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いまは、本当に「デフレ」なのか?

岩崎博充経済ジャーナリスト

史上最大の大規模金融緩和なのに、なぜ物価が上がらないのか?

日本経済の景気が、ここに来てGDP(実質国内総生産)が7期連続プラス成長になるなど、ようやくデフレ脱却の目が見えてきた、と報道されている。それでいて、景気が良くなったという実感がわかないという人が8割に達する、というアンケート結果も出ている。実際、消費者物価指数(CPI)は相変わらず改善の兆しを見せていない。

中央銀行である日銀が、これでもかという具合に、大規模な金融緩和を実施しているにもかかわらず、物価は2014年こそ2.7%(総合、以下同)と上昇したものの、2015年には0.8%、2016年マイナス0.1%、そして2017年9月には0.7%となっている。日銀が目安としている「生鮮食品及びエネルギーを除くCPI指数(新コアコアCPI指数)」も、前年同月比で0.2%(2017年9月)とほとんど動かない。デフレ脱却には程遠い状況だ。

では、なぜ日本の物価は上昇しないのか。そもそも、異次元の量的金融緩和やマイナス金利といった、かつてどの国も経験したことのない大規模な金融緩和を実施する必然性があったのか。いまさらだが、もう一度考えてみる必要がありそうだ。

言うまでもないが、デフレからの脱却には、それ相応の意味と理由がある。景気が悪くなって賃金が下がり、可処分所得が減少して個人消費が弱くなる。それまで販売していた価格では売れなくなって、値下げをする。全体的に物価が下落し、景気はさらに悪化し、負のスパイラルに陥っていく……。いわゆるデフレ・スパイラルは避けなければならない、とされてきた。

しかし、日本の消費者物価が上がらない理由には、「円高」や「技術革新」といった原因もあるのではないか。やや昔の話になるが、分かりやすい例を出すと、たとえば「ユニクロ」の登場で消費者は安くて、良質の衣料品を手にし、「100円ショップ」の登場も格安で便利なグッズを数多く手にすることができた。考えてみたら、こうした「価格破壊」はダイエーの創設者・中内功の時代から、脈々と続いている。

とりわけ、GoogleやTwitter、Facebook、YouTubeといったグローバルなIT企業の登場で、“情報”のコストがゼロになって以降、価格に対する概念が大きく変化したのかもしれない。同時進行的に、様々な工業製品が安くなったのも事実だ。最近では「サービス」も価格破壊されつつある。

「デフレ」ではなく「技術革新」「企業努力」による物価下落?

こうした背景には、産業用ロボットの開発による省力化があり、コンピュータや携帯電話などのイノベーションがある。その一方で、中国の人件費が高騰すればミャンマーやバングラデッシュに工場を移す、莫大な開発研究費を費やして日々技術革新に身を削る……、と言った企業努力がある。要するに、技術革新や企業努力によって物価はどんどん下落しているのが、グローバリズムの浸透した現代の企業活動と言っていい。

まして、現在のようにAIやビッグデータの活用、フィンテックと呼ばれる第4次産業革命が進行中の経済では、あらゆるビジネスがより安価で、高品質の製品を提供する傾向がある。こうした急激な変化は、過去の歴史を見ても繰り返されてきた。

18世紀の産業革命では綿織物の生産過程で技術革新が起こり、人々は簡単に布を手にすることができるようになり、20世紀初頭の自動車革命ではT型フォードが大量生産されて、庶民でも自動車を買えるようになった。テレビも、フィリップスや松下電器が大量生産してくれたおかげで、一家に1台持てるようになった。

21世紀は、こうした大きな技術革新があらゆる分野で一度に起きている。そう考えれば、世界中の物価がなかなか上昇しないのも分かる。しかも、技術革新は製造業だけではなく、流通や決済システムでも起きており、アマゾンの登場で、既存の店舗型ストアの存在さえも危うくなっている。

要するに、技術革新と同時進行で価格破壊も起きているのが、現在の世界経済だと考えれば分かりやすい。中央銀行がどんどん紙幣を発行して、お金をばらまいても物価が上昇しない理由のひとつと言っていい。

その典型的な例が日本だ。史上最大の大規模金融緩和を実施しているのに、日本の物価は上昇しない。米国をはじめ、英国、カナダ、EUなどが金融緩和から金融引き締めへと舵を取りはじめるなかで、日本だけが緩和政策を今後も続けて行く、と宣言している。日銀は、出口戦略に向かえば物価はさらに下落していく、と見ているようだ。

米中央銀行のFRB(連邦準備制度理事会)は、政策金利を上げただけではなく、買い入れ過ぎた資産の縮小にも着手しつつある。中央銀行の健全性は、そのバランスシートの大きさで分かるが、FRBは長年続けてきたバランスシート拡大を辞めて、縮小に向かおうとしているわけだ。

日本は、リーマンショックで輸出は大きなダメージを受けたものの、国内の消費はさほど大きな影響は受けなかった。しかし、2011年に東日本大震災があり景気も低迷。そんな中で、第2次安倍政権が誕生し、アベノミクスがスタート。異次元の量的緩和政策が始まり、公共工事が増え、株価も上がった。

本来なら、アベノミクスによる異次元緩和で物価は目標とする2%を超え、景気も順調に回復するはずだった。なぜ、異次元の量的緩和で物価は上がらないのか……。消費税導入が致命的だったとよく言われるが、本当に日銀の量的緩和は必要だったのか……。

莫大な財政赤字、25年間も景気回復を遂げられない現実?

