多彩に進化し続ける「事業仕分け」

(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

イメージと違う?! 事業仕分け

私が教える法政大学の講義で「事業仕分けで連想するキーワード」についてアンケートを取り始めて5年、「蓮舫議員」と書く学生が常に最も多く、そのほかも「2位じゃダメなんですか」「民主党」など、当時の民主党政権が行った事業仕分けのイメージが大きく残っている。

ほとんど知られていないが、事業仕分けは私が所属する政策シンクタンク「構想日本」が2002年に開発したもので(名付け親も構想日本)、地方自治体を対象にして行ってきた。

毎日のようにテレビで放映されていた当時の政府の事業仕分けの映像は、「官僚を叩く」とか、お金を切るためだけのイベントとの印象を強く持たせた。また、事業仕分けは民主党から自民党に再び政権交代した時点で終了したと思っている人が大多数だと思うが、国でも地方自治体でも、今も継続して行われている。

さらに言えば、国の事業仕分けは、民主党政権が行う1年前の2008年に、自民党が初めて行った(党内に設置された「無駄撲滅プロジェクトチーム」の主査だった河野太郎議員に協力する形で実現)。

国と地方で250回実施

事業仕分けの実施回数の全体像は以下のようになる。

・政府による事業仕分け:6回(2009~2012年)

 このほか、事業仕分けを「内生化」することを目的として各府省において行政事業レビューを実施。民主党政権時代の2010年に開始し、現在も継続されている(現政権において、毎年度の実施が閣議決定されている)。

・政党による事業仕分け:4回(自民党3回、民主党1回、2008年)

・地方自治体の事業仕分け:246回(2018年3月末現在)

上記のうち、私は国(政府、政党)の事業仕分けではすべての場でコーディネーターを務めた。地方自治体の仕分けは246回中180回程度参加。日本で最も事業仕分けの場にいる人間だろう(政府での事業仕分けの際は、それを担当する内閣府行政刷新会議事務局に任期付きの国家公務員として勤務していた)。

事業仕分けを最もよく知る立場の一人として、改めて事業仕分けとは何なのかを振り返りたい。

事業仕分けの考え方

事業仕分けを一言で言うと「公開の場で、外部の視点を活用して、個々の事業を精査する作業」となるが、この外形だけでは事業仕分けは完結しない。国も地方も、これまで行ってきたすべての事業仕分けは以下の基本的な考え方に基づいている。これらを正しく理解したうえで事業仕分けを行えるかどうかが、成功と失敗の分岐点だと感じている。

(1)事業仕分けは「手段」である

先述のように、「事業仕分け=コストカット」というイメージが強いと思うが、お金を切ることだけが目的ではない。地方自治体であれば、事業の質(やり方)の見直しや、行政への市民参画、職員の意識改革などを一番の目的にするケースが多い(最近の事業仕分けにおいてコストカットが主たる目的になることはごく稀)。

国においても、大々的に行われた2009年11月の事業仕分けは歳出の削減が一番の目的だったが、翌年4月に行った第二弾の仕分けでは、独立行政法人(以下、独法)の組織・制度の見直しを目的として、独法のいくつかの事業を抽出して仕分けを実施。その後、仕分けの評価結果や議論で出された多くの論点を「すべての独法の全事業」についても適用したうえで見直し方針を策定し、閣議決定をした。最終的には、独法は当時の104法人から87法人に統合された。なお、実施主体(国や自治体)が何を目的にして事業仕分けを行うかによって、対象事業の選び方や議論の進め方も異なってくる。つまり何のために仕分けを行うかが最も重要となる。

(2)実情(リアリティ)のチェック

例えば、「この事業は○○基本計画に謳われているとても重要な事業です」と説明する官僚、公務員が時々いる。しかし、○○基本計画に書かれている内容は趣旨や理念であって、書かれていることをもって理念が実現しているわけではない。理念や目的が実現するために適切なお金の使い方や仕事の仕方になっているかどうかを、現場の視点で、これまでの実績や事実を積み上げながらチェック(ファクト・チェック)していくのが事業仕分けの役割である。立派な計画や趣旨説明があっても、その事業が実際に住民・国民の役に立っているかどうかとは別問題なのだ。官僚、公務員は実際にどうお金が使われたかを意外に知らないことが多いのが実感だ。

