『風俗』や『水商売』から大きな経済を見てみるということ

(ペイレスイメージズ/アフロ)

■夜の世界の『景気』を見る視点

今年も残す所一ヶ月となりました。夜の世界側から社会で起きている現象を伝えるという仕事をしていますので、今年の傾向を簡単に振り返ってみようかと思ってる最中、面白い記事を発見しました。

ネオン街から女の子が消えた…銀座のママと振り返る「平成30年史」地価乱高下、交際費は激減、店舗も半減

この記事の注目すべき点は、夜の世界に関わっているキャストさんの立場で語られているものではなく、経営者側の視点と本音で景気に関する話が取り上げられていることかと思います。

■夜の世界の『個別のストーリー』は書き手にとってのドーピング

『風俗的』なテーマというものには爆発力が実装されており、(「ピンク色の火薬」と呼んでいます)対象を問わず好奇心を刺激する力がある為、記事内容の良し悪しに関わらず注目を受け、クリックされ、閲覧数が伸びる傾向があります。そうした性質はメディアに利用(活用)されており、『貧困だから風俗を選択~』この様な報道が乱発されていたのがここ2年位の傾向でした。みなさんも一度や二度ではすまないくらいには目にされたのではないでしょうか?

しかし、夜の世界に関わる誰かの個人的な話というものは実はちょっとアンテナを張れば誰にでも手に入れることが出来るものです。性風俗産業のみの話ですが、キャストさんの数は推計値ですが約30万人ほど存在しているわけで、これだけの数があれば書き手が個別のストーリーを得ること自体はそう難しくはないことだと思いませんか?

個別のストーリーであれば手に入れることは容易で、さらに記事に混ぜればある程度の注目が約束されている夜の世界のストーリーというものは書き手にとってはドーピングのような機能を果たすのです。

■『貧困×風俗』報道の収まり

ただ今年は『風俗』を絡ませた記事が乱発される傾向は収まってきた印象を受けます。私たちも去年と今年では明らかに取材依頼の件数が減っています。この傾向が示していることを推測すると下記の3つの理由が思いつきます。

1)読者が読み飽きた

2)貧困が理由という実態が減った

3)記事が出ても社会に影響なかった

おそらく(3)の影響が特に大きいと思っています。せっせと夜の世界に関わる女性にインタビューし記事にして読まれたとしても、

「では社会を良くするにはどうすれば良いのか?」

が示されてこなかったことが多く、読み物として読まれはするが、消費されるだけで社会を変えるヒントにはなり得ていない。では、夜の世界を覗き見て書かれる記事はもう閲覧数以外に価値はないものになってしまったのでしょうか?

■ストーリーから経済を読み解く場へ

実はストーリーこそ語られていますが、貧困を理由に風俗の世界へ至ることになった女性が増加しているといったデータは存在していないのです。好景気のときにはキャストが減り、不景気のときにはキャストが増えるといったデータもありません。「貧困だから風俗等に身を売る」と言った悲劇的なストーリーがあってほしいという世の中の希望やドラマや小説などで付加した先入観の影響が強すぎるだけなのです。

一方このようなデータは存在します。季節に合わせて風俗店の売上が変動することを示しているデータです。

風俗店の年間売上傾向を表すグラフ
風俗店の年間売上傾向を表すグラフ

出典:GrowAsPeople調べ都内某派遣型風俗店売上状況より

前述の記事でも語られていますが、夜の世界のお金の流れは市場の動きと相関しています。好景気には客が増え、不景気のときは客足が遠のく。ボーナスが手に入る夏と冬は売上が伸び、そうでない月は売上が減る。例えば、グラフを見ると来月12月は夜の世界の稼ぎ月なのようです。これって世の中的には当たり前の現象だといえます。夜の世界だからこと景気に左右されないということはありえません。むしろ感情に流されない、お金の流れこそ現実を正しく表す唯一の指標といえます。

夜の世界においても、風俗に至った個別の動機を探るより、現状の稼ぎがどういう状況にあるかを聞き出すことで世の中の流れが見えてくるでしょうし、記事の通り、夜の世界の経営者が見ている世界の現実というものも大変興味深く、リーチすること自体は難しいことですが、お金の流れを管理している立場であり、表に出てこないデータが蓄積しやすい夜の世界を俯瞰している経営者側が保有している情報の濃度はとても高いものがあります。

夜の世界の実態を調査し、社会に影響力のある記事を書きたいと考えるのであれば、すでに乱発され、読み手にも飽きがきている(かもしれない)個別のストーリー記事よりも、市場を俯瞰した経営者の本音を丁寧に聞き出す取材をメディアは敢行していただきたいと思います。

夜の業界を特殊なあちら側の世界とするのではなく社会の現実を映し出す鏡のように活用することは、現実を知る手がかりになりうると私の立場から思っています。