古いと捨てた島の日常に未来の資産がある。鹿児島県上甑島の豆腐屋の軌跡 【地域の経済】

築100年の建物を改修した「山下商店」。(写真:酒井咲帆/ALBUS 以下全て)

 日本各地で人口が減り、耕作放棄地や空き家が増えている。小さな地域の維持が難しくなる中、どう暮らしを成り立たせていくか。頭を悩ませる地域は多い。先駆的に実践を始めている企業・行政から、これからの時代を生きる考え方とノウハウを学ぶ。

 鹿児島県薩摩川内市、上甑島(かみこしきじま)。川内港から船で50分、上甑、中甑、下甑と並ぶ甑島列島の一番北に位置する人口約2500人の島だ。山下賢太さんの営む「山下商店」は上甑の里集落、平屋造りの家が立ち並ぶのどかなエリアにある。小さな店ながら、豆腐の製造販売、加工品の開発、カフェ、観光ガイド、民宿、飲食業とさまざまな事業を展開し続けてきた。山下さんは島で生まれ育ち、高校から島を出て京都の大学を卒業後、7年前(2010年)に島へUターンし、2012年に「東シナ海の小さな島ブランド社 - island company」(以下、IC社)を設立。

 島へ戻って初年度の収入は無人販売所の空き缶に入っていた野菜代の800円のみ。だがこの7年間で、IC社の売上を年間5000万円規模の企業に成長させた。

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「思いだけでは大切な場所を守れない」。17歳で気付いた、経済とまちづくりは切り離せないこと

 すべての事業に共通しているのは、“島の風景を取り戻す”というビジョン。それは山下さんが17歳の時に直面した、原体験から生まれたものだ。

「1990年頃まで島には昔、波止ん段(はとんだん)と呼ばれる場所があって、夕方になると島の人たちが集まってのんびり世間話をする憩いの場でした。天気の話や、どこの船が大漁だったなど他愛ない会話ですが、僕はその場所が大好きだったんです」。

 高校進学のために島を離れ久々に里帰りしたときのこと。この波止場が工事で壊されている現場に遭遇する。「工事をしていたのは建設会社に勤める父だった。責める僕に父はひと言、お前のためだって」。大切な場所と引き換えに自分が生かされてきた事実にショックを受けた。「思いだけではだめだと、その時わかったんです」。 

 京都造形芸術大学の環境デザイン学科へ進学し、空間デザインを学んだのも、人にとって本当に豊かな暮らしの場とは何かを考えたかったからだ。これまで島では、「目の前の経済」のために町並や建物、島らしい風景を無意識に犠牲にしてきたのではないか。むしろ長い目で見れば、島本来の風景を残すことの方が本質的な価値を高め、島の経済を支え続けていけるのではないかと考えるようになった。懐古主義ではなく、将来も持続できる価値をつくるために、“島の風景を取り戻す”ということだ。

島の人たちが夕涼みに集まっていた「波止ん段」に、かつてのような賑わいはない。
島の人たちが夕涼みに集まっていた「波止ん段」に、かつてのような賑わいはない。

島の風景を取り戻す”を実現するために

山下商店の店内にて、娘さんと。
山下商店の店内にて、娘さんと。

かつてあった「島の当り前」や「日常風景」に光を当てる。そのために荒れた田んぼを再生し米づくりをしながら、まずは手づくり豆腐の店を開業した。

毎週3回、月水金は豆腐屋の仕事で忙しい。自ら朝3時には工房に立ち、朝9時にはワゴン車に豆腐や油揚げを積んで島内を行商してまわる。豆腐屋のラッパをぴーぷーと鳴らすと、年輩のご婦人方がボールを手に次々と現れる。昔ながらの手づくり豆腐は一丁180~350円とスーパーより高めだが「今はこうした豆腐の方が手に入れるのが難しいんよ。こっちの方がおいしい」とお年寄りたちは口々に言う。

「子どもの頃は、毎朝近くの豆腐屋さんにおつかいに行くのが僕の日課でした。湯気の立ちこめる中、朝早くからみんな働いていて。今思えば、それは働く大人の背中を見る貴重な機会だったんじゃないかといます」。

