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空き家件数が過去最高を記録。「信用」を借りて市場に流通させる試みとは

甲斐かおりライター、地域ジャーナリスト
(Photo AC)

移住したいけれど住む家がない、という話を地方ではよく耳にする。実際に空き家がないわけではない。空いてはいるけれど「知らない人に貸すのは不安」「仏壇が残っている」「息子がお盆に帰ってくる」などの理由で、物件として市場に出てこない。そうした空き家予備群が、地方にはたくさんある。

総務省統計局の「平成30年住宅・土地統計調査」によれば、いま日本の空き家の数は846万戸。これは総住宅数の13.6%を占め、過去最高を記録した。

これからますます増える空き家をどう利活用していくか?は全国、どの地域にとっても大きな課題だ。貸すも売るもしないまま家が朽ち、持ち主が不在となれば自治体の財政を圧迫する。

各地でさまざまなトライが始まっている。今回は、熊本県合志(こうし)市に半官半民の形で設立された「こうし未来研究所」を紹介したい。各地の取り組みを追う第1弾。

こうし未来研究所HPより
こうし未来研究所HPより

■「こうし未来研究所」ができるまで

「株式会社こうし未来研究所」は、熊本市のお隣、合志市の空き家対策や公的不動産の有効活用を中心に進める「まちづくり会社」として、2015年4月に設立された。

合志市は2006年に旧合志町と旧西合志町が合併してできた、人口約6万2,000人の市。車を走らせると、農地や住宅街の平らな空間が広がる。ただし市の9割が「市街化調整区域」(積極的な市街地開発ができないよう規制の設けられた地域)にあたり、空き地や空き家を売りにくい要因になっている。残り1割の市街化区域のほとんどが住宅用途地域で、そこに人口の7割が住む。

一方、立地には恵まれており、熊本市のベッドタウンとして住みたい人は多く、移住者は増えている。家を買いたいという問い合わせも多いが、充てられる物件が多くない。空き家はあっても売る物件がない状況にある。

合志市竹迫城跡公園(Photo AC)
合志市竹迫城跡公園(Photo AC)

もともと地元の不動産会社の後継者であり、現・こうし未来研究所のタウンマネージャーの上田耕太郎さんは、合志の家不足は全国的な空き家の課題とも共通性があると考えていた。

「総務省が2016年に出した空き家の数が820万戸。初めてこの話を聞いたとき、不動産業に携わる者として、率直にそんな数売り切れんやろうと思ったんです。何とか自分の地域で解決に向けて働きかけたいと思っても、不動産業の仲間には、それはいつ金になるのか、売上の立つ見込みがないと言われることが多くて、民間だけではこの仕事は進まないという感触がありました」

こうし未来研究所、タウンマネージャーの上田耕太郎さん。(筆者撮影)
こうし未来研究所、タウンマネージャーの上田耕太郎さん。(筆者撮影)

そこで考えたのが「行政の信用力を生かせないか」ということ。ただし、市がすんなり受け入れてくれたわけではない。

「はじめは聞いてもらえなかったです。空き家対策って移住定住対策として行われるケースが多いので『うちは順調に人口は増えています』と言われてしまって。当時は担当する課もありませんでした。それでも市長を含めて議員の皆さんと意見交換する中で、うちの市でも空き家の問題はやっぱり課題だというところに行き着いて。であれば半官半民の組織で進めていくのがいいんじゃなかろうかという話になったんです」

■市に貸してもらうのは、お金じゃなく「信用」

そうして設立されたのが「こうし未来研究所」である。短期的な利益でなくまちの発展を長期的に見てメリットと考えられる、11団体が出資。持ち株比率は市が23%、商工会15%、都市ガス会社15%、工業団地10%、ほか大学や金融機関、協同組合、地元テレビ局などが5%ずつ。純粋な不動産業者は一社も入っていない。

代表取締役には合志市の副市長・濱田善也氏が就任し、上田さんは会社のタウンマネージャーとして、空き家対策事業の企画・運営を任されている。

「あくまで自分の本業とは一線を引き、後ろで付いているという形です。ただ、事業が進んでいく中で不動産業を行う実働部隊も必要になり、不動産部門として『株式会社こうし未来開発』を2018年に設立しました。メンバーも研究所のメンバーが兼ねています」

こうし未来研究所は、ひとことで言うなら「空き家対策を軸としたまちづくり会社」。空き家の相談窓口や空き家バンクの運営を市より受託し、市では行えない収益性のある事業を、シンクタンク兼事業推進のプレイヤーとして行っている。主な仕事は

