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管理職に知ってほしい「慣らし保育」の重要性。保育事故を防ぐためにも、育休復帰を急がせないで

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
保育園の環境や先生に慣れると、赤ちゃんも楽しく遊びます(ペイレスイメージズ/アフロ)

 新年度が始まりました。今月から子どもを保育園に預けて仕事に復帰する方がたくさんいるでしょう。保育園に入れると決まっても、最初は2時間、3時間と短時間の預かりで、すぐにお迎えの時刻になります。

 新しい環境に「慣れる」ため、子どもにとってこの時期はとても重要です。保育事故に詳しい弁護士の寺町東子(てらまちとうこ)さんに「慣らし保育」の重要性を聞きました。

 保護者はもちろん、育休復帰者を迎える上司の皆さんも、ぜひご一読下さい。

―― 4月2日から保育園が始まり、育休から復帰する人がたくさんいます。保護者は「早くしっかり働きたい」と思うものです。一方、保育園に入園した当初は短い時間しか預かってもらえない…という声も聞きます。

寺町  「早くフルタイム復帰したい」というのは、保護者が職場からのプレッシャーを感じるためでしょう。気持ちはよく分かりますが「慣らし保育」は子どもの安全確保のため、とても重要です。焦らず、お子さんのペースに合わせて預かり時間を延ばしていって欲しいと思います。育休復帰者を迎える管理職の方にも、ぜひそのことを知ってほしいと思います。

インタビューに応えた弁護士の寺町東子さん。保育事故に詳しい。(写真は本人提供)
インタビューに応えた弁護士の寺町東子さん。保育事故に詳しい。(写真は本人提供)

―― 確かに預け始めは、よく泣く子が多いです。それは「安全」と結びついているのですか。

寺町  長年、保育事故の案件に関わってきました。「慣らし保育」を怠ることが事故リスクにつながることを、経験的に感じています。あまり知られていませんが、保育施設で赤ちゃんやお子さんが亡くなる事故は、預け始めの時期に集中しているのです。

 病院や保育施設で急死した赤ちゃんの遺族の方や、支援者が集まる「赤ちゃんの急死を考える会」という団体があります。この会で遺族のお話を伺った時の衝撃を今も覚えています。

 「預けて最初の日に亡くなりました」、「3日目の初めてのお昼寝の時に亡くなりました」というお話が相次いだからです。

―― 私も子ども2人を0歳から保育園に預けて働いてきました。預け始めにそのようなリスクがあるとは知りませんでした。

寺町  保育事故の事例を多数見るうちに、共通のパターンがあることに気づきました。預け始めの赤ちゃんは、分離不安でよく泣きます。知識や経験、ゆとりのない保育者は、静かにさせようとして、赤ちゃんをうつぶせ寝にしてしまいます

 赤ちゃんはお腹が布団に当たっていると、抱っこされている錯覚を覚えて落ち着きます。突然死とされる事例を詳しく見ると、こうした状況で亡くなっていることが多いのです。

 この事実は、医師による研究データからも裏付けられています。

 多摩北部医療センター小児科部長の小保内俊雅先生達による論文「安全で安心な保育環境の構築に向けて」(「日本小児科学会誌」第121巻第7号P1224~1229)では、厚生労働省の事故報告集計をもとに2009~2014年の保育施設における死亡事案を分析しています。

 その結果、登園開始から突然死発症の30%は1週間以内に起きていることが分かりました。また、保育施設で亡くなった1~2歳児は、76.5%が腹臥位(うつぶせ寝)で発見されていました。

 特に1歳前後のお子さんは保護者との愛着形成ができており、人見知りをすることが多いため、預け始めの泣き方が激しい傾向にあります。保育士の数が充分だったり、うつぶせ寝が危険であるという知識を持っていたりすれば、泣く子をそのままにせず、抱っこやおんぶをしたり、きちんと見守るはずなのですが…。

―― 私の子ども達が通った園では、泣いている子は先生がおんぶや抱っこをしたり、寝付くまで、優しく「トントン」したりしてくれました。先生の数が足りていたためかもしれませんが…。

寺町  特に近年は、待機児童対策のため保育施設の数を増やすことを優先する傾向があります。保育所の経営者が、コストを減らすため職員数を国の定める最低基準ギリギリに切り詰めると事故が起こりやすくなります。

 安全の観点から、国が定めた最低基準である1歳児6人を保育士1人で見るというのは、無理があります。1歳児の保育士配置基準は子ども3人に対して保育士1人が妥当だと思います。

―― お子さんの個性もあると思いますが「慣らし保育」はどのくらいの期間、必要なものでしょうか。

寺町  これは人それぞれですが、最低1週間はほしいと思います。お子さんによっては3日くらいで慣れる場合もありますが、2週間目もずっと泣いている子もいます。1人1人の置かれている状態や、家庭でどんな風に育ってきたか影響します。

 都内の事業所内託児所で起きた1歳児の死亡事故を受けて、昨年3月8日に東京都教育・保育施設等における重大事故の再発防止のための事後的検証委員会(委員長・汐見稔幸氏)が「東京都教育・保育施設等における重大事故の 再発防止のための事後的検証委員会報告書」を公表しました。

 報告書のP25に委員会からの「提言2」として、慣らし保育の重要性について言及しています。

子どもが全く違う環境である保育所に通うということは、大人が考えている よりはるかにストレスを感じることから、国は、安全な保育のためにどの程度の慣れ保育や配慮が新入園児に必要なのか、保育現場の裁量に任せず早急に専門的な調査を実施し、とガイドラインを示すとともに、子どもの最善の利益を 考慮した丁寧な慣れ保育を行うことを保育所保育指針に位置付けること。また、 都や区市町村は、慣れ保育の重要性について事業者や保護者に対して啓発する こと。

出典:東京都教育・保育施設等における重大事故の 再発防止のための事後的検証委員会報告書

 大切なのは、新しい環境は子どもにとって大きなストレスであると認識すること、そして「丁寧な慣れ保育」の重要性を事業者や保護者に啓発することと明記しています。

 子どもを預けて仕事に復帰した当初は、ほっとする気持ちと、うまく両立できるか、という不安が合わさった気持ちです。復帰者を迎える職場でも、人手が足りない中で大変かと思いますが、長い目で見ていただき「慣らし保育はどう?」と声をかけてみて下さい。

 大変な時に上司や周囲からサポートしてもらったことは、子育て社員の長期的なモチベーションアップにもつながるはずです。

 

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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