明日ママ論争で語られなかったこと ― 施設収容という人権侵害 「すべての子どもに家庭を」

大阪の児童養護施設に住むノゾミさん(15)はぽつんと言った。「将来の夢なんてありません。」東京の施設に住むケンジさん(17)はこう語る。「たいていの職員は仕事だから僕たちの相手をしているみたいに思えてしまう。仕事だから遊んでくれるだけ。愛してくれるわけじゃないんです。」

この写真。日本に131か所ある「乳児院」のひとつ。

定員35名のベッドルーム2つに0-2歳児が暮らす。C:2012猿田佐世/HRW
定員35名のベッドルーム2つに0-2歳児が暮らす。C:2012猿田佐世/HRW

所狭しとベビーベッドが置かれている。東京にある乳児院の職員は「夜になると手が足りません(中略)。何人の子どもが同時に泣いていると、どうしても一人の子どもを抱いてあやしつつ、他の子どもには枕ミルクをせざるを得ないのです」と話す。

そしてこの写真はある児童養護施設。

岩手県内の児童養護施設。女子小学生は8人部屋で生活。C2012 猿田佐世/HRW
岩手県内の児童養護施設。女子小学生は8人部屋で生活。C2012 猿田佐世/HRW

8人の女の子たちが一部屋に押し込められて暮らしています。プライバシーといえば、小さなベッドの上だけ。それも薄いカーテンで仕切ることができるだけ。

赤いランドセルがなんとも哀しい。なぜこの子たちは、同じように赤いランドセルをしょって安心しきって家庭に帰る日本中の大多数の女の子たちとこんなにも違う暮らしを強いられているのでしょう。自分の子どもがこの施設に送り込まれたとして、耐えられる親はどれだけいるでしょう?温かい家庭で育つ機会を奪われた子どもたち・・・

でもこれは、他でもない日本社会の変わらぬ施設偏重の現実。現在日本では、実親から分離されたり育児放棄されたりした約3万4千人の子どもたちがこうした施設で生活しています。2013年に施設に収容中の子どもは85%。里親委託や養子縁組はごくわずか。日本の施設偏重は際立っていると言っていいでしょう。

多くの先進国ではこうした親と暮らせない子どもたちの大半は、里親か養親の家庭で生活しています。里親や養親宅での生活は、子どもを支援する温かい家庭での養育となる可能性が高いからです。

親と暮らせない子どもの措置先を決める権限を日本で持つのは児童相談所。このいわゆる「児相」は、85%の子どもを施設に送り、里親宅に委託しているのはたった15%。養子縁組についてはさらに少ないのが現実です。イギリスの里親率は72%、米国は77%、香港は80%、オーストラリアは94%。弱い立場にある子どもたちのほとんどを家庭養育する先進国の趨勢から、児童相談所の実務が大きく外れていることは一目瞭然です。

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施設入所で奪われるのは、プライバシーだけではありません。他の子どもからのいじめも頻繁で、職員との愛着を育む機会も限られる上に、いじめや嫌がらせの苦情を訴えるしくみも不十分。自立の備えが不十分なまま高校卒業とともに施設退所させられるため、多くが失業など厳しい状況に追い込まれたり、収入の低い職に就いています。専門学校や大学に進学するチャンスもきわめて少ない上に、親とのコンタクトもない中で「保証人」をしばしば要求される日本社会で生きていくのは困難です。セックスワークやホームレスを余儀なくされる子どももいます。

10代後半の子ども用の寝室(関西地方の児童養護施設)。C:2012猿田佐世/HRW
10代後半の子ども用の寝室(関西地方の児童養護施設)。C:2012猿田佐世/HRW

千葉の施設を対処したマサシさん(21)は、力なく語りました。「施設を卒業するときは、『やっと刑務所から出られる!』と思ってうれしかった。でも人生そんなうまくいかないっすよ。1日が長い。人生が楽しくない。」