(1)重点土地利用区域のエリアマネジメント

(2)空き家対策事業

(3)PRE(公的不動産)包括事業

に分けられる。

こうし未来研究所HPより
こうし未来研究所HPより

(2)の空き家対策事業としては合志市の空き家対策計画を策定。老朽化の進む団地の新陳代謝を進めるために、空き家の予防対策などを明確化した。

たとえば市が独自で実施した実態調査では空き家は260件にすぎなかったが、2013年、総務省の住宅土地統計調査で出た空き家数は740件。この差こそが、「荷物や仏壇がある」「たまに使っている」という理由で放置されている住宅で、すぐには空き家対策特別措置法(*1)の対象となる“特定空き家”にはならないが、将来的にそうなる可能性の高い「空き家予備軍」。この空き家予備軍をスムーズに市場に出してもらい、流通にのせることが、こうし未来研究所の大きなミッションになっている。

(*1) 2014年11月に成立した「空家等対策の推進に関する特別措置法」。 “特定空家等”として認定された空き家の所有者に対し、行政は修繕または撤去の指導、勧告、命令を行うことができる。

■家主の心のハードルを軽くする無料の「空き家専用ダイヤル」

空き家を放置しないためにもっとも大切なのは、家主の意思だ。そのため講座や相談会も行うが、大きいのは市のサービスとして始めた「空き家専用ダイヤル」。無料でいつでも空き家に関する相談を受け付ける。

「不動産会社では成約しないと手数料が頂けないので、どうしても早く売んなっせ、となってしまうのは仕方ないことです。でも家主さんは、まずどの程度の価値か知りたいだけなのに、不動産屋に相談したら売らなきゃいけないんじゃないかとプレッシャーを感じてしまうんですね。

大事なのは、心のハードルを軽くしてあげること。うちは市の委託事業なので、安心して気軽に相談してくださいと。市に借りるのはお金じゃなくて、信用力です」

こうし未来研究所を窓口にした相談の結果、ほかの不動産会社を通して売買に至ってもOK。研究所は地元の不動産会社の競合ではないからだ。むしろ、研究所が行政の持つ信用力で空き家を発掘し、不動産市場に新しく物件を提供する役割を担っており、地元の不動産会社とは協業関係にある。

「うちは不動産で利益を出すだけの会社ではないので。空き家を放置しないことを第一義にしています。地元で取り扱ってくださる不動産会社がほかにいない場合に、うちの不動産部門であるこうし未来開発を通すこともできますよ、というスタンスです」

問合せ窓口を担う谷里美さんは、以前は市役所の生涯学習課で高齢者向けの市民講座などを担当。高齢者の多い所有者に対応する上で、不動産のプロより適しているという判断から来てもらったという。(筆者撮影)
問合せ窓口を担う谷里美さんは、以前は市役所の生涯学習課で高齢者向けの市民講座などを担当。高齢者の多い所有者に対応する上で、不動産のプロより適しているという判断から来てもらったという。(筆者撮影)

現在、相談問合せの数は、年に80〜100件程度。2019年をふりかえると、多いのは家を「借りたい」「買いたい」が多く、合わせて全体の69%を占める。家主から「貸したい」「売りたい」という相談は7%のみ。ところが「法律相談」や「近隣空き家の苦情について」など残りの24%が、その後「空き家をどうするか?」につながり、最終的には市場に出す大きな導線になっている。

「たとえば、最近多いのは県外からの問い合せです。ご両親が施設に入られたり亡くなられて空き家になると、草が伸びてクレームが役場に入り県外の子どもさんに連絡がいくんですね。するとうちにかかってきて、取り急ぎシルバー人材センターなどをご案内しますが、売ることも考えませんかと話をするわけです」(谷さん)

相談を受ければ、まず建物調査を行う。研究所としては査定額を出すことはしないが、耐久性、耐震、傷んでいる箇所、市街化調整区域かどうか、相続が終わっているか、空き家バンクに登録可能かなどのレポートを提出。持ち主が売買を判断する材料を提供する。

■リノベーションしてサブリースする

一方で、空き家を市場に出す際、リノベーションも一つの章壁となる。古い家のままでは間取りなど若い人たちが住みづらい点が多い。そのため研究所がリノベーションしてサブリースするしくみも始まっている。

こうし未来研究所HPより
こうし未来研究所HPより

市から借り受け、サブリースするケースも。もともと雇用・能力開発機構が求職者向けにつくった集合住宅を、研究所がほかのリノベーション会社と協業で改修し、新しく「ファーストプレイス合志」として入居者を募集。熊本地震の直後で、みなし仮設住宅としての役割を果たしたこともあり、すべての部屋が埋まった。市にも研究所を通して、法定の行政財産使用料程度の賃料が入る。

