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はたして新型コロナワクチンはくも膜下出血の原因なのか?

紙谷聡小児感染症専門医、ワクチン学研究者
(写真:アフロ)

このシリーズでは、新型コロナワクチンにおける正しい情報や知識について解説していきます。今月、新型コロナワクチンを接種した3日後に、くも膜下出血による死亡例が厚生労働省より報告されました。因果関係の有無は現在調査中ですが、どのような原因であれ、とても痛ましいニュースであり、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

前回の記事で解説しましたように、ワクチンを接種した後に起こったすべての好ましくない事象(たまたま偶然に起こることも含めて)を有害事象と呼びます。そのなかで、特にワクチンとの因果関係の証明された有害事象を特に副反応と呼びます。例えば、ワクチンを打った後に雷に打たれてしまった事例も、有害事象として臨床試験では記録されていますし、ワクチンとは直接関係のないものもいったんは有害事象としてまとめて報告するになっています。そして、因果関係を調べるためには、①専門家による検討②高度な安全性モニタリングシステム、そして③質の高い疫学研究が必ず必要になります。

はたしてワクチンはくも膜下出血の原因となり得るのか?

くも膜下出血の多くは、脳の血管にもともと存在したコブがある日突然破裂することで起こるのですが、この病気がワクチンを打つことで発症するのかという疑問について、ある記事での脳神経外科医の見解では、動脈のコブができて破裂に至るまでは通常年単位の年月がかかるため、ワクチンを打ってそのコブができて破裂するということは医学的に関係性は考えにくいとコメントされています。しかし一方で、新型コロナ感染症と凝固異常・血管系異常、とくに血栓症との関係は以前から指摘されており、こうした自然の感染症で起きることが、ワクチン接種でも起きるのではないかと懸念する声もあります(くも膜下出血とは厳密には異なる病気ですが同じ血管系異常としての懸念かと思います)。

こうした論点について、専門家が集まり議論することで、ワクチンが因果関係として考えうるのかを調査します。しかし、先の例のように雷に打たれたような極端な例でない限り、こうした議論で結論づけることは極めて難しいことも多くあり、議論の結果、「因果関係は不明、もしくは否定できない」という結論になることもあります。これは科学的には誠実な見解であっても、一般の方からすればはっきりしないあいまいなものに聞こえてしまいます。

因果関係を証明するにはいったいどうすればいいのか?

実はそもそも、こうした個々の個別の症例をいくら調べても因果関係を完全に否定することはとても難しく、むしろ場合によっては不可能なこともあります。それは、この世に悪魔がいないことを証明してみなさいという問いに答えるためには、この世のあらゆる所に悪魔がいないことを確かめる必要があるのと同じくらい、「ないことの証明」はしばしば不可能なのです。

このように、「木を見て森を見ず」では因果関係はいつまでたってもわかりません。そこで、こうした因果関係を調べる鍵となる方法は、「森を見る」、つまり全体の頻度をみて、さらにワクチンを打っていない人々と比べることなのです。より詳しく解説していきます。

まずワクチンのせいである病気が発症してしまうことが事実であるとすれば、何が起こるでしょうか?

そうです、ワクチンを打った人たち(図のB)により多くその病気(図の黒い色の人たち)が発症してしまうことが予想されるでしょう。つまり、ワクチンを打たなかった人たち(図のA)よりもその病気が起きる頻度が多くなるはずです。

逆に、実はそのワクチンは全くその病気に関係がなく、何の因果関係もないえん罪だった場合はどうなるでしょうか?

その場合は、ワクチンを打った人(図のB)でも打たない人(図のA)でもその病気(図の黒色の部分)が起こる頻度は変わらないでしょう。

このように、ワクチンを打ってない方たちと比べて、ワクチンを打っている人たちでその病気が増えているか増えてないかを調べれば、そのワクチンによってある病気が結果として起きると言うことを立証する手がかりとなります。逆にその両者で全く病気の発生頻度が変わらなければ、その病気はワクチンが原因で起きているのではなく、ただ単に自然にワクチンに関係なく発症しているだけだと分かります。(「木だけを見る」とは、まさに黒色の方だけを調べて、全体の頻度を見ないということと一緒で、因果の解決にはつながりません。)

主要先進国の洗練された安全性モニタリングシステム

さて、アメリカや主要先進国ではこうした個別の症例だけをみていても限界があることに数十年前から気づいており、その弱点を克服するために洗練された安全性モニタリングシステムを予算をかけてすでに構築しています(私の知る限り残念ながら日本にはまだこうしたシステムはありません)。安全性をきちんと監視して安全を担保することは、国民の予防接種への信頼につながり、予防接種政策において要となります。

今回は、私も関わっているアメリカのシステム(CDC Vaccine Safety Datalink)のデータの一部を紹介します。以下の表は、新型コロナワクチンに対して血管系の異常の副反応がでるのか否かを米国疾病予防管理センター(CDC)がモニタリングしているデータであり、くも膜下出血も含めています。

2月13日までの時点で、ワクチンを打っていない人に比べて、ワクチンを打っている人の群でこうした出血性の脳卒中は増えていないことがわかります。アメリカでは、こうした比較情報をほぼリアルタイムに監視しており、すこしでもワクチン接種群の方が偶然の域を超えて増えているサインがでたときはアラームとして感知されて、さらなる調査する仕組みが出来上がっています。極めて優れたワクチンの安全性監視システムだといつも感じます。

このデータをみても、ワクチン接種後の一例一例の病気に神経を尖らせて不安になっていてもどうしようもないことがお分かりになるかとおもいます(すでに8例の出血性脳卒中がワクチン接種群で認めていても、アメリカで特に騒がれていないのは、ワクチンを打っていない人でも10例くらいは発症していて、その「比較」で頻度が少ないことがわかっているからなのです)。

以上から、現時点(3月1日時点)では、ワクチンを打つことで、くも膜下出血などの出血性の脳卒中は増えていないとアメリカ予防接種会議(ACIP)では判断しています。こうしたデータは毎週更新されており、今後ワクチン接種が進むにつれてこうした数字は変わっていきますので、今後も注視する必要がありますが、ひとまずは安心できるといってよいかと思います。

今回は、ワクチンの因果関係を調べるためには、個々の事例だけではなく、全体の頻度、そしてワクチンを打ってない方とも比較する必要があることを解説しました。そして、現時点で、ワクチン接種によってくも膜下出血の事例が増えていないというCDCの最新データを紹介しました。

小児感染症専門医、ワクチン学研究者

エモリー大学小児感染症科助教授。日本・米国小児科専門医。米国小児感染症専門医。富山大学医学部を卒業後、立川相互病院、国立成育医療研究センターなどを経て渡米。現在、小児感染症診療に携わる傍ら、米国立アレルギー感染症研究所が主導するワクチン治療評価部門共同研究者として新型コロナウイルスワクチンなどの臨床試験や安全性評価に従事。さらに米国疾病予防管理センター(CDC)とも連携して認可後のワクチンの安全性評価も行っている。※記事は個人としての発信であり組織を代表するものではありません。

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