Yahoo!Japan佐野岳人氏によるYahoo!ニュース・オーサーの永江一石氏へのコメントについて

人気オーサーを失うことでYahoo!の広告収入の機会損失はいくらくらいだろう?

「しょーもないと個人的に思った記事に、しょーもないと書いて何が悪い。個人は個人であって勤務先とは関係無い。」では世の中は済まない。「社会人」として自社のステークホルダーを意識するという最低限のマナー(礼儀)について。

事の発端

WEB系マーケター&コンサルタントの永江一石氏が6月6日に公開したYahoo!ニュース(個人)の記事(【白鵬を「日本人みたいだ」というのは失礼すぎると思う」)に対して、Yahoo!JAPANの現役社員である佐野岳人氏からコメントが寄せられた。(永江氏の記事によると勤務先と実名を公開しての投稿だったそうなので、そのまま実名で書かせて頂く。)

公開フィールドへの投稿だったので永江氏はキャプチャーを撮り、翌日6月7日の記事で公開している。

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【ソーシャルは難しい。わたしはこれでYahoo!個人に投稿するのをやめることにしました】

事の結末

この記事の中で永江氏は以下のように語っている。

Yahoo!Japanに投稿した内容にYahoo!Japanの人から「実にしょーもない」というコメントをいただきましたので、これ以上続けていてもしかたないでしょう。どっちかというと繊細とはほど遠い私ですが、さすがに中の人に直接公衆(フォロワー)の面前で言われるとね。あとから個人的な見解と言う文言が加わりましたが、勤務先と役職を一般公開してのコメントですから社会常識では「個人的な」では済まないでしょう。

出典:ソーシャルは難しい。わたしはこれでYahoo!個人に投稿するのをやめることにしました

結果として永江氏はYahoo!個人に投稿するのをやめることになった。

どんな趣旨のコメントだったのか

では、そもそもの永江氏の投稿内容のどのような点について、どのような具体的なコメントをしたのだろうか?

しかし白鵬の素晴らしいところは、そうでないところだと思うわけです。自分はどれだけ叩かれるかを知った上で、妻をかばう。そして堂々と「妻を愛しています」と日本中に向かって言える男は、今の日本にはひとりも存在しないはず。精神的に強い男はたくさんいる。肉体的に強い男もいる。優しい男もたくさんいる。しかしその3つを兼ね備えたのは白鵬だけだ。「日本人みたい」というのは失礼すぎる褒め言葉だ。もちろん悪気がないのはわかっている。

出典:白鵬を「日本人みたいだ」というのは失礼すぎると思う

永江氏の主張を要約すると、「白鵬を賞賛する際に、例え悪気がなかったとしても【日本人みたい】といった、民族差別的な言い回しでは(モンゴル人である)白鵬を誉めてることにならない。」という趣旨のものだと私は理解した。

では、この永江氏の記事に対してYahoo!JAPANの佐野氏はどのようなコメントをしたのだろうか?

失礼とかそういうことではなくて、民族差別的な言い回しは誉めてることにならないと書いたのに対し理由も無く「しょーもない」というひと言だったので、その人の給料の一部になるならやめようと思ったわけでして・ww

出典:twitter: Isseki Nagae

永江氏による解釈では、Yahoo!のサービスであるYahoo!ニュース(個人)に記事を執筆した永江氏に対して、「失礼とかそういうことではない」としている。その上で、「(白鵬に対する)民族差別的な言い回しは褒めていることにならない。」という自身の趣旨に対して「しょーもない」という一言だったことを指摘している。その上で自分の記事が「その人(Yahoo!JAPANの社員である佐野氏)の給料の一部になるなら(今後の執筆を)やめようと思った」としている。

私自身の本件に対する考え

■Yahoo!JAPANの社員がYahoo!JAPANに掲載の記事に対して、どのようなコメントをするもそれは自由である。どこの企業の社員であっても「個人的に」であれば、発言を制約されるべきものではない。

■しかし当然「発言の自由」には「責任」も伴う。

■佐野氏の発言が、個人的な発言であったか(本人はそのように主張している)、あるいは、社を代表するものであるか(佐野氏はあえて社名と実名を公開した上で、コメントを行っている)に関わらず、勤務先であるYahoo!JAPANに不利益を与えた場合には、(社内における)責任は負うべきものと思われる。

