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「離脱」決めた英国を襲う、信じがたい苦悩と困難

岩崎博充経済ジャーナリスト

「ナショナリズム」にこだわった代償は2年で50万人の失業?

近年、英国に蔓延っていた右派勢力の一部や極右と呼ばれるグループが勝利した。彼らは「感情」に訴える政治手法を得意とし、まんまと英国民を丸め込んで勝利してしまった。残留派が油断してキャンペーンを開始するのが遅れた、という一面もあるのだが、やはり押し寄せるEU内の労働者やEU全体が受け入れた移民などに対して、反感の目を向ける手法でナショナリズムを奮起させたと言って良いだろう。

米国のドナルド・トランプ大統領候補の手法とある意味で同じものだ。1929年に米国から始まった「大恐慌」以後、第2次世界大戦に世界中が突き進んだ時期も、こうした極右勢力や右派勢力の一部が「ポピュリズム(大衆迎合主義)」や「民族主義」を前面に押し出して政権を取っていった。今回の英国EU離脱もある意味で、このポピュリズム、民族主義の勝利と言って良いだろう。

とはいえ、今後英国民が支払わなければならない代償は、あまりにも大きいかもしれない。離脱派のリーダーは「6月23日を英国独立の日にしよう」と叫んでいたが、実は「6月23日は英国崩壊の始まりの日になる」かもしれない。すでに、英国の二大政党である保守党内、労働党内で共に大きな亀裂が生じており、加えてキャメロン首相も辞任を表明している。政治的な混乱は避けられないだろう。

皮肉にも、中国の新華社通信は「民主主義は、民族主義やポピュリズム、極右主義に対してはもろいことを示した」とEU離脱の結果を評価している。

さらに、残留派が大幅に離脱派を上回ったスコットランドは、さっそく「英国から独立して、改めてEUに加盟する」意思をスコットランド行政府のジョーダン首相が表明している。仮に、スコットランドが2度目の国民投票を実施すれば、今後は英国からの離脱=独立支持派が過半数を超える可能性が高い。英国に残留する意味が薄らいだからだ。

英国最大の収益源「金融ビジネス」の衰退?

そして、最も恐ろしい代償が「経済」だ。これまでは英国に拠点があれば、それ以外のEU諸国に関税や制限なしで輸出入ができたのが、今後は改めて各国と交渉して、関税などの規制を受けることになる。自動車産業などの製造業は、大きな影響を受けることになりそうだが、同時に英国が誇る「国際金融センター」の地位も危うくなってくる。国際金融センターと言えば、ニューヨーク、香港と並んで英国もその一つだが、EU離脱で大きな影響を受けそうだ。すでにモルガンスタンレーが欧州本社をダブリンかフランクフルトに拠点を移転させる可能性を示唆しているが、金融センターの看板を下ろさざるを得ない日が来るかもしれない。

当然のことながら。英国は一時的に大不況になるだろう。海外の労働者や移民から仕事を奪い返す目的で「離脱」に投票した人々は、雇用先そのものが海外に逃げたことを知るはずだ。実際に、英国は今後2年間で50万人が失業するだろう、という予想も出ている。1000社が進出しているという日本企業も、いったい何社が英国内に留まるのか。EU全体をマーケットとしてとらえていた目論見が大きく外れたわけだから、軌道修正(=英国からの移転)は避けられない。

さらに、為替市場ではポンドが狙われることになるかもしれない。かつてジョージ・ソロスがイングランド銀行と渡り合って、ポンドの大量売りを仕掛けて、勝利したことがあったことが、そのバトルが再現される可能性もありそうだ。イングランド銀行にどれだけの力が残っているのか。これも大きな疑問だ。英国領に数多く存在するタックスヘイブンも、今後は英国自身がヘッジファンドなどに課税して来るかもしれない。

考えてみれば、現在の英国から国際金融センターやEUをマーケットにしている製造業を取ったら、何が残るのか。サッカー選手も、今後はいちいちビザを取ってヨーロッパ遠征しなければならなくなるかもしれない。

財政赤字も、2021年には解消の方向に向かう計画を立てており、ある意味で日本よりもずっとましな状況だった。キャメロン首相は、EUからの離脱を問う国民投票を約束して首相になった以上、国民投票はやむを得なかったのだろうが、それにしても英国民は自分たちが出した結果に対して後悔する日をそう遠くないうちに迎えるのは間違いないだろう。かといって、かつてのように新たな植民地を求めて海外に出ていくこともできない。まさに、大英帝国の本当の崩壊が始まったと言っても良いのかもしれない。

ちなみに、今回の英国の国民投票の結果を固唾をのんで見守ったのは、英国人だけではない。EU首脳のリーダーたちも、EUの未来に思いをはせながら、自国の未来とオーバーラップさせて見ていたはずだ。英国がEU離脱を許したことで、同じく離脱を掲げているフランスの極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首などが、今後、ますます勢力を増してくる可能性が高い。マイナス金利まで導入して景気回復を図っているEUだが、今後は内部からの崩壊にも頭を悩ませそうだ。

今後、2年の時間をかけて英国はEUと関税などの交渉をするわけだが、当然厳しい交渉になるはずだ。離脱した英国がEUより豊かになってはEUの崩壊を招く。英国は孤立を余儀なくされるはずだ。ポピュリズムや民族主義に基づいた判断が「愚かな選択」であったことを、英国民は思い知ることになる。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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