障がい者殺傷事件 犠牲者を記憶にとどめるために

神奈川県立の障がい者施設「津久井やまゆり園」(相模原市)で、植松聖容疑者(26)によって男女19人が刺殺され27人が負傷した事件は、26日で発生から1カ月を迎えました。

犠牲者について詳しいことはほとんどわからないままです。明らかにされているのは、亡くなった方々は19歳から70歳の男性9人と女性10人であること、そして障がいがあったことです。神奈川県警は、殺害された19人を匿名とする異例の対応を取りました。もちろん、写真も公開されていません。つまり、犠牲者を一人ひとりの個人として認識させてくれるものがないのです。どんな人たちだったのでしょう。学校に通っていたのでしょうか。仕事をしていたのでしょうか。家族はいたのでしょうか。なぜ地域社会での自立生活ではなく、施設生活を送っていたのでしょうか。命を奪われる前にはどのような将来を思い描いていたのでしょうか。

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日本で大量殺人が起きることは稀です。記憶に新しいのは2008年、秋葉原で男性がトラックで人ごみに突っ込んで手当たり次第に人を刺し、7人が亡くなったいわゆる「秋葉原通り魔事件」。2001年には大阪府池田市の小学校で子ども8人が刺殺された「附属池田小事件」。ともに犠牲者の身元は明らかにされています。地域社会にも一般の人びとにも、氏名や年齢のほか、通学や就労の有無、趣味など、その人となりが伝えられています。

しかし、戦後日本で最悪と言われる相模原事件の犠牲者の氏名はいまも明かされていません。報道によれば、警察は被害者名を公表しない理由を「現場は知的障害者の施設であり、プライバシーを保護する必要性が高い。遺族も匿名を望んでいる」からと説明しています。確かに匿名措置は遺族のプライバシーを守る手段ではあります。けれどもこの措置で失われたものは何でしょうか?

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残念ながら日本では、障がい者は成人・未成年、男女を問わず孤立し、家族や地域社会から切り離され、人目を避けて暮らすことがまだ多いのが現状です。ヒューマン・ライツ・ウォッチは2014年に報告書を発表しましたが、児童養護施設など社会的養護下で暮らす子どもの中でも、障がいを持つ子どもの割合が高くなっています。施設で暮らしながら、障がい者の特別支援学校に通うなど、一般の地域社会の同年代の子どもと一緒に学ぶ機会を奪われる子どもたちもいます。いわゆる情短施設(情緒障害児短期治療施設)に入所する子どもは、通学のためですら施設外に出ることができない場合も多いのです。

悲しいことに、障がい者の施設収容は日本以外でも行われています。クロアチアインドセルビアロシアでも障がい者の収容、放置、虐待が行われていることを私たちヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにしています。障がい者は人びとの目から離れたところに隠されていて、実態が明らかになることは滅多にありません。

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人びとを次々に刺し殺した直後、植松容疑者は「障がい者なんていなくなればいい」と語ったと報じられています。被害者の人となりを明らかにしないという警察の決定によって、殺害された人びとはこの世を去っただけではありません。まるで最初からいなかったようです。今回の恐るべき行為の犠牲者たちが「消える」ことがあってはありません。その人生をこれ以上目に見えないようにしていてはならないのです。

これまでの日本の大量殺人の犠牲者たちは、多くの場合偶然居合わせた人たちでした。しかし今回は違います。障がいがあるから狙われたのです。であればこそなおのこと、対策の必要性が高いのです。

今回の事件を受け、安倍首相と菅官房長官は政府として真相解明に全力を挙げ、再発防止策を講ずると約束しました。また厚生労働省は施設での防犯対策に関するガイドラインを策定することを明らかにしました。防犯カメラの設置や、警察や警備会社への連絡体制の整備などが挙げられています。

障がい者の安全対策の充実が必要なことは言うまでもありませんが、より広い見地に立った抜本的な改革がいくつも求められています。

日本は2014年に「障害者の権利に関する条約」を批准しました。これにより日本政府には障がい者が差別されることなく、他の者と同一の人権を享有することを保障する義務があります。収容されずに、自立生活や地域社会で暮らす権利も含まれます。条約の真髄は、万人の尊厳と平等という理念です。

一連の義務を果たすため、日本政府には相模原事件で犠牲となった人びとを記憶にとどめ、障がい者へのスティグマと正面から向き合う動きを支援する積極的な対応が求められます。障がい者は何よりもまず人として認められるべきです。一人ひとり異なる能力や関心、希望やニーズがある存在として認められなければなりません。障がい者はその生を尊重され、地域の人たちと交流しながら生活し、他の人たちと席を並べて勉強し、一緒に働くべきです。

日本政府はすべての障がい者に対し、地域社会での自立生活を営む選択肢を確保すべきです。またコミュニティ・ベースのサービスに資源を投入し、障がい者のエンパワーメントと支援を行うべきです。こうした取り組みがなければ、障がい者は今後も生きる時も死の時も、日陰でひっそり暮らしていくことになってしまいます。

本記事の共著者:土井香苗(ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表)& エミナ・セリモヴィッチ(ヒューマン・ライツ・ウォッチ 障がい者の人権に関する調査員)