本当に「命を守れる」防災を考える(5・終) ~住民:あなたの行動が、あなたの大切な人の命を守る~

関西国際空港のターミナル越しに見られた積乱雲。(2018年7月22日・筆者撮影)

■ 防災・減災の当事者としての「住民」

 今回のシリーズ記事では、「平成30年7月豪雨」を受けて、地方自治体、国、気象報道など様々な立場で考えられる、現状の防災・減災対応の問題・課題を取り上げ、私が考え得る改善策を提案してきた。2018年は7月豪雨後も災害が多発し、その都度それぞれの立場において少しずつ改善の努力が行われたが、どの役割においてもまだまだ多くの改善すべき点があると思う。より多くの命を守れる防災・減災に向けて出来ることがまだ様々にあるだろう、という思いがする。

 

 しかしながら、災害から命を守るのは、最終的にはほかならぬ「住民」=自分自身である。このことを、今一度強く心に刻んでおきたい。災害時の重要なキーワードとして「自助・共助・公助」があるが、私がこれまで4回にわたって挙げてきた部分はこのうちの「公助」に当たることが大半である。

 

 ところが、厳しい現実だが、大規模災害時には「公助」がすぐには十分に行き届かないのが常だ。生き残るためには、「誰かが助けてくれる」ことをただ祈り続けるのではなく、「誰も助けてくれないかもしれない」と思って自らが備えておく必要があるのだ。「自助・共助」すなわち「自分/自分たち」でもそれぞれにできることがあると思う。いや、むしろその部分に非常に大きな役割があり、本当に「命を守れる」かどうかには極めて重要な点だと思われる。

 

 「住民」=私たち自身の防災・減災における問題や課題は何だろうか。また、それに対する改善策はどのようなものが考えられるだろうか。このシリーズ記事の最終回は、防災行動の最終的な当事者である「住民」について考えていく。

 

 

■ 必ず聞く声(1)「まさかこんなことが起こるなんて…」

 2018年は全国各地で災害が多発したが、現地で被災された方々へのインタビューで必ずと言って良いほど聞かれる声が、「まさかこんなことが起こるなんて思いもしなかった」という悲痛な声だ。今回の豪雨災害の被災地でも、同様のインタビューが何度も報道されたので、テレビや新聞などで目にされた方も多いだろう。また、「この土地に何十年と住んでいるが、これまでにこんなことは1回もなかった」という声も何度も報じられた。まさに「経験したことがない」現象に遭遇したということになる。

  

神戸市灘区篠原台の土砂災害現場。(2018年7月10日・筆者撮影)
神戸市灘区篠原台の土砂災害現場。(2018年7月10日・筆者撮影)

 しかし、その災害は本当に不意打ち的に発生したのだろうか。災害が起こることは全く想定されていなかった地域なのだろうか。実は、河川の氾濫や山・崖崩れなどの災害が実際に発生した地域の多くが、大雨などの際には危険が差し迫るリスクがあると以前から示されていた地域だったと思われる。災害発生地域と、もともと危険が予想されていた地域がどの程度合致するか、定量的な調査・研究が待たれる。だが、私の知る限り、豪雨などの際に災害が起こり得る地域として予め想定されていた地域で実際に災害が発生した例が多いと感じている。地域的・地形的なリスクを持つ場所の範囲外で大きな被害が発生するといった、いわば想定外の気象災害は実際にはそう多くないように感じる。

 

 これもニュースなどで広く伝えられたが、平成30年7月豪雨による河川氾濫で大きな被害の発生した岡山県倉敷市真備町も、実際の浸水範囲と、ハザードマップ(災害時の危険を予測した地図)の浸水予想範囲がかなりの範囲で一致している。堤防が決壊したり川の水があふれたりすればこのあたりは浸水するだろうと以前から予想されていた地域において、実際に氾濫水が押し寄せたということになる。土砂災害についても、同様のことが言えると思う。私が取材・調査で訪ねた兵庫県神戸市内の土石流発生地区も、予め土砂災害警戒区域に指定されている地域だった。

岡山県倉敷市真備町周辺の平成30年7月豪雨による推定浸水地域。ハザードマップで想定されていた地域と非常によく合致している。(国土地理院発表資料より引用)
岡山県倉敷市真備町周辺の平成30年7月豪雨による推定浸水地域。ハザードマップで想定されていた地域と非常によく合致している。(国土地理院発表資料より引用)