あわせて、聞こえの良い「事業名」にも惑わされてはいけない。ある県で対象になったのが「青少年健全育成事業」。事業名だけを聞くと良い事業とも思えるが、事業内容は、小学生を公園に集めてポニーに乗せることだった。議論では、「ポニーに乗せることが青少年の健全育成に本当につながるのか?(成果は出ているのか?)」「ポニーに乗せるよりも、例えば夜間の見回りをするなどのほうが青少年の健全育成につながるのではないか」などの意見が出たが、担当者は「青少年健全育成は大切」といった情緒的な受け答えに終始してしまった。

国でも以前、環境省の事業で「SATOYAMAイニシアティブ推進事業」というローマ字、カタカナ、漢字が混在した、わかるようでわからない事業があった。この事業の目的は里山の保全だったが、実際に行っていたことは、重要な里山を300ヵ所選定したり諸外国の事例を研究しながら自然資源管理モデルを策定・発信したりするもので、里山保全という目的の達成手段にはなっていないものだった。

(3)事業仕分けが最終的に目指すのは民主主義の健全化

事業仕分けの基本原則である、形式ではない実質的な「公開性」と「外部性」は、国民一人ひとりが当事者意識を持つきっかけになる。そこから、行政や議会が再び動き、民意が政治・行政に反映され始める。事業仕分けが最終的に目指すのは、政治・行政の「自分ごと化」、つまり「民主主義の健全化」なのである。

これを実現するために生まれたのが地方自治体の事業仕分けで行っている「市民判定人方式」だ。これまで、無作為で選ばれた住民が様々な行政課題について議論する「住民協議会」について書いてきた。住民協議会の基になっているのがこの「市民判定人方式」である。

鳥取県琴浦町で行った「公共施設レビュー」。公共施設の見直しについて無作為に選ばれた住民と一緒に評価した(構想日本撮影)
鳥取県琴浦町で行った「公共施設レビュー」。公共施設の見直しについて無作為に選ばれた住民と一緒に評価した(構想日本撮影)

「市民判定人方式」とは

もともと事業仕分けは、他の自治体の職員や経営者などの現場に精通した人が「外部仕分け人」となり事業を判定する方式だった。この進化形が「市民判定人方式」だ。

この方式では、住民基本台帳などから無作為に一定数を抽出し案内を送付。これに応募した人に事業仕分けに参加してもらう。仕分けの場では、判定人は個々の事業の議論には原則として参加せず、構想日本が選定する「仕分け人」の議論を聞いたうえで、「不要」「継続だが改善が必要」「もっと拡充すべき」などの評価を行う。

「市民判定人方式」は2009年に埼玉県富士見市で初めて実施して以降、100回以上行っているが、案内を送付して応募する比率(応募率)は、平均すると4~5%程度である。1000人に送付すると40~50人が参加していることになる。大抵の自治体は「2班で1日」あるいは「1班で2日」の体制で行うため、大体1班20人程度の市民判定人の多数決によって、その場の結論を出すことにしている。

行政が「さらけ出す」ことで市民の意識が変わる

市民判定人方式がなぜ政治・行政の「自分ごと化」につながるのか。

図をご覧いただきたい。これは市民判定人が事業仕分けに参加する前と後の意識の変化を聞いたものである。

(構想日本作成)
(構想日本作成)

参加前後で、「税金の使い方への関心度」や「行政の事業内容の理解度」が格段に上がっていることがわかる。また、インタビュー調査などで最もよく出てくる意見が以下の2つだ。

1.「今まで行政は何をしているかよくわからなかった(自分たちの税金が何に使われているかわからなかった)けれど、この場に来て職員が一生懸命仕事をしていることがわかった」

 全国どこの自治体でも、多かれ少なかれ行政(や政治)への不信感・不透明感があると感じる。判定人を務めることによって、その不信感・不透明感が払拭できているのではないだろうか。

