子供、子供、子供ーいとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(フィリピン編8)

スラムの元気な子供たち(スマホ撮影)

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その奥へ

翌日11月24日は朝から曇っていた。

早朝にオフィスへ行き、そこから車に乗り直していつもの橋を渡ったものの、車はやがてUターンをし、右に折れた。

一本道だった。ゴミの山があちこちにあり、土ぼこりが舞っていた。汚れたベニヤ板を数十枚積んだものの前に、紐で片足を縛られたチャボが細かく歩き回って蝿か何かをついばんでいる。その下からなんの液体かわからない黒い水が凍み出しているのが見えた。工事用トラックのクレーンが視界を覆ったが、そこにハンモックを吊るして青年が眠っていた。

前日までのトンド地区とは明らかに異なる貧困があった。本当のスラムに来たのだとわかった。俺は沈黙したままあたりに目をやり続けた。

やがて左側にフェンスが現れ、遠くからよく見えていた巨大な教会の全貌が知れた。白と青に塗り分けられた塔が空を突き、周囲にはもちろんゴミひとつなかった。その教会がスラムの信仰を集めているわけだった。

俺は道の右側の絶望的な貧しさと、左側の美しい富との差にこそ絶望した。

スラムの脇の教会
スラムの脇の教会

車が止まり、ドアが開いた。ジェームスロセル、そしてジュニーが黙って降りた。俺も広報の谷口さんもあとに続いた。

眼前にバランガイの狭い入り口があった。ロセルによると、その奥に5万5千人がひしめいているのだそうだった。確かあたりは地図上で特に広そうではなかったから、ひとつのバランガイでその数というのは信じにくいことだった。

入り口から中へ入る。いきなり両側から家々の壁が迫った。いったん細い道に出て、また俺たちは奥へ足を進めた。

家と家の間の、人が一人歩けるかどうかの幅の道の左側にコンピュータが並んでいた。いつの機械だかわからない。とにかくジャンクなマシンだらけだった。屋根は家からわずかに突き出ているだけだから、その野外の電子機器が雨などにどう対応しているか、俺はあまりに意外な光景にとまどいながら、そのモニターにユーチューブゲーム画面が映っているのに目を見張った。

簡素なビニール貼りの丸椅子に少年たちが座り、ドットの粗い世界を見つめていた。コンピュータ群のすぐ横にはこれまたいつの時代からタイムスリップしてきたのか、アーケードゲームのようなものがある。

すべて壁を這った電線やら電話線らしきものとつながっているのだが、正規の支払いがなされているとはむろん思えない。盗電であり、盗電話線に違いなかった。それがスラムの娯楽であることを自分は予想だにしていなかった。

洗濯する者、あまりに狭い道の脇に机を出して食べ物を売る者、意味もなく石畳のようなものの上に座っている老婆がいた。家々の中は総じて暗く、しかしビニールの暖簾めいたものが風でちらりとめくれると、3畳ほどのやはりビニール貼りの床の上に母親と息子らしき青年、そして赤ん坊が皆寝転んでテレビを見ていたりした。

ジェームスたちはなお黙ってスラムの中央を目指した。いやどこが中央という概念はないのかもしれなかった。路地は路地につながり、どこまでも果てがないように思った。

とにかく子供が多かった。髪の毛がくしゃくしゃなのは男児も女児も同じだった。

どこまで行っても子供が走り、子供が立ち尽くし、子供が笑い、子供が体をぶつけ合わせていた。それが道ゆく俺たちの周囲に、あたかも絡まるように現れては消える。

遠くからリカーン(フィリピンで古くから活動している団体)の通称リナ、マゴアリナ・D・バカランドの声がした。俺たちの隊列がそこを目指しているのはいまや明らかだった。

ある路地を抜けて石造りの家の横を右に折れるとちょっとした広場があり、バスケットコートになっているのがわかった。そこに70人ほどの女性が集まり、プラスチック椅子に座って向こうのリナの話を熱心に聞いていた。どこかで鶏が鳴き、やっぱり子供が母親たちのまわりで走ったりコンクリの上で寝転がったりしていた。

俺たちが近づくと、女性たちは闖入者が珍しいのだろう、気にしないふりをしながらわかりやすく動揺してこちらをちらちら見た。リナは慣れたものでまったく調子を変えず、熱弁をふるった。女性たちはすぐにそのスピーチに注意を戻し、笑ったり質問をしたりした。

ロセルに聞けば、リナは1日に3セッションを担当するのだそうで、俺たちが見ているのはまさに朝一番のものらしかった。なにしろ巨大バランガイなので集合する者が幾つかに振り分けられているとのことだった。

リナの講義を女性たちは熱心に聞く
リナの講義を女性たちは熱心に聞く

テーマはもちろん避妊と子宮頸癌。だからこそ女性たちは真剣に聞いた。彼女たちは避妊を切実に求めているそうだった。まわりを見ればよくわかる。子供は日々産まれて来る。夫は避妊に協力的ではない。ゆえに彼女たちが意識を高めなければ、貧困はより過酷になる。それは結局、産まれる子供に重圧をかけるのである。

女性たちの何人かが手に持つノートは古びていて、小さな文字がびっしり書き込まれたそれが時には透明なビニール袋にしまわれていたりした。いかに紙が大切か、また家に雨漏りがするかがわかって俺は切ない気持ちになった。