 放送など様々な場で私も申し上げているが、浸水・土砂災害などハザードマップに記載されている様々な災害の「危険区域」は、科学的にしかるべき調査・検討をしたうえで指定されている。科学は万能ではないが、無能でもない。指定されるからにはその地域には相応のリスクがあるのが客観的な事実であり、そこで生活するからには、ほかの地域よりも災害のリスクが高いということを把握しておく必要があるのだ。つまり、住民は、いざという時にはほかの地域よりも災害に巻き込まれやすくなることをはっきりと認識しておくべきだろう。川沿いや斜面における災害の危険を示す防災気象情報(危険度分布など)や地方自治体から出される避難情報をことさら注視して高まる危険を見逃さないようにし、早めに行動する宿命を持った地域だというほかない。災害に巻き込まれるリスクは、決して国内どこでも「平等」ではないということを明確に意識すべきだと思う。

 

 とはいうものの、「これまでにも避難情報などが何度も出されたが、実際には何も起きないことばかりだった」という声もあるだろう。これについては、残念ながら、現在の気象予測や災害発生予測の精度の限界と言える。警報など各種情報の発表基準は、過去の災害の発生状況をベースとして定められるが、「災害が起こってもおかしくない」線を引いてあるのであり、「災害が『必ず』起こる」という線を引くのは極めて困難だ。100回情報が発表されて99回は何も起こらなくても、1回は災害が起こるかもしれない。そうした災害が起こり得るリスクがあるのが、ハザードマップに記載された危険区域、ということである。

 

 気象予測・災害発生予測の精度向上は当然の課題であり、引き続き技術者・研究者の努力が続くことになるものの、現時点で住民が情報を活かしてできることは「危険を敏感に察知し、早めに逃げる」ということだ。繰り返すが、厳しいようだが、危険区域に暮らす以上はそうしたリスクと共存して生活するしかない。実際には何もなくて済んだとしても、リスクがある以上、ほかの地域よりも頻繁に避難行動をとらなければならない地域だ、ということである。それを踏まえて、命を守るために個々人が防災・減災を強く意識して過ごす必要がある。

 

 

■ 必ず聞く声(2)「避難情報や防災気象情報が分かりにくい」

 第1回や第2回の記事にも取り上げたが、気象台からは各種の防災気象情報、地元の市町村からは避難勧告などの避難情報が発表される。こうした情報は、大きな災害が起こるたびに新しい情報を求める声が高まり、その都度技術開発が進んで運用に至ることが多いと思う。いわば情報の「建て増し」を続けた結果、情報が増殖し続けてきた印象を受ける。大雨災害に関連する情報だけをざっと挙げても、

 

 1983年  記録的短時間大雨情報の運用開始。

 2004年  大雨警報の「重要変更!」の運用開始。

 2005年  土砂災害警戒情報の運用開始。

  (鹿児島県。2008年には全府県で開始、「重要変更!」の発展的解消。)

 2007年  河川の洪水予報の危険レベル導入、名称変更の実施。

 2008年  竜巻注意情報の運用開始。

 2010年  市町村ごとの警報発表開始。

       大雨警報の(土砂災害)と(浸水害)の分離運用開始。

 2013年  土砂災害警戒判定メッシュの運用開始。

       特別警報の運用開始。

 2017年  大雨警報の「危険度分布」(浸水害・洪水害)の運用開始

   

 と、近年は、数年に一度は新しい情報が追加されたり、情報の形式などが変更されたりしている。

 

気象庁発表の気象情報の例。(気象庁HPより引用)
気象庁発表の気象情報の例。(気象庁HPより引用)

 予め情報の意味を十分に把握し、個々の情報をトリガー(行動開始のきっかけ)として防災活動を実施するような自治体など公の機関や気象・防災技術者にとっては、危険度や気象の状況を各種情報が明確に(ある意味では定量的に)示されるようになったため、具体的な防災活動に利用しやすくなった面があるとも感じられなくもない。しかし、そもそも情報のことを普段から詳しく知らない場合が多い一般住民からすると、「情報が多過ぎて、わけが分からない」「どの情報が本当に危ない時の情報なのか分からない」ということにもなるだろう(もちろん、自治体においてでさえも「情報が多過ぎる」という声も耳にするが)。さらに言えば「情報が多過ぎるので、そもそも理解する気力が失せる」と思われてしまう現状もあるのではないか。

 

 いわば「建て増し」の解消を実施し、よりシンプルかつ分かりやすい情報名称・体系へ再構築することは、現在の災害発生状況を鑑みると避けては通れないと思う。また、私見としては、第1回の記事に示したように、高度利用者向けと一般向けの情報分けを行うべきだと思っている。

 

 

■ 本当に避難するのか?

