台風3号の進路予報はハズれたのか?(後編) 台風予報の未来を考える

前回の記事では、気象庁の発表する台風予報で使われる「予報円」について解説しました。今回は、台風の「予報円」表現が抱える課題や台風予報の今後について、(少し専門的な観点からですが)深く考えていこうと思います。

台風予報の歴史

台風進路予報の表現の変遷。扇形方式から予報円形式になり、30年が経過している。
台風進路予報の表現の変遷。扇形方式から予報円形式になり、30年が経過している。

日本では昔から、台風による災害に悩まされてきました。近代になってからは気象学的な知識や手法を用いた台風の予報が試みられていますが、今でも、事前にピンポイントで台風の進路を予測することは至難の業と言って良いでしょう。

ズバリとは予測できないものを、どう活用してもらうか。戦後、気象台の予報担当者はずっと頭を悩ませ、工夫を凝らしてきました。

1953年頃から使われ始めたのが、「扇形」方式の台風予報。台風の進路が左にも右にもブレる可能性があることを考慮し、進路に幅を持たせて示すことにしました。しかしこれでは、左右の誤差には対応できても、速度の誤差には対応できません。台風が速く進んだ場合にはこの線より先に行ってしまうし、遅く進んだ場合にはこの線の手前までしか来ていない、ということになります。そこで1982年6月からは、速度の速い遅いの誤差も表現できる「予報円」方式が採用されて、現在に至っています(暴風警戒域の追加や、予報円の中心点表示の有無など、その後も細かい変遷があります)。

台風予報の発表が許されるのは気象庁だけ

ここで、今の日本における台風予報の背景について、大前提をご説明しておきます。

台風予報は、気象庁以外の者が独自に行って広く公表することが許されていません。

台風が来襲すると、大雨や暴風など大きな災害を引き起こすことがあります。事前に対策を講じるために、台風予報が非常に重要であることは言うまでもありません。

台風接近など切迫した状況下で複数の情報が乱立すると混乱を生じるおそれがあるという理由から、「防災情報のシングルボイス化(一元化・整合性)」の観点でそのように定められており、「台風の進路等に関する情報は、気象庁の情報の解説の範囲に留めること」とされています。民間気象会社でそれぞれ独自に台風予報を行って広く公表することは、認められていないのです。

これには、賛否両論あると思います。

「複数の情報から自分で判断して、あるいは、見比べて、自分なりに精度を推測して、利用したい」という方。

「信憑性や精度を自分で判断することなんてできないから、台風情報は一元化してほしい」という方。

通常の天気予報は気象予報士制度の導入後、民間気象事業者の独自予報が各社の開設するサイトやテレビなどで伝えられるようになって久しいですが、人命に関わる重大な防災情報である台風予報について、通常の天気予報と同レベルでの判断はできないでしょう。

ところが一方では、諸外国の気象機関などが行う台風予報が、インターネット上で誰でも気軽に見られる時代にもなっている、という現実もあります。米軍などが発表している独自の台風予報を検索して調べてみたことのある方もいらっしゃるかもしれません。自治体や公共機関・企業でも、こうした海外の予報も参考にしている所がある、と耳にしたこともあります。こうした現実については、どう受け止めるのか。

私自身、台風予報の一元化(シングルボイス)については、まだ十分な結論を持ち合わせていません。議論が足りないようにも感じます。専門家や気象解説者だけでなく一般の利用者も交えて、もっと広く意見交換や議論の場があっても良いのではないでしょうか。

現在の台風予報の手法

気象庁のスパコン。台風以外にも様々な気象予報資料を計算。(気象庁HPより)
気象庁のスパコン。台風以外にも様々な気象予報資料を計算。(気象庁HPより)

気象庁の台風予報の基礎となる資料は、スーパーコンピュータによるシミュレーション(数値予報)です。気象庁では、気象予測用にさまざまな数値予報が日々計算されていますが、台風の予測用に使用されるものは、「台風アンサンブルモデル」と呼ばれています(そのほかの数値予報や海外の気象機関の予測結果も参考にします)。