海外の先進国もリーマンショック以降、デフレに苦しめられてきた。大規模な量的緩和策を実施したことで、最近は雇用が戻り、景気回復の兆しも見えつつある。日本同様に、イノベーションが進み、物価は思ったほど上昇していないものの、中央銀行の多くは早々に金融緩和から引き締め政策へと転換を図ろうとしている。

すでに金利を3回上昇させた米国でさえも、目標としている2%には届いていないものの、4回目となる12月の金利引上げは確実視されている。この11月15日に発表された米国のCPIでは前年同期比0.1%(2017年10月)、2016年1年間のCPIは1.26%だった。エネルギーや食品価格を除いた「CPIコア指数」で、0.2%(2017年10月)となっている。

同様に、リーマンショックの影響を大きく受けた欧州では、米国や日本と同様に異次元の量的緩和を続けて来た。しかし、ユーロ圏全体のCPIは前年同月比で1.4%(2017年10月)、エネルギーと食品、酒、たばこを除くコアCPI指数は0.9%(同)となっており、依然として目標とする2%の水準には到達していない。物価だけを見れば、米国、EUともにデフレは脱却できていない、と言っていい状況だ。

なぜ米国やEU圏が金融引き締めに向かっているのに、日銀は緩和策を続けるのか。ここが大きな疑問と言える。

日本と他の先進国では何が異なるのか。莫大な財政赤字はよく知られているが、忘れがちなのが成長率の差だ。日本以外の先進国はこの25年間、ある程度の経済成長を遂げてきた。しかし、日本は80年代にピークを迎えて以後、25年以上、四半世紀に渡って景気を回復させることができていない。

問題は、この25年間経済成長できなかった原因だ。日本の国内総生産(GDP)は、かつて米国の70%の水準にまで到達したことがある。しかし、この四半世紀で25%になってしまった。人口6600万人しかいない英国と比較しても、かつては英国の4倍を超えていた日本のGDPも、いまや2倍を切る水準まで落ち込んできた。日本の名目GDPは、1994年に初めて500兆円の大台を超えて501兆円になったものの、22年後の2016年の名目GDPは544兆円。ずっと横ばい状態が続いていることが分かる。

現在は、中国に抜かれて第3位だが、いずれは第4位のドイツや第5位の英国、第6位のフランスに抜かれるかもしれない。その背景には生産性の低下と少子高齢化がある。現在、日本企業の多くは生産性が上昇しない部分を、最も弱い立場の社員の人件費を値切ることで、価格競争に勝とうとしている。結果的に賃金の上昇を抑え込んでしまう。

とりわけ、大企業の多くが設備投資や改革を避けて内部留保ばかり増やす無策な経営が多くなっている。製造業、サービスにこだわらず「高品質、低価格」を目指し、過労死するまで従業員に犠牲を強いる。日本は、デフレというよりも企業体質、産業構造そのものにメスを入れなければいけないのかもしれない。

日本経済新聞社の設備投資動向調査では、設備投資が1990年度以来の16%増になったそうだ。それが景気回復の兆候であればいいのだが、2020年の東京オリンピックをターゲットにした設備投資などが含まれている可能性もある。先進国の場合、オリンピック開催による景気拡大は、単なるバブルを生む場合が多い。

大規模量的緩和は「デフレ対策」にならない?

FRBは、国債などの買入れによってヘリコプターからお金をばらまくような量的緩和を実行し、景気は回復。失業率も低く抑え込み、不動産価格などもリーマンショック前の水準にまで戻しつつある。ここに来て目標としていた物価上昇率は達成できていないにもかかわらず、本格的な金融引き締め策へと舵を切ってしまった。

そのヘリコプターマネーを実践した元FRB議長のベン・バーナンキ氏が、「日本の金融政策に関する一考察(日本銀行金融研究所、2017年9月)」と題して講演をしているが、その中で、彼は日本がなぜデフレから脱却できないのか、その理由を「日本経済の特性や、過去の金融政策の遺産が相互に影響しあい、日本銀行のインフレ目標の早期到達を阻害している」と指摘している。さらに、日本の「均衡実質金利」は極端に低く、マイナスになっている可能性がある、と指摘している。

均衡実質金利というのは、自然利子率とも言うが、景気への影響を考慮に入れない、緩和的でも、引き締めでもない中立的な実質利子率のこと。簡単に言えば、長期的に見ると日本の潜在成長率が落ちている、と指摘しているわけだ。また、過去の金融政策の遺産といえば、暗に莫大な財政赤字を示しているように思えてならない。

こんな状況の中で、もしデフレの本質を見誤っていたとしたら、日本経済の未来はどうなるのか。日本銀行のバランスシートは、次のように急拡大した。このツケをそろそろ支払うタイミングに来ている。

<日銀のバランスシート>

●2013年3月末……164兆3123億円(異次元緩和前)

●2017年5月末……500兆8008億円(初の500兆円越え)

ちなみに、日銀の国債保有高は472兆2495億円(17年5月末)に達し、長期国債も390兆1912億円(同)に達している。長期国債の保有高は、異次元緩和以前にはわずか63兆円しかなかった。わずか4年で6倍に拡大したことになる。

米国やEUなどの中央銀行が、相次いで「目標とする物価上昇」には到達していないものの、大規模な金融緩和策から金融引き締めへと出口戦略を意識し始めるようになっている。にもかかわらず、日本銀行だけがなぜか金融緩和からの脱出を否定している。日銀には、金融引き締めに転じようとしない理由をきちんと説明し、その場合のリスクや副作用について、国民に説明をする義務があるはずだ。        

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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