 しかし、である。

 住民の方々からよく耳にするようなこうした声を受け、現状の情報体系の改善点をすでに示したうえで、あえて問いたい。

 

 「情報を分かりやすくし、危険区域のリスク周知を徹底的に行えば、いざという時には本当に避難しますか?」と。

 

 読者の皆様もぜひとも自分の胸に手を当てて、自分ならどうだろうかと考えてほしい。また、ご家族・友人知人など周囲の方々はどうだろうか。もっと広く一般的に、住民の方々はどうされると思うだろうか。

 

 私には、情報の体系や名称を変えただけで、事がそう容易に進むとは思えない。

 

 「平成30年7月豪雨」の際には、被災された方々からいろいろとお伺いさせていただいた。

 

 実は、私は大規模な災害の発生する直前、日ごろから気象解説を担当する放送局(関西テレビ)において報道特別番組に臨んでいた。通常の放送時刻より2時間も前倒しして放送を開始し、放送時間を大幅に拡大した緊急の特別番組だ。私たちは、予想される大雨が極めて異常であること、甚大な災害が起こってもおかしくないことを繰り返し呼びかけた。

 

神戸市灘区篠原台の土砂災害現場。(2018年7月10日・筆者撮影)
神戸市灘区篠原台の土砂災害現場。(2018年7月10日・筆者撮影)

 そして豪雨災害の発生後、取材・調査のために訪れた兵庫県神戸市では、土石流災害で被災された何人もの方に貴重なお話を聞かせていただいた。中には、私たちの報道特別番組をご覧になっていて、大変な大雨になりそうだということを把握していたり、居住する地域が「土砂災害警戒区域」に指定されていることも予め知っていたりした方もいらっしゃった。また、かつて神戸市でも被害が発生した「昭和42年7月豪雨」の土石流を、当時住んでいた地域で目撃した経験があるという方もいらっしゃった。

 

 しかし、それでもなお、実際に家を離れて避難するに至ったのは土石流がすでに発生した後で、腰まであるような深い土砂の中、消防隊に命からがら救助されたというお話を伺うことができた。予想される大雨の異常性を知り、居住地が持つ災害リスクを認識し、事前に大きな災害に遭った経験がある方でも、「まさか、ここで実際に起きるとは思わなかった」とおっしゃっていたのだ。

 

 ほかにも、災害が発生した後に放送された報道特別番組の中では、広島県で土砂災害に遭われた方のインタビューを見た。その中には、「すぐ向こうの山で4年前に土砂災害が起こったが、次にここで起こるとは思わなかった」という旨の声もあった。2014年に発生した「平成26年8月豪雨」の際、広島市で大規模な土砂災害が発生し多くの犠牲が出たことは記憶に新しい。その現場からそう遠くない地域にお住まいの方ですら、「まさか、自分の近くで実際に起こるとは」と思ってしまうのだ。

 

 こうした貴重な声を直に聞かせていただき、経験を率直に話していただいたことについて大変ありがたいと感謝するとともに、その一方で、私は非常に大きな衝撃を受けた。ある程度はそうだろうと思っていたが、「人間が実際に避難行動をする」というのがここまで難しいとは…というのが正直な印象である。

 

 

■ 「正常性バイアス」と「多数派同調バイアス」

 ここで、私が強く申し上げておきたいことは、逃げなかった人が悪いと言いたいわけではないということだ。そもそも人間とはそういう生き物であり、本当に「命を守れる」防災・減災を考えるには、それを前提としたうえでどうすべきかと、対策を講じる必要があると強く思うところである。人間が、事前の情報だけをもとにして実際の避難行動に移るのは、私たちが想像する以上に本当に本当に難しい、と思いを改めなければならない、と強烈に実感させられた次第だ。

  

