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12個のレモンで見るおっぱいのSOS

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
Worldwide Breast Cancer作成、RFTC翻訳、提供

おっぱいからのSOS

12個のレモンが乳がんの兆候を教えてくれる。米国人デザイナーの作ったグラフィックが、世界中で話題を呼んでいる。二人の祖母を乳がんで失ったデザイナーのコリーン・エリスワース・ボーモントさんは、レモンを乳房に見立てて12の兆候を表現したわかりやすいグラフィックを作成した。「乳がんって、実際にはどんな感じになるのだろう? 乳がんに関するパンフレットを見ても、いまひとつピンとこない」と思ったからだ。

デザインの勉強を続けるためロンドンに移った後、幼馴染みが28歳と言う若さで炎症性乳がんの診断を受けたと知り、コリーンさんは自分の貯金で乳がん啓発団体Worldwide Breast Cancerをはじめ、#KnowYourLemons(あなたのレモンを知って)キャンペーンを展開した。乳がんというと乳房のしこりを思い浮かべるが、赤みやくぼみなどそれ以外の異変が続いたら、おっぱいからのSOSかも知れない。

レモンで表現した「乳がんの12の兆候」は、フェイスブックで4万回以上もシェアされ、世界中で300万回以上も閲覧された。キャンペーンは、英国、米国、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、オランダ、ポーランドなど、世界中のメディアにもとりあげられた。

世界中の女性に伝えたい

2月4日(土)の世界対がんデー(World Cancer Day)に先立ち、コリーンさんは再びソーシャルメディアを使い、「12個のレモン」で大規模な乳がん啓発運動に取り組む。Facebook、Twitter、Tumblrのアカウントを持っている人は、このページの赤いアイコンと次ページの「ADD MY SUPPORT」を押して登録すると、米国東部時間で2月3日の午前7時(日本時間、同日午後9時)にレモン・キャンペーンの一斉メッセージが配信(1回のみ)されるというもの。メッセージを友達や家族にシェアしたり、自分のサポート写真を投稿したりして盛り上げながら、一人でも多くの人に乳がんの兆候を知ってもらおうという狙いだ。

コリーンさんの目標は、世界中に乳がん啓発のメッセージを届けること。「米国では90%の乳がん患者がサバイブする。でも乳がんに関する啓発が不十分な国では、母親たち、姉妹たち、娘たちが乳がんのために死んでしまう。皆がフェイスブックを使うわけじゃない。私一人じゃできないけど、どうか皆さんもそれぞれの方法でメッセージを伝えて」と、自らビデオで呼びかける。

日本でもレモンプロジェクト

日本でも、乳がんの早期発見に向けて教育啓蒙活動や定期健診の促進活動を行っているNPO法人のRun for the Cure Foundation(RFTC)が、コリーンさんのポスターを使い「レモンプロジェクト」と呼ばれる教育活動に取り組んでいる。乳がんの早期発見といっても、実際にどのような兆候があるのか、いつ、どのような検診を受ければよいのか、案外、知らないことは沢山ある。RFTCのレモンプロジェクトでは、希望する企業のオフィス、学校、地域センターなどの要請に応じて、無料で乳がんの早期発見に関する啓発セミナーを提供しているという。

RFTCが日本語訳をつけた「乳がんの12のサイン」レモンのポスター
RFTCが日本語訳をつけた「乳がんの12のサイン」レモンのポスター

これまでのセミナーでは、「芸能人の乳がんなどがニュースで伝えられても内容がわからないままで恐怖感があった」という参加者からも、乳がんの知識を得て「ただ怖いという感覚ではなく、ちゃんと自分の健康に気をつけようと思った」などのコメントが寄せられていると、同団体の啓蒙プログラムマネージャーの金貴瑛さんは言う。

乳がん検診はマンモグラフィで

日本で乳がん検診といえば、40歳以上、2年に1回のマンモグラフィ(乳房エックス線検査)が指針となっている。2013年の乳がん検診ガイドラインでは、検診としての視診、触診は推奨されていないが、啓蒙活動として行われてきた自分で触診してみるセルフチェックについては言及していないため、漠然と続いているようだ。

しかし米国では2つの大規模な長期追跡調査の結果をもとに、検診としてのセルフチェックは有効でなく、不利益の方が大きいと結論づけられている。調査の結果、セルフチェックでは良性の乳腺疾患の発見が多く、不必要な生検などの精密検査ばかり増やしてしまう一方で、乳がんによる死亡率を下げる証拠がないことがわかったからだ。このため米国予防医療専門委員会(USPSTF)は、2009年から女性にセルフチェックの方法を教えることには反対しており、現在では、米国国立がん研究所、米国対がん協会、米国の乳がん患者支援者団体も、セルフチェックを推奨しない立場をとっている。

ちなみにUSPSTFの最新指針では、マンモグラフィの受診も一般的には乳がんが診断が増える50歳以上の人が対象で、40歳から49歳については本人や家族のがん既往歴、BRCAをはじめとする遺伝子変異を有するなど高リスクの人は状況に応じて、医師と相談の上で判断することになっている。マンモグラフィも偽陽性が避けられず、平均的なリスクの若い世代だと、偽陽性のために不必要な生検や治療を受けてしまうといった不利益の方が、利益を上回るという判断からである。

低い日本の乳がん検診の受診率

不幸にして、若くしてがんを発症してしまう人は世界中にいる。しかしそうした事例を見聞きして、一般的なリスクの若い世代の人が漠然とした不安に襲われ、理由もなく検査に駆け込むのは賢明ではないだろう。やみくもに不必要な検査を受けるより、医師に相談する方がいい。

その一方で、厚生労働省が平成25年に実施した国民生活基礎調査によれば、乳がん検診の受診率は43.4%とまだまだ低い。国際比較だと、OECE(経済協力開発機構)のちょっと古いデータだが、2009年の日本のマンモグラフィ受診率はたったの23.8%。これに対して米国では2006年の段階で81.1%、英国でも74%と高い受診率になっている。

日本では、まだまだ乳がん検診の受診率を上げていく必要がある

自分の体についてもっと知ろう

米国ではセルフチェックは推奨されていないが、だからといって乳がんや自分の健康に無関心でよいということではない。むしろ乳がんの兆候について知識や、自分の「普通の状態」と体調の変化に対する気づき、健康的なライフスタイルへの意識を持つことが重要だとされている。

家族のがん既往歴を含む自分のがんリスクについても、知っておくことが重要だろう。高リスクの場合、自分がいつから、どのような頻度でマンモグラフィを受けるのがよいか、乳腺外科の医師に相談する際に重要な情報である。かつて「がん」は隠す病気として扱われてきたこともあり、祖父母、親戚などのがん既往歴について、案外、正確なところを知らない人も多いのではないだろうか。こうした家系のがんに関する病歴は、例えば遺伝子カウンセリングを受ける際にも必要な情報だ。

国立がん研究センターのがん情報サービスによれば、さらにこれまでの研究で、乳がんでは初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、妊娠・出産経験がないなどで、長期間エストロゲンにさらされることや、閉経後のホルモン補充療法などがリスク要因になることが分かっている。また閉経後の肥満や飲酒習慣も乳がんのリスク要因といわれている。

2月4日は世界対がんデー。ぜひ、12個のレモンの写真をきっかけに、乳がん、自分の体について考えて、家族や友人達と健康について話してみて欲しい。そして何よりも、あなたが40歳以上の女性で(あるいは40歳以上の女性の家族や友人が)、定期的に乳がん検診を受けていないなら、ぜひ、マンモグラフィの予約を入れてください。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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