勉強したい少年ーーーーいとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ギリシャ編8)

難民キャンプの敷地内に出来ていた臨時の学校(スマホ撮影)

過去回(1~7)はこちら

まだまだピレウス港にて

 俺はまだピレウス港にいる。

ちなみにキャンプのシャワールーム
ちなみにキャンプのシャワールーム

 本当はレスボス島に移動して、その最もトルコに近い観光の島で何が起きているかを見に行っているべきなのだが、メモ帳に残っているインタビュー相手の言葉がまだ行かないでくれと俺を呼び止めるのだ。

 例えば、プレハブの診療所に来ていた痩せた少年、黒い長袖シャツを着てエリを立て、コットンのパンツにサンダルをはいて鼻の下の産毛を濃くし、洒落た黒縁メガネをかけて憂い顔をしていたアフシン・フセイン君は、アフガニスタンからそこへ流れ着いていた。

 両親と妹と自分で国を出た彼はイラクトルコ、そして最後はボートに3時間揺られてギリシャに来たのだ、という。全部で一ヶ月の不安な放浪だった。

 ちなみに、アフシン君の言葉を訳して俺に伝えているのは例の“文化的仲介者”の男性で、薄くしか冷房の効いていない診療所の中で汗をかきながら熱心に伝達をしてくれていた。

 当人のアフシン君は風邪をひいており、ピレウス港の他の診療所にも通ってみたが治らず、E1ゲートの診療所を訪れたのだそうだった。幸い咳のみで熱はなく、点鼻薬を二種類もらって帰るところだった。しかし、彼自身の身の振り方にはなお先が見えなかった。

「また新しい難民キャンプに行かなければならないのだろう、と思います」

 17才だという少年は利発そうに答えた。彼らがゴールなくたらい回しになっていることをアフシン君はしごく冷静に語り、むしろそれまでの国境を越える移動が大変だったとこれまた低めの声で教えてくれた。

「紛争があって母国を出たんですか?」

 そう質問すると、アフシン君は急に言語を変えようとした。

「I mean……I mean……」

 おそらく仲介者なしで直接俺たちに話をするべきだと思ったのだろう。

 しかしアフシン君の英語は続かなかった。結局彼はアフガニスタンの言葉であとを継いだ。

「紛争ではなく、政情不安がひどくて国にいることが出来なくなりました」

 英語はしゃべれなかったが、彼が知能指数の高い子供であることは立ち居振る舞いからも伝わってきた。さらに言えば、その服装のセンスから所属する階級が決して低くないことがわかった。けれど彼ら一家は国を出た。ひょっとしたらインテリ一家であるからこそ母国を追われたのかもしれなかった。

 そこで谷口さんが質問をした。俺がもじもじして聞けないでいることを、かわりに口に出してくれたのだった。

「厳しい質問かもしれませんが、アフシンさん、将来の望みはなんですか?」

 するとアフシン君は谷口さんの方を向いて短く少しずつ答えた。

「まず勉強がしたいです。そして状況が好転したら早く帰りたい」

 学べないことが彼にはつらいのだった。就きたい職業があるのかもしれない。知的好奇心が若い彼の才能を開かせようとしているのを、自身でも感じているのかもしれない。

 そして何より彼は元の自分に戻りたいのだった。

尋ね人
尋ね人

境遇は同じ

 アフシン君が静かに席を立って診療所を出てから、俺たちは文化的仲介者に問いを向けた。いったいどのようなキャリアで、彼はそこにいるのかを知りたくなったからだ。

 すると、ナズィールという名の、意外にも24才と若い彼自身、もともとはアフガニスタンからわずか2年前に逃れてきた人なのだった。

 たった一人で国を出ざるを得なくなった彼はギリシャまでたどり着き、そこで収監センターに収容されて8ヶ月を過ごしたのだという。

 短髪で筋肉質の彼もまた、きわめて頭脳明晰であることは、経験を簡潔に語る姿でわかった。そもそも母国にいた時代、彼は他の人道団体で働き、『国境なき医師団(MSF)』の活動もスタッフもよく知っていたそうだ。発展途上の国の中でそうした活動に関わること自体が、彼の社会意識の高さと教育上のキャリアを示していた。

 そうした人物が他国で収監センターに入り、目の前に二つの選択肢を提示された。

 ひとつは、国に帰ること。

 もうひとつは難民申請をし、書類上の手続きをしながらギリシャ語を学んで他国に身を寄せること。

 当然、彼は後者を選んだ。それは当然、働き口を見つけることでもある。

「だから、僕はどんな人がこの診療所へ来てもまったく他人事じゃありません」

 ナズィールはそう言った。

「そして彼らの役に立てることが自分にとって大きな喜びであり、深い体験なんです」

 前回書いた通り、彼もまた自らを“たまたま彼らだった私”だと感じていた。それはそうだ。彼もまたまごうかたなき難民であったのだし、これからのEUの政治的判断次第では再び流浪の身になることだってあり得るのだから。

 そういう意味で彼はいまだに、難民だった。ただし、他の自分を助けることの出来る難民だ。その立場と経験において、彼は心の安寧、そして収入を得ているのに違いなかった。

 