ひとつのセッションが終わると女性たちはがやがやとその場を去った。残るのは近所の子供たちのみになり、中でも小さな女の子たちがロセルと谷口さんを囲んで彼女らが話すのをじっと見ていた。ロセルたちがどんな服を着ているのか、どんなピアスをしているかを憧れるように確かめているのだった。

俺がその模様をメモっていると男の子も女の子も集まってきた。書いている日本語を穴があくほど見つめる女の子がいるので、俺が目をみるとにっこり笑った。そして彼女はまた読めないはずの文字に目を向ける。

その好奇心の強さが戦後の日本人のようだと俺は思った。考えれば子供の多さがそうだった。俺の子供時代、東京の下町にもびっしり子供がいた。子供が泣き、子供が叫び、子供がじっと何かを見ていた。だから大人も寛大だったし、彼らの手本であろうとした。子供は生まれついての興味のまま世界を知ろうとした。

「日本語(ジャパニーズ)だよ」

と言うと女の子が、

「日本語」

とすぐに返してきた。すると俺を囲んでいた子供たちが口々にジャパニーズ、ジャパニーズと言った。ひとつ何かを知って彼らはうれしいのだった。

俺はメモることもないのにメモ帳に文字を書いた。それを見ている子供たちのために。

子供たちは多い、そしてみんなで遊ぶ
子供たちは多い、そしてみんなで遊ぶ

ふたつめのセッション

ふたつめのセッションはわりとすぐに始まった。いつの間にか椅子には驚くほどの早さで別の地域の女性たちが座っており、やはり知りたさの熱意をこめた目で前を見ていた。中には俺が話を聞いたイメリン・L・セルナさんもいた。

茹でトウモロコシ売りの夫を持つ彼女は隣人からリカーンの噂を聞き、実際にリナの話に耳を傾けることにした。インプラントを入れたが副作用で眠りにくくなり、ピルに切り替えたのだと言っていた。

「とにかく子供を学校に行かせたいんです」

というイメリンさんの言葉がすべてだった。彼女はすでに2人の子供を持っていて、その場にも太った5歳の一人がいた。今以上に子供が増えることは誰かが学校に行けなくなることにつながっていた。だから彼女は絶対に妊娠してはならないのだった。

セッションの近くでジュニーがコンドームの配布を始めた。写真など撮るとすぐに受け取ってくれなくなるのでと注意があったように、トンドの人々は自分らが避妊をすることを知られたくなかった。事実、誰かが小箱をもらうと恥ずかしそうに本人も笑い、周囲も同じように笑った。中にはもらった箱を嗅いでみる青年もいた。ひと箱でも配布すると、ジュニーは誰がもらったかをノートに書きつけた。

行商のように移動を始めるジュニーについて、俺と谷口さんとロセルも路地の奥に入った。道はどこまでもコンクリででこぼこしていた。幅10センチくらいの溝があり、そこに洗濯を済ませた泡だらけの水や洗い物の水が流れていた。狭いそのコンクリの上をスクーターで走り抜ける者がいた。老人がパンツ一丁で座り込み、ジュニがコンドームの効用を若い女性たちに説くのを見ていた。

家の壁はブロックで荒っぽく積まれていたり、トタンだったり、スペイン風のベランダを二階から飛び出させていたりと様々だった。

濡れがちの道の唯一乾いたエリアにちょこんと猫が座っていた。犬の声がし、サンダルがコンクリをこする音がした。人糞が落ちていたり、子供がシャワーを浴びさせられたり、大音量のカラオケマシンに合わせてやはり子供たちが何かがなっていた。女が通り、なぜか手に持ったカゴに子犬をぎっしり積んでいた。

住人たちは貧しい。

けれど彼らは活き活きとしていた。こちらの腹わたに直接しみてくるような、リアルな生の感覚がどこを歩いてもあった。俺は熱に浮かされたようにふらふら路地を行った。コンドーム配布に集中していたはずのジュニーから、ロセル経由で後ろから忠告があった。

荷物には一応気をつけてください。

確かに路地の子供たちの目は時折、ロセルや谷口さんの一眼レフに刺さることがあった。俺が写真を撮るスマホの上にも集まったりした。互いに受け入れあったように見えても、しょせん俺たちはよそ者であり、間抜けな取材者だった。

それでも俺はついてくる子供に笑顔を向けずにはいられなかった。

中に5歳ほどのかわいらしい女の子がいた。

彼女は元の広場で自分より小さな女の子を世話していた。

けれど俺たちが移動すると様子を見たくて仕方なくなり、自分だけついて歩いてきたのだった。

やがて路地の曲がり角でじっと周囲を見る俺に、その女の子は近づいてきた。にっこり笑うと彼女もにっこり笑った。彼女は広場の方向を指さした。そして無邪気な声でたどたどしくこう言った。

「プリンセス」

すぐには意味がわからなかった。女の子はもう一度背後を指さして言う。

「プリンセス」

ああ、あの小さな子が彼女のプリンセスなのだとわかった。それを待たせているのが気がかりなのだ。

だから俺も同じ方向を示してプリンセスと言い、うなづく女の子のあとをついて広場へ帰った。

俺たちのプリンセスが待っている場所へ。

その時、俺は自分がスラムにいることをまたすっかり忘れていた。まるで子供の頃に戻り、不思議な物語に誘い込まれたような気分のまま、俺は薄暗い路地を歩いた。

もちろんあの飛行機の中の男、日本の空港に着く頃には消えていた人物が家々の隙間から俺を見つめていてもよかった。彼は俺の中に良心が満ちる度に俺のそばに現れるのだから。

トンドの日常
トンドの日常

<続く>