「寅さん50作目」山田洋次監督の10問10答~外国人記者に向けて語ったこと

「男はつらいよ お帰り 寅さん」について語る山田洋次監督(撮影・亀松太郎)

映画「男はつらいよ」シリーズの記念すべき50作目となる「お帰り 寅さん」。今秋の東京国際映画祭でオープニング上映されるのにさきだち、山田洋次監督が10月3日、東京・丸の内の外国特派員協会で記者たちの質問に答えた。山田監督は「この映画を作るのために50年の歳月が必要だった」と感慨深げに振り返った。

主人公の寅さんを演じる渥美清さんはすでに他界しているため、この作品では、甥の満男が「寅さんとの思い出」を回想するという形で物語が進む。「男はつらいよ」の過去の名シーンがいくつも登場し、スクリーン上で寅さんが「復活」する。

試写会の後に開かれた記者会見では、フランスやロシアといった海外の記者や日本の記者から、計10問の質問が飛んだ。山田監督がウィットに富んだ答えを返すと、会場から笑いや拍手が起きた。山田監督の10個の回答はどれも味わい深い内容で、日本を代表する名匠の風格を感じさせた。

ここでは、その10問10答のすべてを紹介したい。

「男はつらいよ」の最新作について話す山田洋次監督(撮影・亀松太郎)
「男はつらいよ」の最新作について話す山田洋次監督(撮影・亀松太郎)

長生きしたから、こういう映画ができた

【Q1】最新作は非常に素晴らしい作品で、非常に詩的な感じもした。この最新作について聞きたい。

僕の作品を観ていただき、お礼を申し上げます。半世紀以上にわたって、何十本もの映画を作ってきましたけど、今度の映画は「初めてこんな映画を作るんだ」と、自分でも驚きながら作りました。いったいどんな映画になるのだろうという不安と期待が、僕の中に撮影中ずっとあったんです。

完成した後に自分の映画を繰り返し観ながら思ったことは、「この映画を作るのために50年の歳月が必要だったんだな」ということです。「長生きしたからこういう映画ができた」というのが、いまの感想です。

【Q2】今回の作品を観ていて、渥美清さんが生きているような感覚にさせられた。もし渥美さんが生きていたら、この最新作を観て、どんなことを言ったか?

渥美清さんがなくなって20年以上もたつんですけど、渥美さんがもしいま生きていて、この映画を観たら「俺、びっくりしたよ」と言うでしょうね、きっと。僕がこの映画を観て感じること。

たとえば、寅さんの妹のさくらを演じるのは倍賞千恵子さんという女優ですが、この人は(映画の)頭のほうでプロポーズされる場面がある。あのときは25歳。現在、彼女は75歳。ほかの俳優さんたちも、そのようにみな、年月とともに歳をとっているのだけれども、ただ、寅さんだけは、不思議と歳をとっていない。

だから、僕にとって、寅さんを愛するファンにとって、寅さんは決して歳をとらない人間なんじゃないか。そういう意味では、たとえば映画俳優でいえば、マリリン・モンローか、チャプリンと比較できるんじゃないかと思ったりします。

【Q3】映画の中で「フーテンの寅」という言葉の翻訳が「free-spirited fool」と訳されていた。本来「フーテン」とは「定まった場所を持たない人」というイメージがあると思うが、英語では「精神が自由」という意味として訳されていた。そのあたりはどう考えていたのか?

まあ、翻訳の問題ですから、なかなか難しいんですけれども、僕は「精神の自由な男」というふうに考えたいですね。それから、表現も自由である、と。

記者会見は外国特派員協会で行われた(撮影・亀松太郎)
記者会見は外国特派員協会で行われた(撮影・亀松太郎)

マドンナ役に山口百恵さんも考えたが、ダメだった

【Q4】寅さんのマドンナはどういう基準で選んでいるか? 山口百恵さんはどうして選ばれていないのか?

「寅さんが恋をするのはどんな女優がいいだろうな」と、たくさんの女優から選び出すんですね。いろんなタイプの女優がいる。実はどんな人でも、寅は恋ができるわけです。だから、選択肢がたくさんある。その仕事は僕にとって楽しい仕事です。

もちろん、山口百恵さんも考えましたけど、彼女は映画に出演することをやめていましたから、ダメだったんです。

【Q5】88歳で映画を作るのは、本当に著しいことだと思う。もし機会があれば、どんな映画を作りたいか?

困ったな(苦笑)。自分の歳のことを考えると怖くてね。「映画どころじゃねえよ」と思ったりするんですけど。でも、アメリカにはクリント・イーストウッド(89歳)という人がいて、まだ頑張っているから、僕も一緒に頑張ろうかなと思っています。

ポルトガルにはマニュエル・オリベイラという監督がいて、日本には新藤兼人という監督がいて、二人とも100歳まで映画を撮られたから、まだまだ希望は持ってもいいんじゃないかと思います(会場から拍手)。

【Q6】50作を作ってみて、シリーズものの難しさはどこにあったか? そして、50作の中で、この作品は脚本が難しかったという作品は?

