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女性活躍のパイオニアは「あきらめない」。娘の預け先に苦労した創業者が興したシッター会社は創立30年に

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
「教育シッター」を育成、派遣するポピンズ創業者は、多くの壁を突破してきました(写真:アフロ)

 4月の第1週が終わりました。育休から復帰した方は、本格的に仕事に取り組みたい頃ではないでしょうか。でも、お子さんが保育園に慣れていなかったり、急に熱を出したりして、なかなか思うようにいかないことも多いです。仕事の方も、責任ある業務を任されると定時に帰るのが難しいことが少なくありません。

 私が職場復帰した10年前、よくお世話になったのは、ベビーシッターさんでした。仕事の締切時期でどうしても夜帰れない時、育休中に作業したい時、良いシッターさんに巡り合ったおかげで、今も仕事を続けられています。

 今回、ご紹介したいのは、ゼロからベビーシッターの会社を創業し、30年間運営してきた株式会社ポピンズ代表取締役・中村紀子さんの自伝です。

中村紀子著『「なぜダメなの?」からすべてが始まる:ポピンズ30年の軌跡』(日本経済新聞出版社)・書影は出版社提供
中村紀子著『「なぜダメなの?」からすべてが始まる:ポピンズ30年の軌跡』(日本経済新聞出版社)・書影は出版社提供

 ポピンズは「ナニー」と呼ばれる教育ベビーシッターを利用者の自宅に派遣するサービスや、保育所の運営、高齢者のケアサービスを手掛けています。現在、社員数は4000名を超え、シッターサービスの法人契約は300社以上、保育施設は全国210カ所で運営しています。

 

 特徴は高級路線。シッターさんも保育園も高品質を追求しています。実は私の元同僚がお子さんをポピンズ運営の保育所に通わせていました。話を聞くと、給食の食材選びから保育の方法まで、とても満足して任せている、ということでした。子どもの預け先について安心できると、親は仕事に打ち込めるので、波及効果も大きいです。

 ところで、中村さんの自伝、タイトルが少し変わっています『「なぜダメなの?」からすべてが始まる:ポピンズ30年の軌跡』(日本経済新聞出版社)

■夫の会社が倒産し仕事に復帰

 新しいサービスを創業する人は、多くの壁にぶつかります。本書は中村さんがその壁をひとつひとつ突破していった記録です。「すごい!」と思うエピソードに付箋を貼ってみたら、ほぼ全ページに付箋がついてしまいました。それは、例えばこんな具合です。

 大学卒業後、テレビ局のアナウンサーになった中村さんは、当時(第一次石油ショックの頃)の慣習に従って結婚退職します。ところが、配偶者の経営する会社が倒産し、生活費にも苦労する状況に陥ります。

 ショックから病気になってしまった夫と、まだ小さい娘さんのケアをしながら、中村さんは家計を支えるため、フリーアナウンサーとして働き始めます。そこでぶつかったのが、娘さんの預け先がないという現実です。

 フリーランスで働いていたため、娘さんは保育園に入ることができませんでした。ご両親の助けを借りたり、自力でベビーシッターさんを何人も面接したり、交代してもらったりして、ようやく5人目に良い方に巡り合えたと言います。

 この経験を踏まえ、ご自身が感じたベビーシッターさんの良いところと悪いところを全てノートに書き留め、会社の経営にも生かしたそうです。普通ならあきらめてしまうような困難にぶつかっても、意思と知力で次々と突破していく様子に目を見張ります。

 仕事と育児の両立は、今でも簡単なことではありません。「無理かな」と思った時、この本を読んでみると、こんな突破の仕方があるんだ…と視界が開けてくるかもしれません。

■イベント会場の託児、先駆け

 「ダメ」と言われたら、がっかりしたりあきらめたりするのではなく「なぜダメか?」考え、ダメな理由をひとつずつ、つぶしていく――。中村さんのポリシーがよく表れているのが、1990年、大阪で開かれた「国際花と緑の博覧会(花博)」でポピンズが手がけた、託児室(キッズルーム)です。

 開催まで半年となったある日、大阪の空港で花博のことを知った中村さんは「親子連れがたくさん訪れるはず」とひらめきます。早速、花博の事務局に赴き、託児施設がないことを確認すると、何があればできるのか調べるのです。

 「お金と場所と花博の理事会の承認」という難関を突破し、安全対策や緊急時の対応が必要と言われれば厚さ1.5センチにも上る資料を作り、利用者から料金を徴収する仕組みを自ら提案。スタッフの確保や教育でも困難を経験しつつ、無事に開設にこぎつけます。利用者は計1万5000人にもなったということです。

 今では、講演会などのイベントや学会など、大人が集まって学んだり楽しんだりする場に託児サービスがつくのは当たり前になりました。本書によると、花博での託児施設は国際博覧会史上第1号ということです。中村さんのようなイノベーターは、新しい価値を提供することで、人々の常識を変えていくのだな、と思います。

■高付加価値の「教育シッター」

 本書には、他にもたくさんのイノベーティブな事例が書かれています。例えば、ポピンズのシッターさんは「ナニー」と呼ばれ、お子さんに教育を提供できること。ある時は走るのが苦手なお子さんに、オリンピック出場経験のあるナニーさんが、託児をしながら走り方のレッスンを行ったそうです。

 付加価値の高いシッターサービスを提供するため、スタッフの教育にも力を入れています。英国にあるナニー専門の教育機関や米国のスタンフォード大学、ハーバード大学の研究成果を取り入れたり、グーグルの託児所を視察したり。最先端の知見をトップの中村さんや経営幹部だけでなく、スタッフたちに浸透させる努力をしています。

 また、最近、ポピンズの後継者になった娘さんの轟麻衣子さんと中村紀子さんの母娘対談も興味深く読みました。カリスマ創業経営者の後継者探しは他社の事例を見ても簡単ではありません。お2人は経営者としての責任感を強く持ち、会社やスタッフ、顧客の未来を真剣に考えて対談をしていました。母娘の信頼感と緊張感のバランスがとても良い感じだと思いました。

 こんな風に、様々な角度から読める本です。ぜひ、働くお母さん、お父さんたちが元気になりたい時に手に取ってみていただけたらと思います。

 

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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