Yahoo!ニュース

東北最後のキャバレー「白ばら」を救え! 東京の主婦パフォーマンス集団「コマエンジェル」が応援公演

亀松太郎記者/編集者
東京からやってきた13人の女性が「白ばら」のステージに立った(撮影:長岡信也)

北海道・東北でただ一つ生き残ったキャバレー。そう呼ばれた山形県酒田市の「白ばら」が閉店したのは、昨年12月のことだ。昭和の香りを強く漂わせた「大人の社交場」として営業を続けてきたが、客足の減少は止められず、57年の歴史に幕を閉じた。だが地元では、この「昭和の遺産」をなんとか残していきたいという動きがある。

かつて山本リンダや千昌夫といった大物歌手も立ったことがあるステージは、まだ死んでいなかった。11月19日の夜には、この舞台で久しぶりに大がかりなイベントが開催された。東京都狛江市を拠点に活動する主婦パフォーマンス集団「コマエンジェル」が遠路はるばるやってきて、約300人の観客の前で歌やダンスを披露したのだ。12月にも別の音楽イベントが予定されている。

●山本リンダも歌った「昭和のキャバレー」

キャバレー「白ばら」が港町・酒田の歓楽街に誕生したのは1958年。最盛期の1970年代には約90人のホステスが在籍し、27のボックス席は大勢の男性客で賑わった。元店長の本間邦夫さんは「100人ぐらいのお客さんで常時、満席でした」と振り返る。

「白ばら」の入口。キャバレーの営業は昨年12月に終了した
「白ばら」の入口。キャバレーの営業は昨年12月に終了した

奥のステージでは、華やかな歌やダンスのショーが繰り広げられ、数多くの歌手やバンドが登場した。いまも店の入口には、山本リンダなど有名歌手のサイン色紙が飾られている。

しかし昭和が終わり、バブル景気が崩壊すると、白ばらの経営は年々厳しくなっていった。キャバクラなど新しいナイトスポットの台頭も受け、全国のキャバレーが次々と閉店していくなか、白ばらも苦戦を強いられた。ホステスは5人まで減った。

他店の消滅によって、結果的に「北海道・東北で唯一のキャバレー」の称号を手に入れた。それにより少し息を吹き返したものの、長くは続かない。2015年12月30日、白ばらは半世紀に渡る営業に終止符を打った。

●レンタルスペースとして再出発したが・・・

ところが、老舗のキャバレーが消え去ることを受け入れられない人たちもいる。

酒田市内の旅館経営者・佐藤仁さんは地元の有志に呼びかけて、今年3月から「Save the 白ばら」というプロジェクトを始めた。活動には、人気バンド「上々颱風」のボーカルとして知られる酒田市出身の歌手、白崎映美さんも加わった。

「白ばらを維持していくには、電気代などの費用がかかります。それを賄うために、毎月、白ばらでイベントを開いていこうと考えました」(佐藤さん)

白ばらの「ボックス席」のソファに座ってステージをのぞむ
白ばらの「ボックス席」のソファに座ってステージをのぞむ

カラオケ大会や撮影会などのイベントのほか、同窓会や謝恩会などのレンタルスペースとして地元の人々に利用してもらい、白ばらに親しんでもらおうという狙いだ。だが、思うように集客できなかった。

「半年やってみたけれど、赤字が続き、心が折れそうになりました」

佐藤さんはそう打ち明ける。

●東京と酒田が「昭和」でつながった

そんなとき、佐藤さんのもとに一つの提案がもたらされる。

「白ばらで、コマエンジェルの公演をやってみてはどうか」

提案したのは、東京在住の編集者・氏家英男さんだ。氏家さんは、日本酒「上喜元」で知られる酒田酒造(酒田市)の親戚筋にあたる。同酒造の代表だった祖父は、地元経済界の面々と一緒に白ばらをよく利用していたという。

そんな酒田との縁をもつ氏家さんは、9月上旬にコマエンジェルの10周年公演を見て感動し、「白ばらでやったら面白いのではないか」と思いつく。そして、コマエンジェルの中心メンバーである義妹を通じて打診するとともに、酒田旅行の際に知り合った佐藤さんに企画を提案したのだ。

コマエンジェルは中高年女性の「自虐ネタ」をおもしろおかしく演じるのが特徴だ
コマエンジェルは中高年女性の「自虐ネタ」をおもしろおかしく演じるのが特徴だ

東京郊外に住む熟年主婦を中心にしたパフォーマンス集団「コマエンジェル」と、東北最後のキャバレー「白ばら」をつなぐキーワード――それは「昭和」だ。

「コマエンジェルが10周年を記念して演じた『幾星霜』は、自分たちが生まれ、その母たちが様々な思いを抱えながら育ててくれた『昭和』という時代へのオマージュでした。まさに『昭和』を生きた白ばらにピッタリだと思ったのです」