 豆腐屋の建物も、カフェなど人の集まる場にすることを見据えて築100年以上の古民家を改修。新築の方が安くつくと周囲にアドバイスされたが、窓枠など昔ながらのつくりを残すために手間とお金をかけた。

「島の人たちに聞くと、ここは以前、氷屋さんだったらしいんです。みんなここでかき氷を買ってその縁側で遊んでいたって。そんな記憶に光を当てて大切にしていくことが、島の豊かさを守ることになるんじゃないかと思う」。

それが50年先、100年先、経済的にも島の価値になると考えている。

「山下商店」の外観。窓が大きく店内は開放的。
「山下商店」の外観。窓が大きく店内は開放的。

島の未来は、長期滞在でのんびり過ごせるリゾートに

細い路地のめぐる里集落。丸石の「玉石垣」は甑島ならではの風景だが、今はまばらに。
細い路地のめぐる里集落。丸石の「玉石垣」は甑島ならではの風景だが、今はまばらに。

 そうは言っても「島の風景を経済に結びつけること」は簡単ではない。行き着いた一つの答えが、島全体を長期滞在できるリゾートにするアイディアだ。

 本来リゾートとは、自然の多い保養地でゆっくり過ごす西欧風の休暇のスタイルのこと。日本でリゾートといえば「賑やかな観光地」を創造するかもしれないが、都会から離れてのんびり島の日常を楽しんでもらうことを指す。そのために必要な機能や役割を島内に分散させて、島全体をひとつのリゾート地にする。

「例えばお客さんは山下商店のフロントで鍵を受け取ったら、宿にする民家へ向かいます。これは空き家を活用した貸し別荘のようなもの。そこから歩いて行ける距離にバーもありレストランもある。海辺のハンモックでビールを片手にゆっくりしてもいいし、コーヒーの飲めるカフェやWiFiのつながるシェアオフィスもある。長期滞在も可能です」。

 2015年にはこの実現に向けて布石となる事業を始めた。まずは島宿「藤や」の営業開始。ゆくゆくは、島の空き家を複数のオーナーで所有する「シェア別荘」のような運営を考えているが、まずは自分たちで営業してみることに。一泊朝食付きで5500円。2017年の4月時点で月の3分の2は予約が入っており、週末などの8日間は満室だ。豆腐に比べて単価も高いため、利益率も大幅に上がった。

地魚に山下商店の手づくり豆腐が堪能できる、島宿「藤や」の朝食。
地魚に山下商店の手づくり豆腐が堪能できる、島宿「藤や」の朝食。

 また使われなくなった中甑港の待合所をリノベーションした飲食店「コシキテラス」も2016年4月にオープン。観光客向けに甑島(こしきじま)産のきびなごやえびを使った「断崖バーガー」などのメニューを揃えつつも、ローシーズンを見越して地元の人に日常で使ってもらう工夫もしている。周囲の飲食店とはメニューが重ならないよう配慮し、これまで島では手に入りにくかった焼きたてパンを販売。これが人気となり、初年度の来場者数は11,800人を超えた。

目の前に港が広がる「コシキテラス」の内観。窓が大きくて開放的。反対側にはバーも。
目の前に港が広がる「コシキテラス」の内観。窓が大きくて開放的。反対側にはバーも。
自慢の「断崖バーガー」。甑島産のきびなごやえびを使ったパテがうまみたっぷり。
自慢の「断崖バーガー」。甑島産のきびなごやえびを使ったパテがうまみたっぷり。
お土産品コーナーには甑島産のものだけを集めた。パンの販売は地元の人たちにも人気。
お土産品コーナーには甑島産のものだけを集めた。パンの販売は地元の人たちにも人気。

食べる人の食卓から発想した商品づくり「とうふ屋さんの大豆バター」

とうふ屋さんの大豆バター。甘すぎず、大豆と黒糖の香りのするバター。
とうふ屋さんの大豆バター。甘すぎず、大豆と黒糖の香りのするバター。

 さらには島外からの収益を得るために、甑島産のものを販売することも早い段階から行ってきた。当初は地産品「つけあげ」(さつまあげ)、島でつくられる米などを販売していたが、ヒットしたのが大豆バターだ。商品開発する上で意識したのは、お客さんの食卓から発想することだったという。