なんていうか、観客は「また、あの寅さんを見たい」と思ってくるわけだから、その期待を裏切ってはいけない。しかし、なおかつ、裏切らないといけない。それが苦労ですかね。それは「あそこのレストランの料理が食べたい」と言って通ってくるお客さんを相手に料理を作るシェフの仕事に似ているかもしれません。

「俺、こんなもの食べにきたんじゃない」と思われてはいけないんですよね。「そうなんだ。こういうのを食べにきたんだ。美味しかった」と言われなければいけない。同じように「こんな映画を観たかったんだよ」と思われなきゃけないわけですからね。

もう一つの質問ですけども、苦労したのはやはり、48作目でしたね。渥美さんの体調はかなり悪くなっていて、もうあと2年か3年と言われていた。だから、どうしようか、もうやめたほうがいいのか。それとも作り続けるべきか。その体調の悪い渥美さんに合わせた脚本を書かなきゃいけない。そういうことで随分、悩みました。渥美さんの病気はC型肝炎という病気です。肝臓の病気でした。

東京国際映画祭「Japan Now」部門の安藤紘平プログラミング・アドバイザーと言葉を交わす山田監督(撮影・亀松太郎)
東京国際映画祭「Japan Now」部門の安藤紘平プログラミング・アドバイザーと言葉を交わす山田監督(撮影・亀松太郎)

正直言って、嬉しいことばかりの世の中ではない

【Q7】映画の中で「生きていて良かったと思うことが、そのうちあるさ」というセリフがある。監督が「生きていてよかった」と思うことは?

弱ったな(苦笑)。正直言って、そんなに嬉しいことばかりの世の中には、僕は生きていないと思いますよね。世界の情勢は喜ぶべき状況にはない。日本の国内の問題でもいい、外国の出来事でもいい、あるいは、国際的な出来事でもいいから、「ああ、良かった。俺はこの歳まで生きていて良かった」と思えるような時代まで、僕は生きていられたらいいなと思います。そういうことが一番大事なことじゃないかと思っています。

【Q8】50作目の主人公・満男(みつお)について聞きたい。満男は前作まで「靴の営業」をしていたのが、今回は「作家」となっていた。仕事を変えた意図について聞きたい。そこに寅さんの影響はあったのか?

(しばらく考えて)そうねえ。満男がいま、どんな仕事をしているか。選び方はたくさんあったんでしょうけど、どんな仕事でも物語は成り立つと思うんですけど、そんな中で、ようやく小説家として飯を食えるようになったというシチュエーションが一番いいんじゃないか、と。それはつまり、満男が寅さんから受けた影響、寅さんから学んださまざまな人生についてのこと、いかに食えるかという課題を表現するために、彼は小説家になった。それで、作家にするといいんじゃないかと思ったわけです。

絶対に作家でなければいけないということはない。それはあくまで、物語の都合でそうなったということなんですけど、その選択はそんなに間違ったことではないと思っています。

作品に満足しているためか、山田監督は何度も柔らかい笑顔を見せた(撮影・亀松太郎)
作品に満足しているためか、山田監督は何度も柔らかい笑顔を見せた(撮影・亀松太郎)

現代の人間は、寅さんと別の時間を生きている

【Q9】山田監督は昔、最初のころの映画で寅さんを殺してしまった。それで、周りからの批判に応えるために「なんとかしなければならない」ということで、シリーズを作った。今度も「お帰り 寅さん」のシリーズ化を考えているか?

このシリーズの中で、寅さんが死んだんじゃないんです。映画のシリーズが始まる2年前に、テレビドラマのシリーズとして、僕は脚本を書いていたんです。もちろん、主演は渥美清さんでしたけど。その26回にわたるシリーズの終わりで、寅さんが死んでしまうという終わり方をつけたんです。毒ヘビに噛まれて死んでしまう。

それがファンに大変評判が悪くて、猛烈に叱られたんですね。「ひどいことをするじゃないか」とすごい抗議を受けた。それで、僕は反省をして、いったい僕は誰のために作っているんだろうか、と。この人たちが「それでいいんだよ。そういうのを観たかったんだよ」と納得するためにドラマを作ってきたんじゃないか。

大変反省して、「そうだ、映画のスクリーンで生き返ればいい」と。前はテレビドラマだったので、「映画のスクリーンでもう一回、元気な寅さんを打ちだそう」と。そうすれば、お客さんは満足してくれるんんじゃないかと思ったのが、この映画の始まり、つまり、50年前の第1作です。もちろん、50年後に、50作目を作るなんて、そのときは夢にも思いませんでしたけどね。

【Q10】寅さんのシリーズでは、必ず電車や駅のホームが登場するが、これに対する監督のこだわりについて聞きたい。今回は駅ではなく空港が出てくる。それはなぜか?

寅さんは年中、旅をする人間ですから。しかも、車なんか運転できないから、必ず列車に乗る。それも新幹線はあまり好きじゃない。あんな速いものは嫌だ。だから、在来線のゆっくり走る汽車に乗って、汽車の中でお酒を飲みながら友達を作るのが好き。そういう寅さんだから、どうしても映画の中でしょっちゅう、列車に乗っている場面や駅の別れが繰り返し繰り返しあらわれたわけです。

列車に乗って旅をするのは楽しいことだから、早く着くことなんか、寅さんにとっては全然喜びではないわけですね。早く着いてしまうのに、なぜ高い料金を払わなきゃいけないのか。そういう寅さんと別の時間を生きているのが、満男や泉たちという現代の人間。だから、彼らの旅は空港で、飛行機ということになるわけですね。

長いシリーズの中で、寅さんはたった一度だけ、飛行機に乗ったことがあります。沖縄に行かなきゃいけないことになってしまって、「飛行機は怖いから嫌だ」というのを、なんとかみんなが納得させるのに大騒ぎして、最終的には空港で美しいスチュワーデスが「どうぞ、どうぞ、怖くありませんよ」と言ったので、後をついていった。そういうことでようやく乗れた。それが、寅さんと鉄道の縁です。

(追記)

記事公開後、「男はつらいよ」に詳しい読者から「寅さんはほかにも飛行機に乗っている」という指摘がありました。41作目の「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」で、寅さんはウイーンに行っているということです。沖縄旅行のときのドタバタの印象が強かったため、山田監督の頭から、この作品のことが抜け落ちてしまったのかもしれません。