氏家さんは、コマエンジェルの白ばら公演を提案した理由について、こう説明する。

●「キャバレーで踊ってみたかった」

白ばらのステージに立つことになったコマエンジェルは、その名が示すように、東京都狛江市を拠点にした主婦たちのパフォーマンス集団である。メンバーの多くは、アラフォー、アラフィフの昭和世代だ。

主婦といっても、若いときに演劇や踊りに本格的に取り組んだ者が多く、エンターテインメントのレベルは高い。そのパワフルな歌とダンスに加え、「更年期」や「オバさん」などの自虐ネタをおもしろおかしく表現する一風変わったパフォーマンスで注目を集めている。

今年9月に狛江市で開いた10周年公演では、延べ1000人を超える観客を集めた。地元ではチケットがすぐに完売するほどの人気を誇るコマエンジェルだが、東京以外の他府県に出向くのは、今回の酒田公演が初めてだった。

「小さな子どもがいるような主婦にとって、遠征は金銭的にも時間的にも負担が大きく、大変なんです」。コマエンジェル代表の平美和さんはそう説明する。

白ばら公演では「キャバレー」らしいダンスも披露された
白ばら公演では「キャバレー」らしいダンスも披露された

今回は、酒田市で旅館を営む「Save the 白ばら」の佐藤さんが宿泊先を提供してくれたが、往復の交通費は自腹だった。東京の自宅をしばらく空けるには、家族の支援が必要だ。にもかかわらず、500キロ離れた酒田へ遠征することにしたのは、なぜか。

平さんは「白ばらを守ろうとする酒田のみなさんの熱い気持ちに心を打たれた」という理由とともに、「キャバレーという場所で一度やってみたかった」というエンターテイナーならではの動機をあげた。

●満員の観客が「熟年主婦」の歌とダンスに熱狂

この日のためにコマエンジェルが用意したのは、「幾星霜 白ばらバージョン」と題した歌とダンスのショーだ。10周年公演で好評を博した演目を、白ばらのためにアレンジした。

キャバレー「白ばら」を愛した元バンドマンが、そこで共演したアーティストたちの歌や踊りを回想するというストーリー。コマエンジェルの熟女たちは、ネオンの光で妖しく照らされたステージの上で、昭和を代表するヒット曲を賑やかに歌い、キャバレーにふさわしい妖艶なダンスを踊ってみせた。

約130人収容できる白ばらのボックス席は1部、2部とも満席で、通路に置かれた丸イスで見る人も出るほどの盛況だった。かつての白ばらと違い、女性客や子ども連れもいた。みな楽しそうにステージを見つめていた。ショーが終わると、盛大な拍手が沸き起こり、「ブラボー!」と叫ぶ声が飛んだ。

来場客が行き交う通路の壁に「山本リンダ」とサインされた色紙が飾られていた
来場客が行き交う通路の壁に「山本リンダ」とサインされた色紙が飾られていた

終演後、来場客に感想を聞いてみた。90代の義母と一緒に、初めて白ばらを訪れたという地元の女性が声を弾ませて語る。

「キャバレーは男性が楽しむ場所で、私たちには縁がないと思っていましたが、とても楽しめました。同年代の女性たちががんばっている姿を見て、元気が出ました」

1970年代から80年代にかけて「白ばら」で歌手をしていたという遊佐ひろ子さんは、元ホステスの女性たちと並んで鑑賞した。「本当に素晴らしかった。懐かしいねって言いながら、見ていましたよ」と興奮した表情で話していた。

●12月にも音楽イベントを開催

元店長の本間さんも、コマエンジェルの舞台について「私たちが育ってきたのと同じ状況を作り上げてくれました。昭和の遺産であるキャバレー文化を本当に具現化していました」と感激していた。

今回は、コマエンジェルが初の地方公演を行うということで、東京からも多くの観客が詰めかけていた。「コマエンジェルのみなさんのおかげで、山形以外の人たちにも『白ばらはまだ生きているよ』と伝えていく可能性を広げることができました」。プロジェクト「Save the 白ばら」を苦労しながら続けてきた佐藤さんはそう話した。

「白ばら」の元店長・本間邦夫さん
「白ばら」の元店長・本間邦夫さん

「白ばらの根っこはまだ生きている。いつかその根っこの上に芽が出る日が来れば・・・」

これは、昨年12月に閉店したとき、本間さんが来場者向けの挨拶で口にした言葉だ。それから1年がたとうとする今も、白ばらはなんとか生命を保っている。

今後は、集客力のあるイベントを継続的に開いていけるかどうかがカギとなる。白ばらでは、さらに弾みをつけようと、12月10日と11日に「白崎映美×ますむらひろし シャノアール・ナイト」と題したアートと音楽のイベントを開催する予定だ。

12月には、地元出身の歌手・白崎映美さんらのイベントが企画されている
12月には、地元出身の歌手・白崎映美さんらのイベントが企画されている
記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

亀松太郎の最近の記事