■永江氏は執筆を中止することになった。佐野氏による「個人」の発言であったとしても、社に対しては人気オーサーを失うという「不利益」を与えたものと思われる。(PVの減少、イメージダウン、広告収入の減少など)

■今回は、Yahoo!社員である佐野氏による、Yahoo!ニュース(個人)のオーサーである永江氏に対するコメントが発端となり、永江氏の執筆中止となった。一社員による「個人的」な発言が、このような結果となったことが、Yahoo!社にとって望ましいことかどうかはYahoo!社が独自に判断するべきことだ。

■一方で、社名と実名を公開した他の社員が、Yahoo!の広告主の広告を批判したり、株主を批判するようなコメントを行い、結果として重大な企業の損失につながる可能性もある。「個人的発言」だとさえ明記すれば、社員はいかなる責任も追わないほど「風通しの良い企業」は企業として考えられない。「インターネットの世界」だから「社風」だからで本当に済むのかどうかは検討されなければならない。

■仮に社員による「個人的発言」であっても、自社のクライアント、株主、その他ステークホルダーに不利益を与え、自社に損害を与えることがあってはならないと、社して判断するのであれば、今回の「永江氏の執筆中止」に対しても、誰がどういう形で責任を負うべきか、当然、検討される余地はある。

終わりに

私は古くからのYahoo!のユーザーである。インターネットの世界というものは、実名であれ匿名であれ、少しでも「自由」であって欲しいと思っている。「個人的」な発言の全てが「所属企業」に紐付けられるような窮屈な世界は望ましくないと思う。

一方で、永江氏と同じく、私は、このYahoo!ニュースの記事を書く「オーサー」でもある。1つ記事を書けば多くの方からのコメントを頂く。今回の佐野氏のコメントは、Yahoo!の社員であるかないかを問わず、「失礼かつ無益」なコメントである。1人の「オーサー」としてはそのように思う。仮に私の記事に対して、佐野氏から同様のコメントを頂いていたら、永江氏と同じような対応を行ったであろう。これは「了見が狭い」「ナイーブ」「繊細」といった類の問題ではない。「こんな状況では仕事をする気にならない」と率直に思う。

ところで、私は同社の株主でもある。ちょうど先日、配当金が届いた。(3000円程度の配当の小口株主なので自慢できるものでもない。お恥ずかしい小口であるが・・・)

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何が言いたいかというと、企業には社員やユーザー以外にも多くのステークホルダーがいる。

広告主、株主、協力企業、制作会社・・・

佐野氏の今回の発言は、個人として永江氏の記事のどの部分に、どんな不満があった上でのコメントなのか、よくわからないが、少なくとも自分が社員として勤務する企業が、多くの関係者に多層的に支えられていることを理解しているのだろうか?その多くの関係者ら(ステークホルダー)に対して「個人として」(一社会人として)配慮がなされていたか疑問である。

「個人の意見」であることと、「勤務先の関係者に配慮しないこと」とは全く異なる。

ネットユーザー(Yahoo!ユーザー)である自分は、総論としては「ネット上での発言の自由は極力守りたい」。しかし、Yahoo!ニュースの「オーサー」としての立場では、「失礼にもほどがある」「無益なコメント」を提供サービス元の社員に公開の場でふっかけられてしまっては立場がない。黙ってはいられない。

同様に自分がクライアント(広告主)や代理店の立場だったとする。自社や担当広告主の広告やクリエイティブに対して、「意義ある批評」ならばともかく、本件のような「しょーもない」程度の無益なコメントを行う社員が媒体社にいたならば、立場上、当然、黙ってはいない。

そして、あえて事例として企業の本源的な「所有者」である「株主」の視点を挙げたが、株主とは「利益相反」する可能性のある「個人的見解」を、あたかも当然の権利として「個人的」にコメントしてしまう社員に対しては、「株主利益の最大化」という点においては、どうなっているのだろうと、普通の「株主」であれば率直に思うことだろう。

くれぐれも「個人的発言」は自由である。

しかし社名を表記して自社のサービ内で「自由に」発言する以上は、「その結果起こった不利益」に対しての責任はある。その「責任」について、ユーザー、オーサー、他の社員、広告主、株主・・・などの重層的な視点で考えられないのであれば、「個人的」であろうと、「個人的」ではなかろうと、不用意なコメントをしないに限る。

企業に関係する関係者は、「社員」と「ユーザー」だけではない。社名を名乗る1人の社員による行為は、ポジティブ、ネガティブの両面から、その影響が検証されねばならない。