 人間はそもそも、自分に都合が良いような思い込み・思考の仕方をするような生き物として心理学的には研究されている。災害時に命を危険にさらすおそれがある考え方に、「正常性バイアス」と「多数派同調バイアス」が挙げられる。

 

台風第21号により多数の街路樹が倒伏・幹折れした大阪市住之江区。「大阪市内でこんなことが起こるとは」と思った人も少なくないはずだ。(2018年9月5日・筆者撮影)
台風第21号により多数の街路樹が倒伏・幹折れした大阪市住之江区。「大阪市内でこんなことが起こるとは」と思った人も少なくないはずだ。(2018年9月5日・筆者撮影)

 正常性バイアスとは、「自分だけは大丈夫」「悪いことは自分の周りには起こらないはず」という考え方である。また、多数派同調バイアスとは、「まだ周りは誰も避難していないしなぁ」「ほかの人が動き始めてから、私も合わせて動き始めよう」という考え方で、いわばこの2つは人間にとっての「都合の良い思い込み・先入観」である。

 

 目の前を土砂が流れ下ったり、決壊した川の水が押し寄せてきたりすれば、危機が差し迫っていることを明確に判断できるが、そうなってからでは手遅れだ。そうなる前に「正常性バイアス」と「多数派同調バイアス」をなんとかして打ち破らないといけない。

 

 

■ 命を守るのは、身近な人の声・行動

 では、こうした「バイアス」を打ち破るにはどうすれば良いか。私が現時点で持っている答えのひとつは、「身近な人」の存在を使う方法である。他人事とは思わず、自分の身に災害が降りかかるかもしれないとリアルに思ってもらうには、情報などをもとに迫る危機を把握することに加えて、身近な人からの「一緒に逃げよう」という強い呼びかけ・訴えや、手を引いたり肩や背中に手を添えたりという行動が重要となる。人間は、誰だかよく知らない人からの声よりも、身近な人の声・行動のほうが当然ながら「心に響く」のである。こうしたことは心理学・行動科学的にも研究されている。

 

 気象台や地方自治体から発表される各種情報の意味を個々人が自らしっかりと理解して、周りの人に危機を呼びかける。また、自分では情報の意味を十分に読み解けなかったとしても、テレビなどでなじみ(=その人にとっては身近な存在)の気象解説者・気象キャスターの呼びかけを見聞きし、いつもと違う危険な状況であることを理解できれば、それを周りの人に積極的に呼びかけて危険性を訴えることもできるだろう。科学的な根拠に基づいた「危険情報」をあなたの身近な人へ拡散し、一緒に避難などをするということが、災害に巻き込まれる人がひとりでも少なくなるために大変重要なことだと私は思っている。

 

台風第21号で自動車が転覆した大阪市住之江区の現場。(2018年9月5日・筆者撮影)
台風第21号で自動車が転覆した大阪市住之江区の現場。(2018年9月5日・筆者撮影)

 私自身は、今回の豪雨後、本当に深刻な危機が迫る際には「あなたが行動しないと、あなたの大切な人が犠牲になるかもしれません」「後悔しないために、どうか大切な人の命を守るために、あなたが率先して行動してください」という旨で危機の呼びかけを行うよう改めた。実は、神戸市の被災地に伺った際、早めに避難されていた方からもお話を伺うことができたのだが、事前に避難した理由について「うちには小さな子どもがいるので…」という声を直接聞いたことが、その大きな理由だ。

 

 さらに、「大切な人を守るためにあなたの行動が必要です」と呼びかけるだけでなく、その裏返しとして「もしあなたが行動しなかったら…」という最悪の事態を具体的に身近なこととして想起してもらえるように、幾分強烈な表現で呼びかけることにした。人間は、案外、自分ひとりならば何かあってもしょうがない、と思いがちだが、大切な人を自分の無責任な判断で失うことになってしまうかも…と思うと、積極的に行動するのだと確信したからである。実際に、関西に大きな被害を与えた平成30年台風第21号・台風第24号の際にもそうした呼びかけを試みている。これからも試行錯誤はずっと続くだろう。より良い方法は無いか、広くご意見をお聞きしながら、常に改善を続けていきたいと思っている。

 

 

