あまり日に当たることが少ない足の裏や手のひら、手足の爪の下などに発生する場合が多い。ジャマイカのレゲエの神様、ボブ・マーリーが、32歳の時にサッカーで痛めたと思っていた足の爪の変化は、実は末端黒子型黒色腫と呼ばれるメラノーマだった。

 日本人がメラノーマに罹患する場合も、ボブ・マーリーを襲った末端黒子型黒色腫が一番多いという。前述の通り、非常にまれながんだが、足の裏や手のひらに褐色や黒いシミができて、それが変化していくような場合、また爪に黒い筋ができた場合は、早期に皮膚専門医に診てもらうことが重要だ。

 それ以外の場所でも、一見ほくろのように見えても6ミリ以上と大きく、形がいびつで、色も濃淡がある場合は、メラノーマの可能性があるかもしれない。今ではダーモスコピーという特殊なルーペで詳しく観察するだけの手軽な検査が普及しているので、皮膚専門医に相談してほしい。

早期なら手術で完治

 転移するとやっかいなメラノーマも、早期であれば手術で病変を切除することで高い確率で完治する。ただし手足の爪の下に発生し、骨に近い深部まで広がっている場合には、がんをとりきるために、指先の切断が必要な場合も多い。

 命にはかえられないとはいえ、可能であれば切断は避けたいと誰もが思うことだろう。同時に、温存手術で本当に大丈夫だろうかという迷いも残るはずだ。

手術の安全性と有効性を検証

 毎年6月にシカゴで開催される米国臨床腫瘍学会(ASCO)。世界中からがん研究者、専門医が集まり、がん治療の最新研究について発表する場だ。昨年のASCOのポスター発表会場で、日本人医師が、指やつま先の骨を温存して爪の悪性黒色腫を切除する手術の安全性と有効性を検証する臨床試験(J-NAIL試験:JCOG1602)を紹介していた。

2018年ASCOのポスター発表で、日本発の爪のメラノーマ研究を紹介した埼玉医科大学国際医療センター皮膚腫瘍科の中村泰大医師 著者撮影
2018年ASCOのポスター発表で、日本発の爪のメラノーマ研究を紹介した埼玉医科大学国際医療センター皮膚腫瘍科の中村泰大医師 著者撮影

 国立がん研究センター内に事務局がある日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group: JCOG)主導によるこの試験の対象となるのは、手術前にすでに遠隔転移や指趾骨浸潤がないことがわかっている爪の悪性黒色腫の患者さん。2019年5月現在、全国21のがんセンターや大学病院で、この試験を実施している。

 2023年の春までに合計85人の患者さんをこの試験に登録することが目標だ。日本では患者数そのものが少なく、現在も参加者を募集中。今のところ、登録者数は目標の約1/3に達したという。長丁場の試験だが、術後の経過を長期的に追跡し、安全性と有効性が証明できれば、将来的に同じ状況の患者が安心して温存手術に臨むことができるようになる。

日本発の研究を世界に

 米国には様々な人種が住んでいるが、研究はどうしても患者数が多い疾患に偏ったり、対象者も白人患者が目立つ傾向がある。希ながん、有色人種、女性など、マイノリティを含んだより多くの研究が求められている。米国ではまれな、しかし有色人種には多くみられる爪のメラノーマに関するこの日本の研究に、ASCOのポスター発表会場でも、多数の研究者、医療者が足をとめて興味深く見入っていた。

 この試験の研究事務局である埼玉医科大学国際医療センター皮膚腫瘍科の中村泰大医師は、「手先が器用な日本人の技術を生かした手術です。本臨床試験の結果によっては日本発の取り組みが世界中の爪のメラノーマの患者さんの役に立つ可能性があり、そうなればとても素晴らしいこと」と話す。

今年もASCOが始まります

 今年も5月31日から6月4日まで、シカゴでASCOが開催される。中村医師も、再び日本人やアジア人に多い末端黒子型黒色腫についてのポスター発表を行う。今回は進行した末端黒子型黒色腫に対する免疫療法の効果に関する研究だ。

 免疫チェックポイント阻害薬の登場で、進行期のメラノーマ治療が大きく変わりつつある。ジミー・カーター元大統領も、数年前に受けた免疫療法が、肝臓と脳に転移した進行メラノーマを食い止めてくれたおかげで、今も教会の日曜学校で教えるほど元気だ。

 しかし同じ療法が、違うタイプのメラノーマ、異なるタイプの患者にも有効なのか?答えを得るには、地道な臨床試験を重ねるしかない。今年もASCOに集う世界中の研究者、医療者が持ち寄るそれぞれの研究により、がん医療がさらに進むことを期待したい。

トップ写真出典*:クリエイティブ・コモンズ・表示ー継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキメディア・コモンズへの投稿写真を利用しています。(c)Tankfield

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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