台風のようにズバリと予測することが難しい(コンピュータで計算はできるけど、精度が低い)現象を予測する際、実際の観測では捉えきれないほどのわずかな差異を計算前のデータに与えて計算させる、という手法を使うことが一般的になっています。このわずかな差によって、将来の結果が非常に大きく変わってくるから、です。こうした手法を「アンサンブル予報」と呼びます。

台風アンサンブル予報の例。11通りの進路が示されている。(気象庁HPより)
台風アンサンブル予報の例。11通りの進路が示されている。(気象庁HPより)

台風アンサンブルモデルの場合、ごくわずかな差のある11個のデータを基に計算し、11通りの台風の進路を計算しています。11通りのどの場合でも同じような進路をとるならば比較的予報がしやすい場合であり、それぞれバラバラに広がった進路をとるならば予報が非常に難しい、という目安になるわけです。

台風の予報円は、こうした予測のバラツキ具合を定量的に示した値や統計的な手法を基にして、描かれています。過去の予報事例の検証結果に基づき「台風の中心が進む確率70%」の円の大きさが設定され、最終的には予報官が総合的に判断して予報円を描く位置を決める、という手順になります。

台風予報の問題点

ここまでお読みになって気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんが、予報円は厳密に言えば、台風の「性格」を個々の事例において、完全に反映できるものではありません。

同じような大きさの予報円だったとしても、11通りの予測結果を詳細に見比べた結果、

・左右の進行方向も速度も同じようにバラツキがあり、まるで円のように広がるパターン。

・進むコースはバラツキが小さいものの、その速度には大きな違いがあるパターン。

・速度は同じくらいだけど、進むコースが大きく広がるパターン。

・また、2つのグループのように分かれて進み、その真ん中に進む可能性は低いパターン。

があってもおかしくない、というわけです。

11通りの計算結果を示した図(イメージ)。全てが収まる真円を描くと空白地域も。
11通りの計算結果を示した図(イメージ)。全てが収まる真円を描くと空白地域も。

掲示した図は厳密な予報円の描き方ではなく、あくまでイメージですが、これらのパターンを全てまったく同じように「円」で描くのが本当に適切なのでしょうか。その状況に応じて、「真円」にこだわることなく、自由な形で(楕円形・ひょうたん形・おにぎり形など)、個々の台風ごとに最も適した形で「70%エリア」を表現できれば良いようにも思えます。

真円に限らない形で、進む可能性の高い領域を示した図(イメージ)。空白地域は減る。
真円に限らない形で、進む可能性の高い領域を示した図(イメージ)。空白地域は減る。

もちろん、70%という精度をいつも維持できるのか、いつも精度を十分に保てるような客観的な手法が開発できるかなど技術的な課題があると思います。また、新しい表現方式で利用者が理解しやすいかなどの懸念事項も容易に想像できます。簡単に変えられるものではなさそうです。

また、この「台風アンサンブルモデル」の計算結果そのものを示す、というのもありかもしれません。予報「円」で示すからこそ「台風が発達して大きくなる」と誤解を招くのであって、11通りの計算結果をそのまま示すほうが、かえって誤解を生じにくい場合もあるような印象さえします。

しかし、計算結果そのものを公表するのには危険を伴います。計算のたびに出力結果が大きく異なる時など計算結果の信頼性に疑問が生じる場合もゼロではないですし、そのために現在は、予報官がそのほか入手できる情報・知見を最大限に活用して、総合的に判断して予報円を描いているわけです。専門的な知識を持たない一般の方に対して、計算結果そのものを示すことは本当に適切かどうか、難しいところです。たった1回の計算結果の図が独り歩きしてしまう懸念も否定できません(例えば、上陸コースなどインパクトがある場合には特に)。