■ 危機を訴える情報・呼びかけはどう受け止められ、どんな行動につながったのか

 では、平成30年7月豪雨時、私が気象解説者として呼びかけた「危機」は、どう受け止められていたのだろうか。豪雨直後、私はTwitterのアンケート機能(多肢選択式)を利用し、自身のフォロワーの方々に向けて3つの質問をした。(Twitterアカウント: @katahira_tenki )

 

 回答してくださった方々は、(リツイートや転送もあると思うが)多くが私のフォロワーの方だろう。また、Twitterによる簡易的なアンケートであり、学術的調査のアンケートに比べると厳密さに欠け、回答者の属性が詳しくは分からない、などという点もご容赦いただきたい。ただ、1,000名を大きく上回る方々からご回答いただいたことで、ある程度の傾向などは見ることができると考えて考察しようと思う。質問および結果は、以下の通りである。

  

 

(質問1)

 今回の「平成30年7月豪雨」の被害について、お感じになった印象を教えてください。  (回答数1,750票)

 

  73% 事前に想像もできなかったほどの被害と感じた

  20% 事前に心配していたような被害が実際に起きたと感じた

   5% 事前に心配していたほどの被害ではなかったと感じた

   2% 分からない

質問1。(筆者のTwitterから引用)
質問1。(筆者のTwitterから引用)

 今回の豪雨災害について、想像していたよりも大きな被害になったと感じた方が7割以上もいた。大勢の方が、今回の豪雨災害の深刻さを感じていることになると思う。

 

 

(質問2)

 平成30年7月豪雨について、数日前からは「最悪の場合、甚大な水害につながるおそれもある」など、危機的な事態もあり得る旨の解説を、段階を踏みながら、私は番組やツイッターなどで呼びかけさせていただいていました。こうした予報・解説について、教えてください。  (回答数1,408票)

 

  65% 今回はいつもの大雨とは違うレベルになるかもと感じた

  25% 今回もそこまでひどいことにはならないだろうと思った

   8% そうした通常より強い呼びかけに気づかなかった

   2% 分からない

 

質問2。(筆者のTwitterから引用)
質問2。(筆者のTwitterから引用)

 6割以上の方が、「いつもと違う」ということをしっかりと受け止めてくれていた。気象解説者や行政など、防災情報を発信・伝達して危機を呼びかける立場として、真に危機が迫る場合には、「いつもと違う」ことをしっかりと伝えることがいかに重要であるかが分かる。

 

 

(質問3)

 「平成30年7月豪雨」に際して、大雨の予測や、私など気象解説者の呼びかけ、報道番組など、事前の予報・警告をきっかけにして、何か防災対応を実際に行いましたか?  (回答数1,511票)

  

   2% 実際に避難所に身を移した

  20% 避難所は行かなかったが安全な部屋に移動するなどした

  35% 避難・安全確保の行動以外で、何か防災対策をとった

  43% 何もしていない

 

質問3。(筆者のTwitterから引用)
質問3。(筆者のTwitterから引用)

 私は、この質問への回答について大変ありがたく感じ、そして大変示唆に富んだ結果として受け止めた。避難勧告・指示などの避難情報が出ても実際に避難する方々が極めて少なく、情報発表地域の住民の1%にも満たない場合があると言われている。こうした課題が明らかになっている中で、私のフォロワーの方々のうち2%もの方が実際に避難所へ身を移していた。

 

 また、避難所へ行かずとも、崖や斜面から離れた部屋などであろう、家の中でも安全な所へ身を移したという方も、実に2割もいらっしゃったのである。「何もしていない」が4割強と最多を占めるが、何か具体的な対策を実施した方が計6割弱もいることは意味があると感じる。

 もちろん、そもそも、私のような気象解説者のTwitterを日頃からフォローしている方々は、防災意識の高い方々が多いのかもしれない。しかし、私のことをフォローしてくださると言うことは、私のことを比較的身近に感じてくださっているとも考えられるだろう。日々のツイートをお読みいただき、普段から私の言葉に接してくださっているというわけで、そうした方々には私の言葉が強く響きやすい、ということでもあると思う。

 

 なじみとはいえ「テレビやネットの中の人」という私の言葉ですらそうであるならば、実生活での身近な人で、防災意識の高い人が強く訴えた場合の力というものはどれほど強いのだろう、と一筋の光明を見る思いがする。各地の自治会や共同住宅の管理組合など、市町村よりもさらに身近な立場での「地域の集まり」の重要性も強く感じる次第である。