茨城県の施設出身のアユミさん(24)は、生活費を得るためには売春をするしかなかった、と言います。「施設を出てから相談相手なんて誰もいなかった。親には生後2カ月で捨てられているから相談なんてできない。施設に戻ることもできなかったし、戻りたいとも思わなかった。…(売春をして)知らない人でも、私の話を聞いてくれるのがうれしかった。」

弱い立場の子どもたちをこうした過酷な環境においている現状は、倫理的・道徳的に許されないだけでなく、国際法・国際基準にも違反しています。国連の子どもの権利委員会も2010年、日本政府に対し「親の養護のない児童を対象とする家族基盤型の代替的児童養護についての政策の不足」について苦言を呈しています。

『夢がもてない―日本における社会的養護下の子どもたち―』
『夢がもてない―日本における社会的養護下の子どもたち―』

そこで、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本各地の施設や里親宅などをまわって、2年以上をかけて施設入所中の子どもを含む200人以上からの聞き取りを行い、結果を本格的な報告書にまとめて今月1日公表しました。この報告書『夢がもてない―日本における社会的養護下の子どもたち―』(全89頁、英語オリジナル版はこちら)は、2009年4月のヒューマン・ライツ・ウォッチの東京オフィス開設以来、日本の問題に関する初の本格的な調査報告書となります。

この報告書では日本の社会的養護制度の仕組みと手続きを検証するとともに、乳児を含む子どもの施設収容から起こる問題点を含め、社会的養護制度下の人権問題に焦点をあてました。また社会的養護終了後の自立の過程で多くが経験する困難と、里親制度が抱える課題も検討しました。最後に東日本大震災の震災孤児の経験も検証しています。

そして、私たちが導き出した結論は、日本政府が社会的養護制度を全面的に見直すべきである、ということ。現行制度は子どもの福祉と健全な発達を阻害していて、子どもの権利に関する国際基準に反しているからです。

私たちは包括的な改革案を提言していますが、その中でも核心といえるのは、子どもの委託/入所先の決定権限を、現在の児童相談所から家庭裁判所などの独立機関に移すこと。そのために児童福祉法の改正が必要です。すべては、子どもの最善の利益を確保するため。

というのも現在、児童相談所のお役所判断が子どもの最善の利益を奪っているといわざるを得ない状況だからです。いまだ養子縁組や里親制度よりも施設を優先している児童相談所ですが、その理由は概して3つあります。まず児童相談所は、里親よりも施設を好む実親の意向を重視する傾向にあり、また、時間や専門性も必要な養子縁組や里親制度を避けたがるのです。加えて、既存施設側の経済的利益も施設入所の割合が高い要因の1つと言えるでしょう。児童養護施設は入所した子の人数を基礎に支給される措置費で運営されているのです。茨城県つくば市の施設職員は「日本では親の利益が子どもの利益より重要だと見なされるのです」と語っていました。

子どものために一生懸命働いている社会的養護関係者も多いことは言うまでもありません。しかし適切な解決策として、里親養育と養子縁組が今よりはるかに大きな役割を果たすべきとの認識は不可欠だと思うのです。そして、里親制度の改革も急務です。

日本社会は、ドラマ「明日ママがいない」を巡って様々な論争を闘わせましたが、施設入所そのものが人権侵害である-- あるいは虐待とさえ言えるかもしれない-- そんな国際的には常識の議論が、日本では欠落していました。私はこの日本の現状に一石を投じたいのです。すべての子どもには家庭で育つ権利があるのですから。

子どもの権利条約前文は、人格の完全なかつ調和のとれた発達のため、子どもは「家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべきである」と謳っています。「子どもの施設入所は最終手段であり、家族的手段がその子どもにとって不適当であると考えられる場合にのみ行われるようにする」べき、と国連が指摘しています。今こそ日本でも、しっかりしたサポートとモニタリングの下、養子縁組そして里親を推進することが必要です。

日本中すべての子どもたちが家族を持てる日に向けて・・・日本社会にはその包容力と底力があると信じています。必要なのは、世論と政治的意思。声をあげられない子どもたちにかわり、私たち大人が声をあげて行動する責任があるのではないでしょうか。