日本男子バレーはなぜ負けたのか

2大会連続で五輪出場を逃した反省を生かさなければならない。(写真:アフロスポーツ)

バレーボール男子の日本代表は、リオデジャネイロ五輪世界最終予選兼アジア予選(OQT)で敗れ、五輪出場権を逃した。ロンドン五輪に続いて、2大会連続である。昨年のワールドカップ(W杯)では、20年ぶりに5勝を挙げ、12チーム中6位に入っていた。悲願の五輪出場を――。選手だけではなく、ファンや指導者、バレーボールに関わる全ての人が期待に胸を躍らせていた。しかし、結果は2勝5敗で8チーム中7位。アジア枠を争ったイラン、中国、オーストラリアには全敗だった。

徹底された日本対策

W杯での日本は確かに強かった。石川祐希、柳田将洋の強力なサーブで相手を崩す。そして、データを元に捨てるところは捨てる、その代わりに人数をかけるとこに集中させる「オプション」を使った割り切ったブロックで相手を苦しめた。ブロックを抜けてくるコースにはレシーバーが入り、切り返しの攻撃でブレイクポイント(自チームにサーブ権があるときの得点)を奪っていた。レセプション(サーブレシーブ)からの攻撃では、石川や柳田、清水邦広と3枚の攻撃が確実に機能することで、サイドアウトを重ねて試合の流れを作り出していた。こうやって高さのあるカナダやオーストラリアから白星を勝ち取り、ロシアとフルセットを戦った。

しかし、その戦い方は完全に研究されていた。まず、レセプションからの攻撃である。相手が狙ってきたのは、W杯でスパイク決定率4位、ベストスコアラー部門でも6位と日本の得点源になっていた石川だった。中国も、ポーランドも、イランも、それを徹底してきた。石川の前方を狙ったサーブで、体勢を崩して取らせる。そのことで、石川のパイプ(中央からのバックアタック)が完全に封じられた。もともとミドルブロッカーの打数が多くない日本では、そうなると攻撃の選択肢は両サイドの2人に絞られる。そうやって簡単にブロックで仕留められ、失点を重ねた。今大会でのレセプションの成功率は最下位の37.24%。石川をカバーしようとして、拾い守備範囲を担ったリベロ永野健がポイントを取られる場面もあった。南部正司監督は「相手国もかなりのデータ収集によって、こちらのサイドアウトを下げさせようという戦法をとってきた」と振り返った。その戦法に対する策は、日本に用意されていなかった。

陰を潜めたディフェンス

W杯で効果を発揮した「オプション」を使ったディフェンスシステムもあまり見られなかった。南部監督はOQT前に「オプションに頼ったディフェンスシステムから、ベースとなるリードブロック(トスを見てから動くブロック)を強化してきた」と言っており、永野はオーストラリアに敗れて五輪切符を逃した後に「システムはW杯と変わった。基本的にリードブロックで対応しようとしていた。ワールドカップではコミットブロック(トスが上がる前に動きを予測して跳ぶブロック)をするとか、もっとオプションを使っていた」と打ち明けた。確かに、リードブロックは世界の標準であるし、効果的なシステムだ。しかし、日本のそれは機能しているとは言い難かった。ある選手は「全部行こうとしても、相手は高さがあるからリードで遅れていったら上から打たれる。もう少し割り切ってもよかった」と言った。ブロックが遅れることで、ディグ(スパイクレシーブ)するフロアディフェンスにもほころびが生じる。永野は「コースが空いているから、どこに(ディグに)入っていいかわからなくなった」と言う。まだ完成されていないリードブロック任せになり、オプションがあまり使えなかったのは、担当する真保綱一郎コーチが欧州リーグに参戦していて、合流が開幕一か月を切ってからだったという影響もあるかもしれない。

実は、五輪切符を逃したオーストラリア戦の0-2となった第3セットでは、選手らが自発的にオプションを多用していた。結果的に27-29で負けたものの、このときのディフェンスは機能していた。ブロックポイントこそなかったものの、ブロックでワンタッチを取ってスパイクの威力を弱めたり、抜けたコースの強打をディグしたりして、切り返しの攻撃でブレイクポイントが取れていた。リードブロックは間違いなく必要な戦術である。しかし、まだ世界レベルとは言えない日本のリードブロックの実情を考えたら、オプションを使ったディフェンスをもう少し使ってもよかったのかもしれない。