 

 

■ 防災・減災が当たり前に取り入れられた社会・文化を

 

 防災・減災について、短い時間で急激に効果を上げるような「特効薬」の施策は無いと私は思う。地味で地道だが、日々の生活の中での防災意識の高まりを積み重ねていくことが重要だと思う。防災・減災を特別なこととせず、普段から当たり前のように生活に取り入れている社会・文化にしていくことがとても重要だと感じる。悪い言い方だが、目先の「小手先」だけの対策ではなく、20年、30年先を見据えた対策をもっと真剣に考えていくべきではないか。

 

気象庁HPに掲載された、防災教育に使える副教材・副読本。2018年11月に気象庁HPにポータルサイトが作成・掲載された。ワークショップの教材なども掲載されている。(気象庁HPより引用)
気象庁HPに掲載された、防災教育に使える副教材・副読本。2018年11月に気象庁HPにポータルサイトが作成・掲載された。ワークショップの教材なども掲載されている。(気象庁HPより引用)

 例えば、学校における防災教育の拡充である。学校での避難訓練といえば、私の場合、子どもの頃の記憶では、大地震と火災の2パターンしか記憶にない。風水害の時にはどうするのか、地震や火災よりも頻繁に起こりそうな災害なのに、だ。防災・減災の対策を当たり前のように生活に取り入れて暮らす子どもたちが育てば、彼ら彼女らが大人になり親になる10~20年後には、災害犠牲者の数が今よりもゼロに近づく社会になるはずだと思う。また、こうした子どもたちが大人になる前であっても、その親・祖父母など家族や地域への波及は小さくないと思われる。気象情報・防災情報の使い方、地域の災害特性の理解など、年齢・学年に応じた体系立てた防災教育を広く学校で行うなど、子どもたちを軸にした地域の防災力を高める方策を国・都道府県・市町村の各レベルでぜひとも具体的に進めてほしい。

 

 

■ あなたとあなたの大切な人の命は、誰かが守ってくれるものではない

 防災・減災対策は、ハードもソフトもすべてあくまで「支援」と心得てほしい。行政・専門家が、事前に災害が起こり得る地域を指し示したとしても、気象台や気象解説者が豪雨を事前に予測して危険を呼びかけたとしても、最終的に「逃げる」という行動を実行するのは、住民一人ひとりだ。身を守る行動をとるために「公助」の立場から伝える情報は、あくまでもあなたの判断を促すための「支援」に過ぎない。誰かが必ず助けてくれる、とは決して思わないでほしいのだ。

 

 さらに言えば、災害に巻き込まれて犠牲になってしまってからでは「誰かが助けてくれると思っていたのに」と後悔しても遅い。あなたが、あなた自身とあなたの大切な人たちの命を守る大切な役割を持っているのだ、といつも思ってほしいのである。こと気象災害に関しては、「ハザードマップ」や各種の気象情報をフル活用して、あなた自身が率先的な防災行動の担い手になってくれれば、周りの大切な人をきっと守ることができるはずなのだ。住民一人ひとりがそうなれば、本当に「命を守れる」防災の実現は遠くない、と私は信じている。

 

 最後に、「平成30年7月豪雨」やその後頻繁に来襲した台風による災害によりお亡くなりになった方々に対しお悔やみ申し上げるとともに、被害に遭われた方々の少しでも早いご回復と、被災地の一刻も早い復旧・復興を強く願っている。また、防災・減災の知識や意識がいっそう広く浸透し、今後も起こるであろう災害において被害が少しでも小さくなることを心から祈る。そして、大変な状況の中、被災地でヒアリング調査・取材に応じてくださった大勢の方々、私のTwitterでのアンケートにご回答くださった大勢の方々に心より感謝申し上げる次第である。

 

<参考・引用資料>

 2018,国土地理院:平成30年7月豪雨に関する情報

 2018,気象庁:防災教育に使える副教材・副読本ポータル

 

<本当に「命を守れる」防災を考える:これまでの記事>

 第1回 防災気象情報:新情報を作れば、防災・減災につながるのか?

 第2回 地方自治体:適確な避難情報発表には何が必要なのか?

 第3回 国:災害に備えた気象庁の体制・予算は十分なのか

 第4回 気象報道:テレビの気象解説で一人でも多くの命を守るには