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ビートルズの版権でビジネスする方法

神田敏晶ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

KNNポール神田です!

【追記】

2016年3月15日、ソニー株式会社はMJ財団が保有するSony/ATV Music Publishingの50%の持分を取得する旨の法的拘束力を有する基本合意書を締結したと発表した。2016年9月30日に取引が完了し、SONY/ATVはソニーの完全子会社となった

□2016年音楽業界で一番稼いだのは855億円のマイケルの遺族 テイラースイフト194億円の4.4倍

https://news.yahoo.co.jp/byline/kandatoshiaki/20161226-00065881/

ソニー が、マイケル・ジャクソン家族信託との提携事業ソニー/ATVミュージックパブリッシングを含む音楽出版事業の売却をつい先月まで検討していたことが、ハッカー攻撃の結果流出した電子メールで明らかになった。ソニー/ATVはビートルズの全楽曲の版権を所有する。

11月21日付のメールによれば、ソニー・エンタテインメントのマイケル・リントン最高経営責任者(CEO)とソニーの米国子会社であるソニー・コーポレーション・オブ・アメリカのニコール・セリグマン社長、スティーブ・コーバー米最高財務責任者(CFO)が米国でこの「極秘」計画を取り扱っていた。

出典:ソニーがビートルズ全曲所有の音楽出版事業の売却検討

ビートルズほぼ全曲所有のソニーATVミュージックパブリッシング売却のゆくえが気になるリークだ。いや、リークというよりもハックだ。クラッカーによるハッキング行為によって、ソニーの映画だけでなく幹部のトップシークレットの情報までが漏洩してしまっている。これにはソニーの台所事情が非常によくわかる状況だ。わずか一ヶ月前に検討している極秘事項が知られてしまった。

ソニー本社の平井一夫の傘下に、ソニー・エンタテインメント(ソフト:映画・テレビ・音楽・著作権)のマイケル・リントンがあり、その傘下に、並列でソニーミュージックのレコードのダグ・モリスとソニー/ATVのマーティン・バンディアーが並んでいる。

なぜ、ビートルズの版権が売買されているのか?

そもそも、なぜ?ビートルズの版権が売買されていのかというとこれにはいろんな経緯がある。本来、レノン&マッカートニーの個人での版権であるはずなのに…。

ビートルズのデビューは1962年。マネージャーのブライアン・エプスタインと音楽出版社のディック・ジェイムズは、1963年から「ノーザンソング社」を共同設立する。作詞&作曲者であるジョンとポールは「ノーザンソング社」の主要株主となった。議決権は、ディックジェイムズ50% マッカートニー20%、レノン20%、エプスタイン10%。リンゴとジョージは作詞作曲をしていないので関係がなかった。しかし、1964年にはジョージは、ハリソングス社、リンゴはスタートリング・ミュージック社と版権管理会社を独自に立ち上げる。

税金対策としての音楽出版事業の株式公開

印税であれば90%以上税金がかかるが、株主配当であれば50%以下ということでノーザンソング社は1965年に株式公開する。そして1967年ブライアン・エプスタイン死去。1968年発売のビートルズの「ホワイトアルバム」からはノーザンソング、ハリソングス、スタートリングと音楽の版権が分散するが、レノン=マッカートニーのノーザンソングの作品がメインであることにはかわりがない。

ノーザンソング社の買収合戦がビートルズ解散の銃爪

1969年ビートルズの音楽とマネージメント会社、アップル社がビートルズの放漫経営により倒産の危機に瀕した時、ノーザンソング社の株価低下を恐れてディック・ジェイムズが、ノーザンソング社の少数株主だったルー・グレード卿が、経営する英ATV社(テレビ会社でサンダーバードなどの権利を持つ)に株をビートルズに無断で大量に売りぬけた。ジョンもポールもハネムーン中のことであった。当時のアップル社のマネージャーであるアラン・クレインとビートルズらとATV社によるノーザンソング社争いとなった。投資会社も密かにノーザンソング社株取得に乗り出し株価は上昇する。アラン・クレインとビートルズのアップル陣営は買収に失敗し、最終的には、高値でATV社に株を売り抜けるという戦略をとらざるをえなくなる。

自分の楽曲を守るためのビートルズからの卒業という選択

ノーザンソング社のマジョリティとなったATV社は、裁判の末ビートルズに勝ち、ノーザンソング社つまりレノン&マッカートニーのクレジット作品はATV社のものとなってしまった。対抗手段として、1970年ポールがビートルズを脱退するために、メンバー3人とアップル社を訴訟し、ポールの勝訴で結果としてビートルズが解散となる。メンバーの不仲もあったと思うが、自分たちの創った楽曲が他社のものになることを防ぐにはビートルズを辞めるしかなかった。ビートルズを本当に解散させたのは、ノーザンソング社の契約書に株式譲渡契約の制限がなかった事なのかもしれない。

マイケル・ジャクソンのATV社取得

ATV社はノーザンソング社を手中にしたが、ルー・グールド卿が映画事業で失敗したりする。そして事業を受け継いた豪鉱山王のロバート・ホームズ・ア・コートが、ATV社の売却についてマイケル・ジャクソンと交渉を開始する。交渉にあたったのがマイケルの弁護士ジョン・ブランカ。ホームズ・ア・コートのオーストラリアのパースでの慈善コンサートに当時ナンバーワンのマイケル・ジャクソンが出演するなどのオプションが設定された。また、楽曲「ペニーレイン」だけは娘のキャサリン・ホームズ・ア・コートの著作権管理のものとした。

