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働き方改革法案の議論がぜんぜんかみ合わないわけ

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

残業時間管理を完全に外す高度プロフェッショナル制度や残業時間の上限を導入する働き方改革法案が今週にも採決される見通しです。筆者からすれば別に大騒ぎするほどの内容でもないのですが、与野党ともなぜか盛り上がっている様子です。というわけで、よくある働き方改革への誤解についてまとめておきましょう。これを読めば、期待している人も危惧している人も「なんだ、こんなものか」と腑に落ちるはずです。

そもそも、過労死は昔から日本でのみ発生している

野党の中には「時間管理を外すと過労死が増えるから断固反対」という人が多いのですが、ちょっと待ってください。裁量労働なんてなくしっかり時間管理していた大昔から過労死は日本に存在し、終身雇用固有の文化みたいな扱いになっています。嘘だと思う人はGoogleで「Karoshi」と入力してみてください。既に英語として定着していますから。“Geisya”“Harakiri”と同じく、日本にしかない概念なのでそのまま英語になっているわけです。

だから、働き方改革に反対して従来の日本型雇用を守れと言っている人たちは、いったい何を目指しているのでしょうか。Karoshiが守るべき日本の文化だとでも言っているんでしょうか。筆者には全く理解できません。

ちなみに時間管理の外される高度プロフェッショナル制度の対象者は年収1075万円以上の専門職であり、経営側が細心の注意を払って囲い込みに注力するグループです。「使い放題されてもモノの言えない労働者」の対極の存在なのでわざわざ庶民が心配してあげる必要はありません。

そもそも、残業時間の上限は既に定められている

今回の法案では残業時間の上限規制も含まれています。政府は「年720時間、単月100時間未満という上限を作ったから大丈夫」といい、逆に野党は「100時間近い残業を合法化するのか」と反対しています。

でも、どちらも間違いです。従来から日本には「年360時間、月45時間」という、厚労省の作った立派な残業上限が存在していましたから。ではなぜ多くの企業でそれを超過した残業が慢性化してきたのでしょうか。それは労使がわざわざ「繁忙期には政府の作った上限を超えても残業できるようにしましょうね」という特別条項を労使協定で結んできたからです。

だから、労組が言っているのは「我々が暴走して協定を結んでいっぱい残業できるようにしてしまうので、法律で規制してください」と言っていることになります。筆者には全く理解できません。自分で協定を見直せば済む話です。

変えるべきものとは何なのか

そもそも、なぜ日本の労使はわざわざ特別条項付きの協定まで結んで、限界を超えてまで残業できるようにしてしまうのでしょうか。それは、彼らが終身雇用という枠組みを守るためです。

仮に残業時間の上限45時間を厳守するとすれば、(どんな業種でも年に1回はある)繁忙期には企業は新たに人を雇わねばなりません。それは暇になった時に誰かを解雇することを意味します。それを回避するには、新規採用ではなく残業で既存の社員が繁忙期に対応するしかありません。

余談ですが、悪評高い全国転勤も同様ですね。あれも「人員不足の事業所に余剰人員を移すことで終身雇用を維持するための制度」として、労使の間で受け入れられてきたものです。でも専業主婦全盛期ならいざ知らず、共働きが当たり前となった時代、その負担感は労働者にとっては耐え難いものであるはず。

【参考リンク】夫に辞令、続く別居 「子ども、仕事…いま何を優先すべきかが難しい」

要するに、本当に議論すべきなのは「過労死や転勤を甘受してまで、はたして終身雇用なんて死守していく価値があるのか」ということですね。ちなみに筆者は「人は住みたい場所や仕事内容は自分自身で決定すべきだし、会社は我慢しないでばんばん人を雇い、同じくらいのペースでばんばんクビにしていい」と考えています。

「解雇規制緩和して労働市場を流動化する」と言われれば身構える人も多いかもしれませんが、「住みたい場所や仕事を自由に選べ、残業も転勤もない社会」と聞けば、そんなに反対する人はいないのではないでしょうか。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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