厳しい監視の下で

 ナズィールティモスクリスティーナ(第7回参照)に別れを告げて俺たちは診療所を離れた。

他団体による必要物資配布
他団体による必要物資配布

 港の先の方にぶらぶら歩いて行くと、最初に見えた堅牢な建物があった。壁に反体制側からのメッセージがスプレーで書かれていた。ふとそれをスマホで撮影しようとすると、途端に柵の向こうの警備隊の一人に鋭い声を出された。明らかに彼は怒っており、まるで野犬を追うような手振りで向こうへ行くよう命令した。

 建物は政府の管轄下にある施設らしかった。すぐそばでは多国籍の人道団体が難民の方々に医療を提供し、食物や水を配っていた。どこまでが赦しの世界で、どこまでが支配の世界かがわからなかった。

 さらに先まで歩いてみようとする俺たちの後ろから、すぐに大きなバイクが近づいてきた。操縦する男は同じ警備隊にしては制服を着ておらず、ジーンズをはき、趣味で買ったような昔のマッドマックス的なヘルメットをかぶっていた。

「何してるんだ?」

 男はつっけんどんに聞いた。

「私たちはMSFです」

 谷口さんが答えた。俺は迷惑にならないよう、黙っていた。すると警察なのか自衛団なのかわからない男は、こちらを見ずに指を背後に向け、

「バス停はあっちだ。早く行け」

 と言った。

 そしてまたアクセルを強く踏んで去った。

 あたりは自由なようでいて、厳しく監視されているのだった。

 マッドマックスに指示されたバス停に行き、ベンチに座っていると、周囲に中東出身とわかる少年たちの姿が増えた。14、5才だろうか。さらに年下の男の子も現れた。

 彼らはそれぞれ髪の毛をソフトモヒカンにしたり、後ろと横を刈り上げてその上に豊かに波打つ髪を乗せたりし、既製品ではなさそうなブランドスニーカーを履いていた。

 さっき話を聞いたアフシン君がもし彼らの中に交じっていたら、また見え方が変わってくるだろうと思った。

 少年たちはいかにも移民の、回りの目にさらされてタフにならざるを得ない不良の卵だった。それが10人くらいになってバスに乗り、駅の方へ移動しようとしていた。街での軋轢、少なくとも冷たい目が容易に予想された。

 そこに何も知らなそうな観光客がガラガラと大きなトランクを持って現れた。俺たちを含めて、全員がよそ者だった。そして各自がどう外部からそこに関わっているかが違った。それでも一団になって俺たちはバスを待った。

 来たバスは無料だった。少年たちは小さな声であれこれしゃべりながら外を見た。その景色の中にたくさんのテントが並んでいた。

 それが彼らの唯一の家だった。

やっとレスボス島へ、そして……

 その夜、国内線でレスボス島へ移った。

 古代ギリシャの女性詩人サッフォーの生まれた島。かつてはサッフォーが女子専門の学舎を作ったためにレズビアンという言葉の発祥地として名をはせていたが、今は島民の抗議によってすっかり観光の島として有名だ。

 空港を出てタクシーをひろうと、行き先まで2時間かかると聞いて俺たちは驚いた。どうやら予約した場所が違っているらしかった。

 ひたすらに海岸道路を走り出す車から、海に映る月光が見え、そのすぐ向こうにアジア大陸、つまりトルコの海岸の灯が見えた。あまりにそれは近かった。佐渡島から新潟を見るようなものではないか。

 黒い空には雲が流れ、ほぼ満ちた状態の月があった。

 こちらがMSFと聞いてドライバーは、

「海を渡ればすぐに難民になれるよ」

 と冗談を言ったが、しばらく走ったあとガソリンスタンドでいったん車を止め、俺たちのために水のボトルを買うと、照れ臭そうにそれを後部座席に差し出してきた。

 

 車はえんえんと走って夜の小さな町を突っ切り、盆地のような場所を通り、ついにはドラクエに出てきそうな小山の上の城へと近づいた。城は下からライトで照らされていて、魔術的な雰囲気が十分だった。俺は自分が死んでいるのではないか、とさえ思った。石積みの城が浮いているように見えたからだ。

 2時間以上をかけて着いたリゾートホテルでフロントに出てきたのは一人の女性と、さらにもう一人、たぶん20才ほどの年齢の、すなわちアフシン君とさして変わらない青年で、色が白く、少し首を揺らしながら下を向いて微笑する癖があった。

 彼もタクシードライバー同様に親切だったが、俺が日本から来たと聞いてすぐにすべてを理解したというように人さし指を立ててこう言った。

「君たちの国は矛から垂れた水によって出来たんだよね?」

 俺は一瞬何を言われているのかわからなかった。

「そう、確か最も古代の神はジンム」

 青年は神武天皇のことを言っているのだった。矛から垂れた水とは日本の創世神話のことだった。なぜギリシャの青年がそんなことを知っているのだろうか。あの城のそばだけに、余計に奇妙なところへ迷い込んだ気がした。

 彼の名前はそのあとで告げられた。

「僕はニコラス、我々の神話の中では屈強な神の名前だ」

 そして俺はもうひとつ、不思議な事実に驚く。

 間違えて長時間かけて着いたホテルの裏の港こそ、初期の救援活動で文字通り流れてきた大勢の難民を大型船で救助し、難民を下ろした場所だと知ったからだ。

 まるで誰かに呼ばれているように、俺たちはそのリゾートホテルに引き寄せられ、そして翌日、とうてい難民のボートでは近づけないような大洋を見下ろして彼らの苦難を実感するのだった。

 

 

続く