西郷輝彦の「星のフラメンコ」、いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」、沢田研二の「時の過ぎゆくままに」…。シンガー・ソングライター長谷川万大(26)=福岡県筑紫野市=が歌うのは、昭和歌謡ばかりだ。自称、昭和70年生まれ。彼が歌い継ぐ「昭和の心」とは…。

 ギターを抱えてステージに立つと、中高年の女性たちから黄色い声援が飛ぶ。

 「長谷川君、大好きよ~」

 「僕も大好きですよ」と返すと、会場はさらに沸く。

 新型コロナウイルスが流行する前は、地域の公民館やホールのイベントに呼ばれ、年間50回以上、舞台に立ってきた。

 「昭和の歌は心に寄り添ってくれる。ずっと歌い継いでいきたい」

アリス谷村新司のポーズをとる長谷川万大(筆者撮影)
アリス谷村新司のポーズをとる長谷川万大(筆者撮影)

「アリス」目指し中学2年で初舞台

 宮崎県日南市生まれ。幼稚園の頃、テレビで見た橋幸夫の「恋のメキシカン・ロック」が頭から離れず、親にねだってCDを借りた。それ以来、昭和歌謡のとりこになった。

 中学2年の頃、再始動したアリスのコンサートを宮崎市で見て「アリスになりたい」と決意。ギターを買って練習し、半年後に親類の結婚式で「さらば青春の時」を演奏した。

 翌月には、地域イベントへの出演を直談判。初めてステージで歌った。

 その感想は「何も怖くなかった」。どうやら昭和歌謡が好きすぎて、言葉の端々に詞の一部分が出てくるようになったらしい。これはかぐや姫の「神田川」だ。

ステージに立つと中高年女性から黄色い歓声が飛ぶ(本人提供)
ステージに立つと中高年女性から黄色い歓声が飛ぶ(本人提供)

「昭和最後の秋のこと」を歌ったら…

 その後、昭和の大作詞家・阿久悠に憧れてプロを志し、日本経済大(福岡県太宰府市)の芸能コースに進学。3年の時、カラオケ店の開店イベントで、阿久が作詞して桂銀淑(ケイ・ウンスク)や森進一が歌った「昭和最後の秋のこと」を披露した。

 すると、男性が声を掛けてきた。何と、阿久の元マネジャーだった。それほどヒットしなかった曲を若者が歌ったのを不思議に思ったようだった。尊敬の念を語ると、詞を書いてみないかと誘われた。

 しかし、何度書いても採用されない。芸能界の厳しさを知った出来事だった。

 それでも音楽とは離れられない。今は会社員をしながら、シンガー・ソングライターとしてプロを目指す。これも昭和になぞらえて、銀行員をしながら活躍した「小椋佳スタイル」だという。

 オリジナルの歌は100曲以上、書きためた詞は1000曲以上。目指すのは、阿久に倣って「聴く人がそれぞれイメージを膨らませ、日常だけど非日常を感じられる歌」。これまでに3枚のアルバムを発表、年内に4枚目を作るつもりだ。

バックバンドの前で熱唱することもある(本人提供)
バックバンドの前で熱唱することもある(本人提供)

物はなくても心は満たされていた時代

 大切にしているのは「目の前の人に、自分が納得できる歌を届ける」こと。何よりも、お客さんから「楽しかった」「面白かった」と言われるのがうれしい。大それた目標は持たずに「流れに身を任せています」(テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」)。

 昭和歌謡を歌いながら描く昭和のイメージは「物はなくても心は満たされていた時代」。これからも「昭和最後の秋のこと」の歌い出しを胸に生きていく。

 「貧しさもつらくない 四畳半にも夢がある」

■長谷川万大(はせがわ・ゆうだい)のライブ情報

 5月15日午後6時から、福岡市中央区清川のライブハウス「CavernBeat」(キャバーンビート)で「青春の COVER NIGHT vol.2」に出演。チケット2500円+ワンドリンク。ライブ配信は1500円。詳しくはこちら