フル活用できず

選手交代も有効に使っているとは言い難かった。例えばポーランドは、フランス戦で0-2と劣勢になると、セッター、オポジット、ミドルブロッカーを入れ替えて試合のリズムを変え、結果的に3-2で逆転勝ちした。イランもオポジットのガフールのコンディションが悪くなると、マフムーディを起用。オーストラリアも212センチのエドガーに207センチのキャロルを併用し、調子が悪い日には容赦なく交代させて7試合を乗り切った。日本にはそれがなかった。オポジットの控えだった栗山に与えられた出番はワンポイントブロッカーか2枚替えだけ。いくら清水の決定率が下がっていても、フルで出場することはなかった。石川、柳田が負傷したときも同様だった。選んだメンバーをフル活用していたとは言えないだろう。

足りなかった「慣れ」

昨年のW杯前には、ワールドリーグや夏場の海外遠征などで、海外勢との試合を60~70セットこなして臨めていた。しかし、今大会が代表シーズン序盤と言うこともあり、実戦は大会直前の米国遠征とフランスとの練習試合だけ。20セットほどしかできず、海外勢の高さや速さ、パワーに十分に慣れていなかった。米山裕太はフランスとの最終戦を終えた後にこう言っていた。「試合を重ねるごとに修正していって、チームとしていい状態になっていった。ただ、チームになるのが遅すぎた。もう少し自分たちのやりたいようにやれていたら、もしかしたら結果は違ったかもしれない」。最終戦のフランス戦で、日本は攻撃陣が相手のブロックを見てフェイントや軟打を使ったり、リバウンドを取りにいったりと、目指した攻撃ができていた。被ブロック数も5本だけど、連敗中から半減した。フランスが先発を総入れ替えしていたとは言え、最終戦にしてようやく日本が目指す攻撃ができていた。OQTを通して20セット近くをこなし、ようやく海外勢に慣れてきたのだろう。南部監督も「大会後半になるにつれて、高さやスピードに慣れてくる。日本男子バレーボール界につきまとう課題」と認めざるを得なかった。

空白の2年

「空白の2年」も忘れてはいけない。2012年のロンドン五輪予選敗退後、日本は後任の監督選びに時間を浪費した。その後のワールドリーグなど貴重な国際経験を積む舞台を、退任が決まっている監督やコーチが指揮を執った。それを、4年後を見据えた強化と言えるだろうか。結局、後任に初の外国人監督なる日系米国人のゲーリー・サトウ氏を迎えたのが2013年2月。しかし、世界選手権の出場権を逃すなど成績が低迷すると、1年で解任。南部監督が指揮を執り始めたのは2014年5月だった。他国は4年かけて強化してきたところを、南部監督は2年でやらざるを得なかった。4年あれば、サイクルが違っただろう。2015年のW杯でやったことを2014年の世界選手権(出場権が取れていればの話だが)で試し、2015年のW杯でその対策をした外国勢と戦うことができていた。そこでの経験を元に、さらに日本が対策し、このOQTに臨めていたかもしれない。少なくとも、ロンドン五輪後の4年間をかけて計画的に強化してきたとはお世辞にも言えない。日本と同じようにロンドン五輪を逃した後に就任し、世界のトップを争うまでチームを強くしたフランスのティリ監督は「私は3年かけてチームを作った。それを考えると、2年間は短いかなと思う」と言った。この事実を協会は重く受け止めなければならない。

今こそ変革を

日本が五輪出場を逃してしまったのは事実である。バレーボールを心から愛し、応援してきた1人として、私も残念でならない。しかし、負けは全て必然である。2020年の東京五輪までに残された時間は、もう決まっている。4年だ。選手たちの味わった悔しさを無駄にしてはいけない。もはや日本バレーは根本から変わらないといけない時期に来ている。立ち止まっている時間はない。一刻も早く動き出さなければならない。