女子が男子無差別級に挑む 究極の柔道漫画「All Free!」に秘めた古賀稔彦氏への敬意

柔道熱がほとばしる「All Free!」の1巻(筆者撮影)

 「柔よく剛を制す」。柔道を志す者が最も心を惹かれる言葉だろう。軽量級の女子選手が男子無差別級に挑む漫画「All Free!」は、その究極のロマンを追求するストーリーだ。今年3月に53歳の若さで他界した平成の三四郎、古賀稔彦さんに大きな影響を受けて描かれた作品が今、多くの選手たちを奮い立たせている。

 「All Free!」はコミックサイト「webアクション」(双葉社)で昨年連載され、今年になって1、2巻が書籍化された。

 主人公は15歳の少女、御船淳(みふね・じゅん)。実在した講道館10段の名人、三船久蔵の子孫という設定だ。久蔵は160センチに満たない体格ながら「空気投げ」などの必殺技を編み出し、講道館の創始者、嘉納治五郎と並んで「理論の嘉納、実践の三船」とたたえられた。

 その遺伝子を継ぐ淳が、女子軽量級でありながら男子無差別級に挑む。華奢で強気な少女が理論、スピード、タイミングを武器に、屈強な男たちを倒す爽快感。そして柔道というスポーツに対する胸が痛くなるほどのストイックさに、思わず引き込まれる。

作者の青野てる坊さん(筆者撮影)
作者の青野てる坊さん(筆者撮影)

「柔道の化身」古賀稔彦さんの伝説

 作者の青野てる坊さん(28)=福岡市出身=は、福岡県立修猷館高校で柔道部だった。練習がつらくて何度もやめようと思ったが、その経験が人生の土台を作ったという。脱サラして漫画家になり、考えたのが「柔道の魅力を細部まで伝えられる作品」だった。

 脳裏に浮かんだのは、古賀稔彦さん。1990年、無差別級日本一を決める全日本柔道選手権大会で、身長170cmに満たない小柄な古賀さんが重量級の選手を次々に撃破した話は、伝説となっていた。青野さんは高校時代、「柔道の化身」として尊敬する古賀さんの試合映像などを見て、背負い投げを研究した。

 しかし、現実を超えなければ漫画にはならない。そこで考えたのが男子無差別級に挑む女子のストーリーだった。「古賀先生がいなかったら、作品もなかった。コーチとしてこれからもっと活躍されたはずなのに」と死を悼む。

淳の技が炸裂する(第2話から・青野てる坊さん提供)
淳の技が炸裂する(第2話から・青野てる坊さん提供)

性別も体格も人種も年齢も関係ない

 女子柔道漫画と言えば「YAWARA!」(浦沢直樹さん作)がある。主人公は天性の資質を持ちながら「普通の女の子になりたい」と願う。コメディタッチの展開も受けて大ヒット。当時活躍していた谷亮子さんは「ヤワラちゃん」と呼ばれ、女子柔道ブームを起こした。

 「All Free!」は、より実践的に柔道の魅力に迫っているのが特徴だ。例えば「組み手争い」の詳細な描画。試合では最も重要な要素のひとつだが、絵としては地味なのでこれまで詳しく描かれることは少なかった。連続技の掛け方やタイミングなども含め、まるで自分が戦っているかのように細部をじっくり描いている。

 そして、柔道への深い愛情。淳は時折、作者の思いを代弁する。

 「柔道は自由だ。性別も体格も人種も年齢も関係ない。畳の上で向かい合ったならどっちが強いかしか関係ない!」

井上康生さん「柔道家のロマン」

 書籍化に当たり、1巻の帯には柔道全日本男子監督の井上康生さんが、2巻は北京オリンピック銅メダリストの中村美里さんが推薦文を寄せている。

 「無差別の戦いは柔道家としてのロマン! 行け――淳!」(井上さん)

 「“自由な柔道”を追い求めていきたい! そんな気持ちを駆り立てられる漫画です。淳と戦ってみたいなー!」(中村さん)

 柔道界では昨年からのコロナ禍で、1人でできる稽古やトレーニング方法をSNSでアップする「stand up judo」という活動が広がった。青野さんがそこに選手たちの得意技を描いて投稿していたことから、井上さんともつながったという。

 青野さんは現在、続編を執筆中。7月の東京オリンピックの前には「webアクション」で公開される予定だ。

 「淳の柔道に対する熱量が、選手たちの力になってくれたら」

 そう願いながら、青野さんは筆を進めている。