安田純平さんの「自己責任論」と2012年にシリアで亡くなった山本美香さん

(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

シリアで拘束され、3年4ヵ月ぶりに解放された安田純平さんが、11月2日に記者会見を開き、自らの行動を自業自得として「謝罪」した。テレビでもインターネットでも、「自己責任」との指摘が出ていることを踏まえてのことだ。

その背景として、身の危険を冒してまで紛争国に入って取材をすることに対する懸念(他国のメディアも報道するのだからそれで十分ではないか)がある。実際にネット上で何人かの「識者」がその旨を書いている。

解放に至るまでの実態がわかっていないため、今の時点で安田さんの行動を「評論」してはいけないと私は考えるが、紛争国に取材に入ることの意義については思うことがある。2012年8月にシリアで亡くなったジャーナリスト、山本美香さんと親交があったからだ。

彼女の話を聞いて、紛争国の実情を日本の国民性に翻訳して伝えることはとても重要だと感じた。

以下は、山本さんが亡くなった直後に書いたもの。再度掲載することで、「自己責任」かどうかではなく、紛争国の取材という意味を考えたい。

※以下は2012年、山本美香さんが亡くなった後に書いたもの。

追悼・山本美香様

伊藤 伸

8月20日に山本美香さんがシリアで亡くなった。私は、事業仕分けを通じたお付き合いから知り、感じた山本さんの行動や思いを大勢の人に知って頂きたいと思う。

初めて山本さんとお会いしたのは2008年10月の山梨県都留市の事業仕分けだ。都留市選定の仕分け人として来られていた。そこでの出会いがきっかけとなり、その2ヵ月後に行われた自民党の無駄撲滅プロジェクトチームによる外務省の事業仕分け(構想日本協力、国の事業を対象とした仕分けとしては最初)、さらに2011年11月に政府が行った「提言型政策仕分け」(外交分野)において仕分け人として参加して頂いた。

私が仕分け人に山本さんを推薦した理由(仕分け人の決定は、自民党の場合は無駄撲滅PT、政府の場合は行政刷新会議)は、山本さんの持つ現場感だ。都留市の仕分けでご一緒した際、現場の事実を淡々と質問する。ODAの実態等についてヒアリングした際も、「現場に行って見たものほど強いメッセージはない」との言葉通りの徹底した現場の取材とそれに基づく事実を話していた。後に山本さんが「事業仕分けと紛争地域の取材は、世間一般の概念と現場の実態の溝を埋めるという点で共通している」と仰っていたのがとても印象的だった。

山本さんとは時々一緒にお酒を飲んだり、私が主宰する勉強会で、20代の若者たちに対して紛争地域の実情などを何度も話して頂いたりした。どんな場でも、相手が誰であっても、驕らず、謙虚で、飄々としていて、しかし熱い思いを持った人だった。

その「熱い思い」は、戦場へ取材に行く理由でもあると私は感じている。

山本さんはいつもこう言っていた。

「戦場にも子供や市民がいる。それは日本にいる我々と何も変わらない。しかし、戦場にいる子供や市民は死に接している。その違い、壁を乗り越えたい。そのためには戦場の弱者(子供や女性)の実態を知り伝えないといけない」

「写真を撮り情報を発信することで、わずかながらでも壁を乗り越える橋渡しができたらいい、ほんの少しでも世の中を変える一助となればいい」と。

山本さんは言ったことをそのまま実践していた、というより実践していること以外言わなかった。

数年前にアフガニスタンに麻薬中毒についての取材に行き、無政府状態で誰が敵か味方かわからず最大の恐怖を感じたという話を聞いた。その時も、麻薬中毒者の溜まり場で取材し、「麻薬中毒者=悪ではなく国の政治情勢がそうさせている」とのメッセージを発信していた(アフガニスタンの国民の約1割が麻薬中毒との統計もあり)。

その姿勢は国内でも変わらない。昨年(2011年)3月11日の震災以降、何度か被災地を取材した時のことを以下のように表現していた。

「三陸海岸の町や村をずっと回っていました。小さな入り江の集落も訪れましたが壊滅です。実際にこの目で見る被災地のすさまじい姿に言葉を失いました。しかし、あれほどの状況下でも力を合わせ、立ち上がろうと奮闘している人たちにもたくさん出会うことができました。人間の底力に胸をうたれます。」

※以上、山本さんからのメール原文まま

「戦争」や「震災」という大きなうねりの中で、そこに住む人たちは何を考えどう動いているのか、そのことを常に住民目線で取材をされていたことが山本さんの真骨頂だったと思う。

このところ様々なメディアで取り上げられているが、今回の事件は、「海外で邦人ジャーナリストが殺害された」ということだけで終わらせてはいけない。「平和」という目的達成のために、「戦場の市民への取材」という手段を選んだ人がいたこと、「現場」が何よりも重要な要素であったこと、翻って日本社会にそれだけの目的意識と現場感を持った人がどれだけいるのかという問い掛けでもあることを私たち全員が考えなければならないと思う。

山本美香さんのご冥福を心からお祈りするとともに、その思いを繋ぐ活動にはあらゆる協力をしていきたいと思っている。

P.S.山本さんはいくつかの著書を出されていますが、昨年(2011年)7月に出版された「戦争を取材する~子どもたちは何を体験したのか~」(講談社)は、子どもたちと一緒に平和について考えていきたいという山本さんの思いが込められた一冊。親子で一緒に読める本です。