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iPS細胞の特許競争に日本は勝てるのか?

岩崎博充経済ジャーナリスト

「基礎研究」の特許は本来切り離すべきだ

ノーベル生理学・医学賞に京都大学の山中伸弥教授が選ばれたが、そのインタビューのなかで「特許」について興味深い話をされていた。京都大学のような公的な機関が特許取得に真剣に取り組んでいる意味は、「iPS細胞の技術を特定の民間企業に独占されないため」だそうだ。

確かにiPS細胞の特許をそっくり米国の製薬会社などに握られてしまえば、治る病気もいつまでたっても治らなかったり、仮に特効薬が登場しても目が飛び出るぐらい高いものになる可能性が高い。かつて、ヒトゲノムの解析合戦で「セルーラ・ジェノミクス」という米国ベンチャー企業がヒトゲノム解析競争に勝利して、特許が独占されてしまうのではないかという懸念があった。時のビル・クリントン米大統領が自ら乗り出して特許を独占しないことで話をつけたことがあった。山中教授のiPS細胞も、そういう意味では京都大学のような公的な機関が特許を抑えて、特定の企業に独占させないようにしていただきたいものだ。

むろん民間企業が特許を取得して利益を得ることが悪いわけではない。ただ、ヒトゲノムの解析やiPS細胞のような基礎研究に対しての特許は、本来一定の歯止めをかける国際ルールを作るべきではないのか。ヒトゲノム解析のときにも指摘されていたことだが、結局のところは学者のモラルの問題ともいえる。山中教授も指摘されていたが、学者が目指すものは人類の平和であって、利益が優先してはならない。

「世界を騙しつづける科学者たち」

山中教授のインタビューを見ていて思い出した本がある。「世界を騙しつづける科学者たち 上・下」(N・オレスケイ、E・M・コンウェイ著、楽工社刊)だ。原題は「疑惑の商人たち」で、地球温暖化の存在そのものを否定し続けたり、喫煙の健康被害、酸性雨やフロンガスといった環境に有害とされる物質など、科学者の90%以上が間違いないと信じる理論に対して、声高に反対意見を唱えて、あたかも科学者の間でも議論が2分しているかの印象を与える。そんな一派が米国に存在し、しかもその世界では権威と呼ばれる科学者が多い。しかし、その背景には企業から多額の報酬を受け取り、事実を歪曲している。科学者の実名を出して告発した良書だ。

こうした科学者の一派は、反共産主義の保守派で政府の規制強化を嫌う「リバタリアン(自由至上主義者)」だと同書では定義付けている。規制なき市場経済を理想とする米国型保守派だ。環境保護活動の一派を敵対視し、エネルギー産業の利益を守るために「地球温暖化」について激しい反対意見を叫んできた。その成果もあって、現在でも米国では地球温暖化が人類の活動によって起こると信じている国民は少なく、大量消費を続けているといわれる。

科学者を操るスポンサーは、米国の場合は大半が石油関連企業であったり、たばこ産業といった民間企業になるのだが、地球温暖化のような手口は日本でも「原発」の安全性においてしばしば見られる。原発の安全性を声高に主張してきたのは、日本の場合は科学者だけでなく、メディアの一部にもみられたが、その背景には資金を供与してくれたり、広告を出してくれる企業や政府系の独立行政法人がいる。残念ながら、その安全性は今回の福島第一原発事故で完全否定されてしまったが、声高に原発の安全神話を唱え続けてきた学者やメディアの罪は重い。

世の中には、山中教授のような崇高な志を持った科学者だけではないということだ。むしろ、莫大な資金をバックにさらなる巨万の富の獲得を目指してうごめく科学者が多い。そうしたグリード(強欲)な人々をライバルに戦っていかなければならない現実があるということだ。

遅れをとる実用化競争、政府が最大限の援助を

実際に、今回の山中教授のノーベル賞受賞となったiPS細胞は、画期的な基礎研究の成果として日本以外の地域でも特許を取得することが可能になった。しかし、その先の実用化への道はかなり険しい部分があるといわざるを得ない。iPS細胞を使って再生医療の実業家を目指すバイオベンチャー(VB)は日本でも次々に誕生していてるが、欧米企業も続々と名乗りを上げている。

しかも、米国のようなVBには豊富な資金を供給する投資家やベンチャー・ファンドの存在がある。その点、日本のVBが置かれている環境は脆弱だ。VBに投資する投資家が少なく、政府の細々とした補助金を頼りにしているのが現状。資金不足にあえぐ日本のVBが特許取得競争で勝つのはかなりハードルが高い。実用化となればもっと難しい。

せっかくiPS細胞という基礎研究部門で歴史的な金鉱脈を掘り当てたわけだから、政府はもっと予算を回すべきだろう。文部科学省は、iPS細胞研究所を中心としたネットワーク作りの資金として、13年度予算案で87億円を要求したそうだが、米国などに比べるとケタが違う。復興予算として称して、沖縄の高速道路作りにお金を回したり、捕鯨の助成金に回せる詐欺まがいの裏技があるんだから、ケチらないで予算をつけるべきだろう。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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