ハワイでビーチサンダルを広めた日本人

モトナガ・タキゾウ氏(右)と妻のミサオさん

 ハワイには約20万人の日本人が暮らし、今年はハワイ日系移民150周年になる。日本だけではなく様々な国から移住した人が多く暮らすハワイでは、各国の文化がそのままハワイ独自の文化として定着していく場合も多い。

 日本人にとって馴染みのある「草履(ぞうり)」は、ハワイでは「スリッパー」と呼ばれ、ローカルの暮らしに欠かせないモノとなっている。草履がスリッパーとなり、ハワイで広まったのはなぜなのか?実は、日本から移住した1人の男性とその家族が大きく関わっていた。

草履をヒントにサンダルを製造

 ハワイを連想させるものといえば、海、ヤシの木、ダイアモンドヘッド、ハイビスカス…など、いろいろ浮かんでくるが、ビーチサンダル(通称:ビーサン)も、そのアイテムの1つ。「ビーサン」は、ワイキキの街を見渡せば多くの人が履いているが、ハワイでは、さまざまな場面で活用できる、便利なアイテムでもある。

 「ビーサン」のことを、英語では「flip flops」と言うが、ハワイの人は「slippers=スリッパー」と呼ぶことが多い。そんなハワイの「スリッパー」は、実は日本の草履の影響を強く受けている。もともとハワイの人たちはサンダルのようなものを履いていたが、ハワイへ移住した日本人によって草履スタイルのサンダルが普及した。

 14歳でハワイに移住した本永瀧蔵(モトナガ・タキゾウ)氏とその妻でハワイ出身のミサオさんが、1946年にホノルル市のカカアコ地区に工場を設立し、5人の従業員とともにリゾートサンダルメーカー「ISLAND SLIPPER」を創業。

 現存する最古のハワイアンサンダルブランドであり、創業以来、家族経営、地元生産を堅持し、タキゾウ氏が亡くなった後も、その物作りの精神を息子たちが引き継ぎ、事業を拡大した。

アメリカ人オーナーが継承し世界ブランドに

 その後、現在のオーナーであるジョン・カーペンター氏が会社経営を継承。メンズラインの強化を図ったところ、これが功を奏し、ハワイだけではなく、世界中で親しまれるブランドとなった。

 ハワイで売られている一般的なスリッパーに比べて高価であるにもかかわらず、ローカルからの人気は高く、その認知度と使用率は圧倒的で、履き心地のよさは、裸足で歩くよりも歩きやすいとも言われている。

 日本で生まれた「草履」が「スリッパー」と呼ばれ、ハワイの人の暮らしに欠かせないものとなる…。

 各国から多くの人が移住し、異文化が融合しながら独特の文化として広がりを見せる。これぞ、ハワイならではの文化形成の姿なのかもしれません。

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