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サントリー「頂」の動画に「怒る理由が分からない」「男の妄想を描いただけ」と思った方々へ

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
なぜ怒るのか、理由を解説します(写真:アフロ)

ルミネ、ムーニーなど、企業の製品・サービスの宣伝動画で女性を描いて「炎上」する事例が後を絶ちません。だから、サントリー「頂」に対する批判ツイートを目にした時は「またか」と思いました。

ただし、見た後の不快感と、問題が共有されていない度合いは、過去事例と比べて深いと感じます。本稿はその理由を考えることが目的です。

このような動画が作られたことについて、企業内の意思決定メカニズムを問うことは重要です。同時に、「何が問題か分からない」と言えてしまう人のリテラシーや人権感覚もまた、問われるべきだと私は思います。

女性VS男性問題ではない

ひとつ忘れてはいけないのは、この動画への反応は「女性VS男性」という対立構造でとらえるべきでないことです。女性の中にも「男性の妄想への理解を示す」人がいるでしょう。また、男性の中にも「こういうのはやめてほしい」と思う人もいるでしょう。「男の妄想」とくくってしまうことは、不快感を抱いた男性の意思を無視するものと言えます。

では、「何が問題だったのか?」。すでに、SNSで多くの人が書いている通り「女性を男性の都合がいい妄想の相手」として描いていること。ここに問題があるのは明らかです。

ただ、それだけですと「すでに男性向けメディアでは、さんざん描かれているパターン。なんで、これだけ叩くの?」と思われそうです。確かにその通りです。ビジネスマン向けだけでなく、女性向けのものも含め、あらゆるターゲットメディアには、顧客層の希望、言い換えると顧客層以外から見ると「都合の良い妄想」が書かれています

タイミングと文脈が最悪だった

今回の動画は、描かれた妄想の種類と質が、時流に照らして悪すぎた、と私は理解しています。なぜなら、お酒が入った席でセックスの合意があるか否かについて、(主に)男女間で認識が大きくずれるからです。そして、日本の刑法性犯罪規定が古すぎて、(主に)女性側の意思が軽視されすぎている、という問題とあいまって、多くの被害者を泣き寝入りさせている現状があるからです。その問題が国会やメディアでも議論になったタイミングだったのです。

あの動画を見て不快感を覚えた人と、「問題ないのでは」と思った人のギャップを目にした時、私が思い出したのは「詩織さん」のケースでした。

(この件は本来、女性の人権問題のはずが、政争の具になってしまっていることに違和感を覚えます。ただ、本稿ではそこには立ち入りません)

「頂」動画で描かれるのは、ビジネスマンの良く言えば夢、実際には「妄想の世界」です。出張先で若い美女と出会う。なぜか一緒に食事して、なぜか自分に好意を持ってくれて、なぜか、セックスに合意したかのような言動を取る

「合意していたと思っていた」と、性犯罪で加害者とされた側はよく言います。そして、今の日本の司法制度は、合意の有無を欧米並みに厳しくは問いません。むしろ、激しく抵抗しなければ合意という、非常に遅れた判断基準を維持しています。加害者とされる側もお酒を飲んでいたのなら「合意」は酔った頭が作り上げた妄想かもしれないのですが。

妄想だからOKの先にある泣き寝入り社会

一方で「頂」動画に怒った人達は、性犯罪や性暴力がいかになされるかを、多少なりとも知っています。私は通常、女性と労働や子育ての取材が多く、性暴力・性虐待の取材は「たまにする」程度です。それでも、1本書くとコメント欄で、ダイレクトメッセージで、自分も被害を受けたことがある、という人が名乗り出てきます。ほとんどみな、誰にも相談していません。警察には、当然行っていません。

もちろん、ビールの動画を見て「こういう風になったらいいな」と「思うこと」と、実際に合意がない相手を(欧米基準でいえば)レイプすることは、まったく違います。

ただ、ああいう動画を「これは単なる男の妄想」と自然に受け入れ、抵抗感や批判を「うるさい」と退けることを積み重ねた先に、性犯罪被害者を泣き寝入りさせる今の社会があることを、ぜひ知ってほしいです。

追記:被害者の実状と言われても、聞いたことないから…という方は、このテーマを長く取材してきた小川たまかさんの記事を読んで下さい。驚くはずです。

「フィクションと実相」

回復されない被害と流される妄想

私も含め、多くの女性たち、そして心ある男性たちは、あの動画で描かれる「男性にとって都合のいい世界」と「被害女性から見た世界」のギャップを見聞きしています。被害の回復がなされず、日常生活に支障をきたしている人も多い現実を知らず、加害者側に都合がいい妄想的言説が流され続けることは、あまりにバランスを欠いています。

幸い、刑法の性犯罪規定は先月改正されました。その背景には、働きながら、学びながら、育児しながらロビイングをした女性たち、男性たちがいました。中には性犯罪の被害当事者もいます。ここで集めたネット署名は5万4000筆に上りました。もしかしたら、あなたが一緒に飲み会をしている友人の中にも、今の制度はおかしい、と思って署名に参加した人がいるかもしれません。

法律を作るのは国会議員ですが、進むべき方向性について、私たちは意見を言うことができます。そして、その方向を決めるのは、「本能」ではないはずです。本能に歯止めをかけるのが、知識であり、教養であり、人権感覚です。この動画を機に、そういったことへの議論が起きてほしいです。

最後に企業に伝えたいこと

サントリーという企業は、これまで、様々な社会貢献活動で、リスクを取り、踏み込んだ意思決定をしています。多くの人が、日本企業の中でも多様な価値観を「わかってる会社」と認識していたはずです。それゆえ「あのサントリーがこんな動画を作ってしまうなんて」という驚き、残念感があったように思います。

これを機に、アルコールを扱う企業において、酒の席で起こるセクハラや性暴力に関して、企業の社会的責任という観点から、ぜひ、突っ込んだ議論をしていただきたい、と切に願います。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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