任天堂、周回遅れの『スーパーマリオラン』ビジネスモデル

(写真:ロイター/アフロ)

KNNポール神田です!

任天堂の君島達己社長は2016年12月22日、京都新聞社のインタビューに応じ、2016年12月16日に配信を開始したスマートフォン向けアクションゲーム「スーパーマリオラン」について、ダウンロード数で1億件以上の達成が可能との見通しを示した。2017年度以降も年2~3本のスマホゲームを配信する考えも明らかにした。「マリオラン」は配信から4日間でダウンロード数が4千万件を超えている。

米調査会社アップアニーによると、配信後3日間で任天堂が得た収益は1400万ドル(約16億5千万円)で、有料の割合は約4%にとどまる。

出典:「スーパーマリオラン」DL1億件超にらむ 任天堂、新ゲームも

任天堂の収益を試算してみると…

配信開始から10日間が過ぎた…。すでに当初のダウンロードは落ちついてきたようだ。

4000万ダウンロードのうち4%の有料割合で160万×1200円=19.2億円

AppleのAppStore手数料30%(5.7億円)をひくと13.5億円となる。つまり1000万ダウンロードあたり3億3750万円となる。1億ダウンロードであれば、33億3750万円の利益だ。今後、Androidや複数リリースして、10億ダウンロードされたとしても売り上げは330億円だ。

しかも、共同開発とされるDeNAの取り分をここから差っ引かなくてはならない。

かつて任天堂は2兆円にせまる売上だったが現在は5044億円

昨年の年間売上は5044億円
昨年の年間売上は5044億円

2008年(今から8年前)は「Wii」と「ニンテンドーDS」のヒットで売上2兆円にせまっていた

売上は2兆円に届きそうだった2008年の任天堂
売上は2兆円に届きそうだった2008年の任天堂

グラフでわかる企業財務分析http://financial-statements-analysis.blogspot.jp/2014/06/blog-post.html

かつての2008年の任天堂と比較すると、売上は1/4にシュリンクしている。そこでスマホ参入で全世界で10億ダウンロードを達成しても330億円の売り上げにしかならない。しかも、1200円という価格設定もゲーム買い切りアプリとしては異例な高額商品だ。そう、任天堂のゲームソフトとしては破格の安値だが、スマホアプリの価格としてはとびきり高価格な価格設定だ。もちろん、キャンペーンなどで半額セールなどという手法も考えられるがそれだけ売上数は伸びても半額では売り上げにはつながらない。

任天堂はもっと早期にスマホ投資しておくべきだった

惜しむらくは、8年もの間、任天堂は、なぜ?スマホゲームに参入しなかったかである。2016年3月の「miitomo」からだ。

コンソールゲームメーカーのスマホ参入は消極的だった…。

スマホ参入のタイミング
スマホ参入のタイミング

任天堂スマホ参入元年!?ポケンモンGO・Miitomo・どうぶつの森・ファイアーエンブレムでスタート猛ダッシュ! https://hasigo.co.jp/blog/160711-2/

任天堂がスマートフォンに参入しなかった理由が任天堂の黒歴史にあった…。

「異業種には絶対手を出すな」という任天堂の呪縛

山内 溥(やまうち・ひろし)は山内 房治郎商店三代目として、22歳で任天堂の販売子会社「丸福かるた販売」の代表となる。当時、博打の道具としての花札やトランプを、家庭用に変えた出来事がある。それが、紙製のトランプをプラスティック製(1953年)に変えた技術イノベーションと、ディズニーキャラクターのライセンスによるトランプ販売(1959年)だ。ディズニーキャラクターとプラスティック製のトランプは、家庭用のゲームとして日本中に浸透していく。1960年代、任天堂のトランプは業界ナンバーワンとなった。キャラクター力はライセンス料を払ってでも使えることを確信する。しかし、アメリカ最大手のU.Sプレイング・カード社を視察した時に、トランプだけではちっぽけなビジネスになってしまうと考え、山内 溥は、多角経営に乗り出す。ところが、この多角経営がノウハウ不足などでことごとく失敗。1964年には倒産寸前の危機を迎えた。1965年に、社員の横井 軍平が趣味で作っていた「オモチャの手」を見た山内 溥は、「ウルトラハンド」という製品名で売り出す。これがヒットし、倒産の危機を免れる。(中略)2002年、山内 溥が任天堂の社長を岩田 聡(いわた・さとる)を社長に抜擢。同族企業から離れた。社長の座を譲る際に「異業種には絶対手を出すな」と任天堂の危機を生んだ異業種事業参入はしないようにと厳命した。岩田 聡社長になってからは、シンプルで家庭で安心してできるゲームとしての、「ニンテンドーDS(2004年)」「Wii(2006年)」などのヒットが生まれた。山内 溥の厳命どおり、「ニンテンドー3DS(2011年)」「Wii U(2012年)」と続き、「枯れた技術」によっての新たなプラットフォームへのアップグレードに成功した。2013年、すでに引退していた山内 溥が息を引き取る。

出典:ポケモンGOは「枯れた技術の水平思考」? 背景にある”任天堂のDNA”

「異業種に参入しない」という山内 溥との約束。そして「スマートフォンという技術」がまだ枯れていなかったことが任天堂のスマートフォン参入に8年間もブレーキを踏み続けさせたのではないだろうか?

2007年6月29日、iPhoneが米国で発売となった…。スマートフォン市場が誕生した瞬間だ。今年で10年目を迎える。しかし、この10年の進化はすべてのPCの進化を凌駕するものだ。ゲームコンソールに向かわなくてもゲームができる。任天堂にとっても、スマートフォンは異業種ではなかったはずだ。モバイルにおけるプラットフォーマーになれるチャンスでもあった。

もしも、任天堂がMVNOモデルでスマホ事業に参入していたら…

ここから先は「たられば物語」だが、任天堂が、「virgin mobile」や「ディズニーモバイル」のようにMVNO回線で通信キャリアとしてスマホ事業に参入していたらどうだっただろうか?おそらく大失敗していたとしても、何もやらずに売り上げ1/4になることはなかったのではないだろうか?少なくともモバイル通信での経験値はあがっていたはずだ。

月額課金モデルでのスマホ用のゲームアプリの開発と提供。もちろん、携帯ゲーム+データ通信機能+音声通信のビジネスモデルも可能だったはずだ。シェアを伸ばしていれば、Appleに手数料を払うこともなかっただろうし、スマホ開発部隊を自ら創ることもできただろう。「ニンテンドーの生態系」を築くプラットフォームビジネスでさえ自前で展開できたはずだ。

任天堂は、自ら設計したコンソールデバイスの上に生態系ビジネスを築くのに慣れすぎた弊害があったのかもしれない。

『スーパーマリオラン』は、周回遅れでスマホ事業に参入しただけではなく、単なる一ゲームサプライヤーとしての任天堂の立場でしかないことが一番問題なのだ。