「ファーストプレイス合志」のリノベーションされた一室。(こうし未来研究所提供)
「ファーストプレイス合志」のリノベーションされた一室。(こうし未来研究所提供)

ゆくゆくは一般の方の持ち家を研究所で改修し、賃貸に出すケースも増やしていきたい。欧米では古い家でも自分で壁を塗るなどDIYして住むのが一般的だが、日本ではまだまだ新築志向が強い。

上田さん「私ども不動産会社の反省点でもありますが、中古物件や賃貸物件に住みたい家が少ないんですよね。今までは、住みたい家に住むには自分で新築しなきゃならなかった。でも今は、賃貸でも住みやすくしたい、家は持たなくていいという考え方が出てきて、それに対して不動産会社が、十分に提供ができていないんだと思います」

2019年末までのこうし未来研究所のオフィス。現在は旧西合志庁舎「ルーロ合志」に移っている。(筆者撮影)
2019年末までのこうし未来研究所のオフィス。現在は旧西合志庁舎「ルーロ合志」に移っている。(筆者撮影)

上田さん「オーナーの説得ができない、オーナーも理解を示さない人が多い。日本では家主が家を貸すことに慣れていないので、家主(やぬし)業はしたこともないし、したくないと。でも、これから空き家がいっぱい出てくる時代になったら、日本中の人が不動産で家主業をする可能性が出てきます。家主業が広がれば、オーナーが住む人のことをもっと考えるようになると思うんです」

ここでも壁になっているのは、家のオーナーの意識。だからこそ家主に対して、密に対応することが、一見アナログで手がかかるようだが、空き家を生かすもっとも有効な第一歩なのかもしれない。

■土地の価値を維持するだけでなく、より魅力的に

個人の家だけでなく、公共施設の有効活用も進めている。

たとえば庁舎統合により、利用されなくなる西合志庁舎(旧西合志町役場)をリノベーションし、新たな施設として地域の企業に貸し出す事業を始めた。

「行政では今、PRE(Public Real Estate)といって、必要な不動産とそうでない不動産を見極め、機能を停止するもの、更新し続けるものを決める流れがあります。うちの市でも庁舎として機能がなくなる西合志庁舎をどうしようかという課題がありました。200人以上が働いていたビルから一気に人がいなくなれば、職員さんだけでなく周囲のコンビニや居酒屋などにも影響があります。でもここも市街化調整区域なので、新しく事務所はつくれない。であればリノベーションして利活用しましょうと」

そこで、市がこうし未来研究所に貸し付け、研究所が改装して地域の企業に貸し出すという形態を取った。地域の企業が経済活動を行い、その家賃で改装費をまかなう。そうすれば市として維持管理コストがかからず、地域にとっても新しいビジネスタワーができて活気づくのではというアイディアだ。

旧西合志庁舎は、2019年12月に「ルーロ合志」という新しい複合施設として生まれ変わった。現在、テナントは8割埋まっており、パソコン教室などの個人事業主、商工会、金融機関の支店、フィットネスクラブなど。こうし未来研究所のオフィスもここに移っている。

「ルーロ合志」の模型。(筆者撮影)
「ルーロ合志」の模型。(筆者撮影)

家賃で赤字は出ないよう事業計画を立てているが、研究所の経済活動としては、それほどうまみがないようにも思われる。

「ルーロ合志」外観。(こうし未来研究所提供)
「ルーロ合志」外観。(こうし未来研究所提供)

「この土地の価値を維持するためだけでなく、より魅力的にするためにすることを考えた結果ですね」

行政が入ることで信用力を得て、民間が主導し、大きくは儲からないまでも赤字を垂れ流さない循環型の経済活動につなげる。地域内の不動産の流動性を高める、一つのモデルケースと言えるだろう。

※この記事は『SMOUT移住研究所』に同時掲載の(同著者による)連載記事「移住の一歩先を考える第4回」です。本連載「移住の一歩先を考える」では、各地で始まっている移住や地域の活動事例を紹介しています。

ライター、地域ジャーナリスト

地域をフィールドにした活動やルポ記事を執筆。Yahoo!ニュースでは移住や空き家、地域コミュニティ、市民自治など、地域課題やその対応策となる事例を中心に。地域のプロジェクトに携わり、移住促進や情報発信、メディアづくりのサポートなども行う。移住をテーマにする雑誌『TURNS』や『SUUMOジャーナル』など寄稿。執筆に携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(朝日出版社)、『「地域人口ビジョン」をつくる』(藤山浩著、農文協)、著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス)『暮らしをつくる』(技術評論社)。

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