一方、ポール側はオノ・ヨーコとの共同買収の話が折り合わずに買収を断念する。ソニーATVは、ビートルズの楽曲のうち5曲以外の権利を持つこととなる。初期の作品4曲 "Love Me Do"/"P.S. I Love You" (owned by McCartney); "Please Please Me"/"Ask Me Why" (administered by Universal Music)とPenny Lane以外

1985年マイケル・ジャクソンが豪からATV社を4,750万ドル(47億円)で買収する。

1995年、マイケルのATV社とソニーの音楽出版事業が合併し、ソニーATVミュージックパブリッシングを作る。

2012年、業界第3位のEMI社の音楽部門をユニバーサルミュージックが買収、版権部門をソニーATVが買収する。

これによって、ソニーATVは、EMI社の傘下のレーベルの版権も(エルビス・プレスリー、ボブ ディラン、エミネムらの曲の権利)も取得し、世界最大の音楽出版会社となった。EMIの持つビートルズの音源は、ユニバーサルミュージックの管理となった。

http://sp.universal-music.co.jp/beatles/

最新のステレオ版ビートルズSHM-CDセット(2014/12/17発売)はユニバーサルミュージックからの販売。

音源はユニバーサルで、版権はソニーATVという飯櫃な形での管理となっている。

ソニーの中での音楽という位置づけ

2013年度のソニー7兆円の事業ドメイン別売上はこの通りで、音楽は4,417億円だ。

  1. 1兆2,576億円 モバイルプロダクツ&コミュニケーション
  2. 1兆0,077億円 金融
  3. 9,948億円 ホームエンタテインメント&サウンド
  4. 8,486億円 デバイス
  5. 7,327億円 映画
  6. 7,304億円 イメージングプロダクツ&ソリューション
  7. 7,071億円 ゲーム
  8. 4,417億円 音楽

合計 5兆8,206億円  他 1兆9,494億円

2013年ソニーのセグメント別売上ポートフォリオ
2013年ソニーのセグメント別売上ポートフォリオ

さらにポートフォリオで見ると、音楽事業は、売却対象として考えてられてもおかしくない。しかし、ソニーのラジオやラジカセを売って来たのはハードとソフトの融合の賜物であった。しかし、それはもう過去の成功体験に変わろうとしている。

2013年の世界の音楽業界の売上は150億ドル(1兆5,000億円)

コンテンツとしての音楽市場が前年比3.9%減の約1兆5,000億円(IFPI(国際レコード産業連盟)調べ)と停滞する一方、フェス・クラブ市場は4,000億円超となっている。

http://www.ifpi.org/downloads/Digital-Music-Report-2014.pdf

また米国での売上比率は、ダウンロード40% CD&レコード35%  ストリーミング21%。

つまり、ダウンロードとストリーミングのノンパッケージの合計は、すでに61%に達している。

CDレコード売上は音楽売上の35%
CDレコード売上は音楽売上の35%

あきらかに、音楽のフィジカルなCD媒体音源に対しての需要は激減してきている。全世界で150億ドルしかない市場なのだ。

このデータを観るだけで、今後の音楽著作権ビジネスは、データ提供での定額課金の包括契約だろう。

ソニーATVのビートルズ新規事業を企画する

わかりやすい企画で版権ビジネスを分解すると、たとえば、ソニーATV最大のビートルズの資産を活用するのに、楽譜だけではもったいない。フェスやクラブシーンが4000億円市場であれば、そこにビートルズの楽曲を提供すればよいのではないだろうか?

現在、YouTubeには違法でビートルズのパートごとの音源が大量にアップロードされている。そのパートごとの音源や、プロデューサーのジョージ・マーティンが操作しているコントローラー卓をそのままユーザーに与え、一曲づつリミックス用として販売する。もしくは年間2万円で使い放題などの定額課金だ。

そして、音源を商用販売するには、すべてユニバーサルミュージックの特別サイトから販売されるというスキームだ。

ビートルズの全楽曲を買ったところで現在は3万円以下だ。ちなみにボクは、リバプールの巡礼に50万円。ヘフナーに16万円、リッケンバッカーに、24万円、その他、ビートルズイベントに1回5,000円近く消費してきている。ポールのライブには数10万円。ビートルズへの直接消費は人生で3万円だが…。関連消費は100万円を軽く超える。

ビートルズの楽曲の音質を変えただけで、買い換えるマニア層が世界に1,000万人以上いるのだ。

年間2万円で定額で自由にビートルズの楽曲をクリエイティブに合法的に使えるとなるとありがたく支払うコアなユーザーはもっと世界にいることだろう。これだけで、年間2,000億円の売上だ。しかも毎年継続していくのだ。また、これらが新しい音楽として、再出版されることにより、新たな音源に触れたファンがビートルズに目覚めるという効果も期待できる。

これだけで、ソニーの音楽ビジネス4,417億円の半分の規模となる。

ソニーATVを売却する前に、版権会社ができる新規ビジネスをもっと考慮すべきではないだろうか?

もしくは、GoogleやAppleあたりが、ソニーATVを買収交渉するのはどうだろうか?すべてネットでビートルズがブラウザで無料で聞けたり、GarageBandファイルで提供されたビートルズの音源で音作りをするなど…夢は広がるばかりだ。

ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

1961年神戸市生まれ。ワインのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の出版とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送「KandaNewsNetwork」を運営開始。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部、サイバー大学で非常勤講師を歴任。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』『YouTube革命』『Twiter革命』『Web3.0型社会』等。2020年よりクアラルンプールから沖縄県やんばるへ移住。メディア出演、コンサル、取材、執筆、書評の依頼 などは0980-59-5058まで

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