Yahoo!ニュース

なぜ、日本の大企業は非効率な「新卒一括採用」にこだわるのか?

岩崎博充経済ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

「新卒一括採用」は日本企業の非効率経営の象徴?

今年もまた、新卒一括採用の季節がやってきた。日本特有のこの制度は、もともとは関東大震災や戦後の混乱期の人材不足の対策にとられた方法だと言われるが、どうも納得いかないことだらけだ。なぜ、企業が新卒を毎年毎年100人単位、1000人単位で採用しなければならないのか。単純に考えれば、ある程度辞めていく社員の数を予想して採用しているとしか思えず、最初からきちんと育てる意思がない。いわば「消耗品」として新卒を採用しているとしか思えない。

そもそも企業にとって、新卒を一括採用する意味がどこにあるのだろうか。よく1人の新入社員を育てるのに500万円のコストがかかる、といった話を聞くが、そんなにコストがかかるのであれば、経験者を中途採用したほうがずっと効率的だ。しかも、一括採用するということは、人事が統一的な価値観で採用することを意味しており、多彩な価値観や才能を持った人材を採れるかどうか疑問だ。

各部署に、自由な人事採用権を与えて、常時人材を募集するようにしたほうが、適材適所でふさわしい人材が低いコストで採用できる。経営効率という点で言えば、その方がずっと効率がいい。国際的に見て、日本企業の利益率が低いと批判されているが、その原因の一端は、毎年毎年の新卒一括採用にもあるのではないか。

そもそも日本の大企業は、業績やリスクマネージメントといった当面の課題を優先するあまり、人材育成という企業にとっての最重要課題を軽視し続けてきた歴史がある。1980年代の以降の大卒比率の高まりによって、幹部候補生ばかりが入社するようになってきたことも大きい。スペシャリストの育成を怠ってきた歴史があるわけだ。その背景には、新卒一括採用によって画一的な採用基準をとり続けてきた結果、画一的で同質の社員ばかりになってしまった、という現実もある。

日本企業が、独創的で世界をあっと言わせるような製品開発や事業戦略が少ないのも、こうした人材採用の欠陥があるからだと見て良いのではないか。

日本企業が新卒一括採用するメリット、デメリットは?

それでも、多くの企業が新卒を一括採用するには、当然のことながらメリットがあるからだ。日本企業の多くが、海外ではほとんど例を見ない新卒一括採用にこだわるには、それ相応のメリットがあるということだ。簡単にピックアップしてみると--

●大量採用が可能……今後の業績や事業戦略に合わせて、人材の短期的ニーズに応じた採用が可能になる。とりあえずの人材確保が量的に簡単にできるというメリットだが、高度成長期ならともかく、一度に数百人も採用する必要があるのか。企業経営者は、もう一度再審査すべきだ。

●会社に適した人材育成ができる……他社を知っていれば何かと比較されて面倒だが、学生から直接採用した社員の場合、他社での経験がないために少々ブラック的なことをしてもなんとかごまかせる可能性もある。

●モチベーションアップが容易になる……大量採用して同期入社として競わせることでモチベーションアップに役立つ。

●労働組合を形骸化させ、労使間紛争を未然に防ぐことができる……新卒の段階から忠誠心を醸成し、「労働組合=必要悪」といったイメージを植え付けることで、労働組合の力を削ぎ落すことが可能になる。

●格安の賃金での採用ができる……新卒の賃金は言うまでもなく格安。労働集約型の産業では、格安で誠心誠意働いてくれる人材を確保できる。

こうしたメリットに対して、デメリットも当然ある。前述したものも含めて整理すると、次のようなでメリットが考えられる。

■「早期退職」を前提に採用するため無駄が多い

■長期的ニーズに適応した人材採用ができない

■人事による一括採用のため多彩な人材の採用が難しい

■コストがかかる

■「同期=仲間」意識が起こり、様々な弊害をもたらす

この中で注目したいのが、新卒一括採用の「コスト」だ。高い広告費を負担しなければならないうえに、一気に数千人単位で押し寄せる新卒学生の対応に、業務を停止して対応するため生産性も低くなる。そもそも新卒を大量に採用してメリットがあるのは、外食産業、流通業、保険、証券、銀行といった金融など、事業活動を営む上で労働力に対する依存度の高い「労働集約型」の業界だ。

近年、金融業界などのようにイノベーションの進展によって、業務の大半がコンピュータ化されて、労働集約型の業界は減少しつつある。にも関わらず、日本企業の多くは相も変わらず、大量の新卒を一括して採用する方法を選択している。日本企業が、国際化するためにも新卒一括採用から卒業して、中途採用を積極的に採用するようなシステムに変えていくべきだ。

さらに、同期が大量にできるため、同期の不利益になるようなことはしない、同期同士に連帯感が生まれて危機意識が希薄になる、といった弊害が出て来る。つるんでいると安心できる、といった連帯感は企業にとっては不要だ。日本の労働市場をより拡大させて円滑にするためには、企業が新卒一括採用に頼らない人事戦略を構築することが大切だということだ。

「消耗品」扱いされないためにはどうすればいい?

むろん、中途採用で募集しても人材が集まらない、という事情があるのも事実だ。日本は、いまでも終身雇用制が当たり前で、転職にはどことなく後ろめたいイメージがあるために、IT業界など一部を除いて、転職市場には優秀な人材が少ない、というのも事実だ。労働市場の流動性に問題があることも事実だ。

しかし、たとえば欧米では大学や大学院を卒業して、すぐに会社に就職してしまうのではなく、ある者は世界一周の旅に出てから就職先を探す……。また、ある者は企業のインター制度を使って自分を売り込んでいく。米国などは、このインター制度が非常に充実していて、学生時代に何をしていたかが問われる。

実際、新卒一括採用しないような企業は、労働集約型企業ではなく知識集約型企業が多い。そういう企業では、常時優秀な人材を募集している。従業員を採用するのに、あらかじめ消耗品として採用するのか。それとも採用した社員はきちんと育てていくのか。そうした判断は難しい。とりわけ日本企業の場合は、総合職は全員「ゼネラリスト」として育てるシステムになっている。すべての社員を幹部候補者として育てるには無理がある。

大半の企業は、ぜネラレストとして育てるふりをして過酷な労働を課してくる。新卒一括採用で、格安な労働力を簡単に手に入れてきた企業にも問題があるが、そんな企業のニーズに毎年毎年素直に応じてきた学生側にも問題がある。社会の枠からはみ出たくない気持ちは分かるが、自分の人生をひとつの「企業」に求めるのではなく、自分のしたい「仕事」を求めるべきだ。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

岩崎博充の最近の記事