「産地直送って言葉は、北海道や沖縄のように名前だけでイメージがわく地域でなければ意味がないと気付いたんです。甑島ではイメージがわかない。だから『甑島のものだから買ってください』という売り方はやめようと。まずはおいしくて、素敵だから食卓に置きたくなる商品をつくる。そうでなければ響かないと思ったんです」

そしてできたのが「とうふ屋さんの大豆バター」。ピーナッツバターの大豆版で甘さ控えめ。豆腐屋の使う大豆を使った、というネーミングに加えて、素朴でデザイン性の高いパッケージが受けてメディアにも取り上げられ、今では月に平均1000本ほど、多い時には約2000本を売り上げる。

あえて「甑島産」であることをパッケージで強調していない。
あえて「甑島産」であることをパッケージで強調していない。

島の外の人たちを楽しく、ダイナミックに巻き込む

 山下さんは島外の人を島の活動に巻き込むのがうまい。「島の人たちにとって、相手が島人かどうかは必要以上に大きな意味をもってしまうもの」と山下さん。だが血縁者や一度島を訪れた人など、島に縁を感じている人は島外にも多い。

 例えばIC社には、島外に「経営戦略本部」と呼ばれる部署のスタッフが4名おり、それぞれ本業をもちながらIC社の名刺をもってプロジェクト単位で携わっている。東京に3人と鹿児島に1人。自己実現やキャリアアップなど、モチベーションはそれぞれだが、島の人間だけではできないプロジェクトの実現に貢献している。

 2017年4月にオープンしたシェアオフィス「しまとりえ」も一部は東京のスタッフが国交省と交渉して実現したものだ。しまとりえとは「島の未来をつくるアトリエ」としてIC 社が新しく手がける公共の場。この事業のみでは利益が出ないが、「藤や」や「コシキテラス」、地域にあるさまざまな場と複合的に連携し、企業研修やシェアオフィスの場とすることを目指している。「企業の30~40代の人たちに島に滞在してもらって、地域のプロジェクトに関わり能力や役割を再発見してもらうような研修があってもいい。数社に話を持ちかけたところ、興味を示してくれています」。

施工中の「しまとりえ」。室内には木製の家の形をした個室(デスク)が設置されている
施工中の「しまとりえ」。室内には木製の家の形をした個室(デスク)が設置されている

島の未来をつくるアトリエ「しまとりえ」

仕事さえあれば若い人たちが戻ってくるという考えには懐疑的

 さらに、2016年の11月に開催された「KOSHIKI FISHERMANS FEST」は山下さんにとっても節目となった。島の漁師が獲りたての魚介を浜焼きして提供する催しで、会場には多くの屋台が設置され、220人以上が島外から来場。第1回目ということもありイベントの収支だけを見れば赤字だったが、山下さんはこれを失敗だったとは思っていない。イベント後、島の空気が大きく変わったからだ。

「これまでじっくり話したことのなかった漁師さんが、おう!ケンタ、楽しかった、またやろうやって声をかけてくれたり、泊まりのお客さんが帰る朝、漁師さんたちが自主的に大漁旗を掲げて見送りの船を出してくれたんです」。

 島へ戻って7年。島の常識や既存のしくみからは一歩距離を置くようにして事業を進めてきた。それが世間で評価されれば、意図せずとも島のやり方を否定しているように受け取られる。よくも悪くも山下さんは目立つ存在だった。「成功するかどうかは別にして、必ず具体的な形を残してきたつもりです。これからは次のフェーズ。島の人たちに主役になってほしい。そのためには島の『空気のイノベーション』が大事だと思っています」

 仕事さえあれば若い人たちが戻ってくるという考えには懐疑的だという山下さん。島に戻ってきたい若者がいた時「応援するから戻って来い」と背中を押せる大人が島内に何人いるか。それを支える前向きな空気が島に満ちているか。山下さんの実践は、目に見える風景や数字だけでなく、島の空気を変えるものに昇華しつつある。

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東シナ海の小さな島ブランド株式会社

ソース:ローカルベンチャーラボ

この記事は「ローカルベンチャーラボ」で2017年5月に掲載された記事を改修したものです。