これらのメリット・デメリットを考慮すると、計算結果そのものと、気象庁の予報官が総合的に判断して作成した進路予報を、両方公表する、という手もあるような気がします。

いずれにせよ、より良い台風予報の表現・手法を考える際には、情報の出し手(気象庁)・伝え手(報道機関・解説者など)・受け手(自治体・住民)の3者でより深い議論を重ねる必要が感じられてなりません。予測の精度向上・技術開発、伝達手法の多様化、利用者のニーズの多様化・リテラシーの向上など、それぞれがそれぞれに抱える課題をクリアしていく必要があると思います。

解説者が感じる、台風予報の「ブラックボックス」

資料例。気象庁の配信データでは、台風アンサンブルは対象外(気象庁HPより)
資料例。気象庁の配信データでは、台風アンサンブルは対象外(気象庁HPより)

また、我々気象解説者の立場で言うと、現在気象庁から出される台風予報について、若干「ブラックボックス」的に感じている人も少なからずいると思います。「台風アンサンブルモデル」の計算結果は、基本的には気象庁から民間に部外配信はされておらず、庁内での利用のみ。それぞれのケースにおいて台風がどんな進路をとりやすいと予測計算されているのか、どのような考えのもとに予報官はこの予報円を描いたのか、外部からは、その決定過程がリアルタイムで分かったり推測したりできるものではないのです(その都度、気象庁に電話すれば教えてくれるのかもしれないですが、多忙を極める台風作業の中、現実的ではありません)。

もちろん、情報を隠すつもりだという意図ではなくて、「専門的な情報が独り歩きすると危険だ」「防災対応に関わるナマのデータに関しては取り扱いを慎重にしなくてはならない」という考えは痛いほど理解できます。前述の通り、台風予報に関しては「気象庁の情報の解説の範囲に留めること」と決められていますので、原データを見る必要はない・勝手に推測されても良くない、という理屈もあるのでしょう。

しかし、気象庁が情報の発表を一元化しているからには、通常の天気予報よりもさらに詳細な「予報の説明責任」が求められるのではないでしょうか。各種解説資料でその都度説明はなされていると感じますが、予想進路が大きく変わった場合など、もっと詳細な説明が欲しいと思う場面も決して少なくありません。「防災情報の一元化」を維持しつつも、防災・減災に資するためには、解説者や気象予報士をより上手に活用する方法がないのか、一考の余地があると思います。

80年前の教え

気象関係者なら誰でも知っている気象学者に藤原咲平(ふじわら・さくへい/1884~1950)という人物がいます。気象庁の前身である中央気象台の台長を務められ、数多くの著作を残していますが、そのひとつに、台風予報についてのこんな記述があります。(基本、原文のまま。かな遣いなど一部を現代式に改めました)

自分の力の範囲を確認して、其の埒外に出ない事、是は兎角細かい事を云い過ぎ勝ちであるから注意を要する。「台風は今晩六時頃 南大東島の辺で転向し 明朝浜松に上陸すべし」と云ふた風に云いたいもので、其の路を試に書いて見ると如何にも其の様に進むものの如くに幻惑させられる。併し今の海上の不足勝ちの材料で、夫れ迄云い切れる筈がない。よし当つても夫れはまぐれであつて、決して其れを狙つてはいけない。「台風は今夕 転向せんとする模様が見へる、もし転向すれば 北東に向い 明朝は東海道方面に近よるであらう」と云う風に少しぼかす事が出来る。其のぼかす程度は其の時に握つて居る材料の精粗で決まる。(1933年 測候時報(中央気象台)「豫報者の心掛け」より)

それから80年経った今でも台風のピンポイント予報は難しく、現代風に「自分の力の埒外に出ない事」を考慮して予報円方式が使われています。台風による災害を少しでも減らすために、上手な情報の出し方・伝え方・使い方をそれぞれ今一度確認して、より良い情報とは何かを考えていくことが大切ではないでしょうか。