2.「これまでは『利用者』の視点でしか物事を考えていなかった。事業仕分けに参加すると利用者の視点に合わせて『納税者』の視点も付け加わって物事を考えられるようになった」

 例えば「公園」。利用者の視点で考えれば遊具は常にきれいなほうが良いし、人気のある遊具を新たに設置してほしいと思う。しかし、仕分けに参加することで、今ある公園を維持管理するために何百万円という税金が使われていて、新しい遊具を設置しようとすれば当然ながら追加で税金がかかる。その「当然のこと」にリアリティを持たせてくれるのが事業仕分けの場ではないだろうか。

この2つの意見から見えてくるのは、「さらけ出す」ことの重要性だと思う。市民は、(結果的に)限られた情報しか与えられないことによって事実誤認が生じる。しかし、事実誤認だとわからないまま行政を批判してしまうケースがある。事業仕分けでは、少なくとも議論する事業や分野の全体の情報や、事業を執行する公務員の意識を知ることができる。そのことで市民が行政に対して感じていた批判的な意識がなくなる、つまりボタンの掛け違いのようになっているものを解(と)きほぐせるのではないだろうか。

手応えが大きい自治体の事業仕分け

政府で事業仕分けを行っていた際には「仕分けはただのパフォーマンス。効果が出ていない」などの批判をよく耳にした。地方自治体でもそれにつられる形で指摘を受けることが多かった。

しかし、繰り返しになるが、事業仕分けは「手段」である。何を目的に行うかによって仕分けの成果の捉え方も異なる。地方自治体の仕分けにおける市民の「自分ごと化度」の向上という効果は先述のとおり非常に高い。

このような調査結果もある。地方自治体ではこれまで合計約5500事業を仕分けてきているが、そのうち、2014年度までに行った約2300事業について、仕分けの結論が、事業費の削減や事業のやり方の見直しなどにどの程度反映しているのか、フォローアップ調査を行った。すると「反映率」は73%となった。

この数字をどう捉えるかは人によって異なると思うが、当事者としては、反映率は高いと感じている。ちなみに、「市民判定人方式」で出た結論と、外部の仕分け人が結論を出した場合の反映率を比較してみると、「市民判定人方式」で出た結論のほうが8%高いという結果が出た。市民が出した結論は一段重みが出ていると言える。

なお、事業費はどの程度削減されているのか推計してみると、全5500事業の仕分けの中で約3000億円の削減額という結果が出ている。あくまでも推計値だが、それなりの規模と言えるのではないだろうか。

霞が関の文化を変えた? 国の事業仕分け

そして国。当時の民主党政権で行った6回の事業仕分けのうち、歳出削減を前面に出して行ったのは2009年の第1回のみ。この時は、約2兆円の財源確保(歳出削減額が約9700億円、歳入確保額が約1兆円)であった。

そのほか、経済産業省のある課長の「事業仕分けによって、予算を執行するにあたって官僚に緊張感が生まれた。その意味で霞が関の文化を変えた」という言葉に代表されるように、霞が関の意識の変革にも効果があったと考えている(すべての官僚が同じように捉えているわけではないことはもちろん承知しているが)。

2009年の事業仕分けでは、最大1日に3000人が傍聴に訪れた。会場となった体育館が傍聴人で溢れ返り、100人以上が会場の外で行列を作り最大3時間待ちになるなど、仕分け会場がテーマパークと化した。行政の行う会議にこれほどの傍聴者が訪れることは後にも先にもないのではないか。さらに、当時の世論調査では、「事業仕分けを継続して実施すべき」と考えている人が8割以上だった。予算編成の透明化による国民の「納得度」の向上という効果が何よりも大きかったのではないだろうか。

以上のように、事業仕分けによる効果は国でも地方でも様々だ。事業仕分けは「手段」であるからこそ、その使い方にはまだまだ無限の可能性があると私は感じている。

※「時の法令」平成30年10月15日号(第2059号)より転載(一部修正、写真は追加)